千早振る君
春の日差しが暖かい。
天気もいいし今日は休みだから散歩に出かようかな、と鈴は長い黒髪を整え、淡いトレンチコートをふわりと身に纏う。
いつもどおり美味しいカフェ探しもいいけれど・・・・・・あ、そういえば職場の近くの神社に一度行ってみたかったんだ!と歩きながらふと思い出した。
桜の花びらが辺りに舞い散り、風が吹くたび立つ巻く。
鈴は神社に一度も参拝したことがなかった。なのになぜかこの時の鈴は、どうしても行かなければとさえ思うほどに気持ちが神社へ向いていた。
これが呼ばれてるってことかもしれない。何かで読んだ気がするけど、こういう時は素直に行くのがいいらしい・・・・・・
そんなことを考えながらしばらく歩くと場所は曖昧だったが無事に神社下の石段まで辿り着いた。
何段あるのだろうか、結構急な石段である。
普段インドア気味の身体には少し堪えるな・・・・・・と登っていくと立派な鳥居まで辿り着いた。
神社に来たら名前を言うと良いと聞いていたので、「〇〇町から来ました、星野鈴です!初めて参拝させていただきます」と元気よく鳥居をくぐった。
ーその瞬間ざあっと風が吹いた。
どうやら裏参道から来てしまったようで本殿まではしばらく歩かなければならないようだった。
いくつかの末社の間を歩み進む。神社の中の木は桜が満開だ。
とある鳥居の前を通ろうとした時、どういうわけか足に風が巻きつくような、重たくなる感じがした。
ー立ち寄っていけー
そんな空気を感じた。
小さな鳥居に足を進めると、そこは末社の稲荷神社だった。
凛とした顔の狐、霊験あらたかな…と書かれた立て札。二礼二拍手、一礼。そして祖父から小さい頃教わった祝詞を唱えてみた。
鳥居をくぐり何気に稲荷神社を振り返ってみると…
(――まさか)
右に座っている狐が、キョロキョロ動いてこちらを見ている。
きっと疲れているんだ、見間違いだなと自分のこめかみを抑えながら鈴は自分を納得させ本殿に向かう。
本殿に着くと運が良く誰一人参拝中の人が居なかった。ほっとした鈴は、ゆっくりとささやかなお願いをした。
すると、
「その願い、しっかり届けさせてもらった」
ー鈴のすぐ右肩からはっきり声が聞こえる。
「やっぱり・・・・・・」
鈴は思わず声に出した。稲荷神社の白狐がそこにいた。