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猫の恩返し(仮)  作者: 陽子
9/10

第九話

もうちょっと待って7月に出して『真夏のメリークリスマス』ってフレーズを入れたかったのだけど、よくよく考えたら7月もそんな『真』でもないな、と思い。


では、九話どうぞ。


ところで、サンタはいつ頃まで信じてましたか?


【前回のキーワード】

セ◯クスは二十四歳になってから

「ジングルベルだぁっジングルベルだぁっ、肉食べたいっ」

 メリークリスマス。今年散々だった惨めな大学生田所博吉です。

 今日はクリスマス前夜祭の二十四日。そんな聖なる日に美柑と一緒に、嫌だけどウザも交え三人でクリスマスパーティーを俺の家で行うことになった。そして、そのウザもとい邪魔者はわけのわからん歌をうたいながら、ずっとうきうきと百均で買ったツリーの飾り付けをしている。いまどきの百均は素晴らしい。

「そんなに楽しいか?」

「うん! だって、サンタクロースが来るんだもーん!」

 そう目を輝かせて答えたウザに、『あー、そうか』と、納得した。そういえばそういう風物詩があったね。しかし、お子様の夢を潰すようで悪いが、俺の中でのサンタクロースは陽気でシャレの利いたオヤジがいる家か、はたまた聖母マリアのように慈愛に満ち満ちた心優しい母親がいる家にしか出現しないという印象なのだが……。あいにく家には、そんな茶目っ気たっぷりなオヤジも母もいねーし。まぁ、なんだ、残念だな。

「そうか。そりゃーたのしみだな」

 俺はまったく心のこもってない声で、他人事のように棒読みで言ってやった。

「うん、だからひろ! 楽しみにしてるね!」

 しかし、さっきと同じキラッキラの目と笑顔で言いやがったウザに、俺は目を見開いた。

 ――なんて奴だ! 「サンタクロースなどこの世にいない」ということ前提で俺にプレゼントを要求するとは! 黙って子供らしくサンタに夢見ればいいものを。むしろ俺が現実を思い知らされたよ。これはもう「かわいげない」なんて、かわいげいいもんじゃないぞ!

 予想だにしていなかった事態に絶句していると、チャイムの音が鳴った。言うまでもなく、俺のかわいいただ一人のエンジェル、美柑がやってきたのだ。すぐさまドアを開け、「寒くなかったかい?」「あったかいココアでもいれようか?」と、出迎えねぎらう俺を軽くスルーして「ウーちゃんメリクリ―っ」と美柑はウザのもとへ駆け寄り、そのままぎゅーっと抱きついた。ウザも「みかんめりくりー!」と、美柑のおっぱいに顔を埋めスリスリしている。

 イエス・キリストよ、裁けるものなら裁いてみろ。俺は今、一人の子供に殺意でいっぱいです。

「ねーひーちゃん、今日コレ持ってきたのー」

 涙と怒りと嫉妬で顔がぐちゃぐちゃになっている俺に、美柑は持参した紙袋からサンタの衣装を取りだして見せてきた。

「せっかくのクリスマスだからコスプレっぽく。でね、トナカイ用の鼻とツノもあってね、それも持って来ちゃったー。あとココアミルク多めで!」

 そうかわいい顔でかわいく言う美柑に俺はどんどん顔をほころばせ、一応俺の話は聞いてくれていたということに安堵した。我ながら現金な男だ。どこからか、「ひろーぼくもー!」という空耳がした気がしたが、構わず台所へ向かった。

 それにしても、コスプレかぁ。せっかく美柑が着るならあんなじいさん仕様じゃなく、ミニスカで胸元が大きく開いたのがいいし、トナカイなら体のラインがよくわかる全身タイツ(ちょっと食い込み系の。ミニスカート付きでも可)がいいんだが……。まぁ、美柑ならなんでも似合うし可愛いからいっか!

「わーみかんサンタ似合うー」

「ウーちゃんもすごくかわいいよ」

 俺が美柑のココアを持って戻ってくると、二人とも既に着替え終わっていた。

 え、そんな……もしかして二人で一緒にその場で着替えたの? くそー、相変わらずおいしいとこ全部持っていきやがって……あんのクソ猫がぁ~!

 ぎりりっと奥歯を噛みしめ、美柑にココアを渡した。色気ないデザインの衣装だが、美柑が着るとやっぱりかわいい。「ひろー、ぼくのココアはー?」と、少し大きい衣装を身に纏ったウザに聞かれたが普通に無視する。ぶーぶーウザがうるさかったが、少しせいせいした俺は美柑から着替えを受け取った。しかし、ここで着替えるのもなんなので玄関に向かう俺の後ろで、「じゃあ、ウーちゃん分けっこしよー」と言う美柑の声が聞こえ振り向くと、仲よく一緒に一杯のココアを飲み合いっこしていた。人を呪わば穴二つ……。

「メリークリスマース!」

 数分後、サンタの服装でトナカイのツノと鼻を付けた、おかしな姿の俺らのクリスマスパーティが始まった。もうサンタの格好をしたトナカイなのか、トナカイの真似をしたサンタなのか、コンセプトが行方不明だ。そんな陽気な格好で俺らは乾杯し、ケーキとチキンを食った。鼻が邪魔で食いづらい……。

「よし、そろそろプレゼント交換しよっか!」

 腹もいい感じに膨れてきた頃、美柑がそう言い出し、ウザも待ってましたと喜んだ。

さぁ、俺にとっては今日一番の難関がやってきた。何が? というと、実はプレゼントは美柑のためだけにしか買っていないのだ。わかってる。俺だってわかってる。この「プレゼント交換」は、自分が渡したいと思っている人に渡らないかもしれない、ということぐらい。でも、しょうがないじゃないか。俺がプレゼントをあげたいなんて心から思うの、美柑だけなんだもの! 逆にウザには心からあげたくないけどね。

「んじゃー、クジ作ったから歌いながら回していこー!」

 とにかく、とにかくだ。なんとしてでも俺はこのプレゼントは美柑にしかあげたくないし、ウザに渡すなんて嫌だ、絶対嫌だ! でもどうすることもできないから、無事美柑に俺のプレゼントが渡ることを祈るしかない!

「ジングルベルだぁっジングルベルだぁっ、ピザ食べたいっ」

「ジングルベルだぁっジングルベルだぁっ、寿司食いねぇっ」

 楽しそうに例のまぬけ且つヘンテコなクリスマスソングを歌う二人をよそに、俺はひたすら険しい顔で「美柑に当たれ! 美柑に当たれ!」と念じていた。そしてその歌をバックに、それぞれの名前が書いた二つ折りの紙を回していった。ちなみに、プレゼントそのものではなくクジを回すのは、「これの方が何かわからなくてわくわくするから」という美柑のかわいい提案である。でも、たった三人でこのタイプのプレゼント交換することが間違っている気がするが。ていうかその歌、もしかして二人で作ったの? だから美柑も歌えるの? さらに高まる疎外感。

 終わりのないように思えた歌だったが、突如美柑が「ストーップ!」と歌を終わらせた。 

 さぁ、どうだ!? 頼む!

 俺は美柑がクジを開くのを固唾を吞んで見守った。

「わーい! やったー! ぼくひろのプレゼントだー!」

 しかし、ウザの歓喜の一言で俺の希望は一瞬で粉砕された。

 なんてこった! あんなに俺は美柑にと願ったというのに、届かなかったというのか! くっそー! クリスマスだからってクリスチャンでもないのにキリスト様に祈るんじゃなかった! 次からはお釈迦様に祈りを捧げよう。

「ひろからプレゼントなんて初めてー。うれしぃー!」

 俺のに当たったのが余程うれしいのか、ウザは小躍りしている。

 ――絶対渡さん! これは美柑に買ったんだ! おまえのためじゃねぇ! こうなっても俺はまだ足掻いていた。そうだ、とりあえずあいつには後でテキトーにお菓子でも買って誤魔化して、これは美柑に別で渡せばいいじゃないか! という、ナイスアイディアを今さら思いつき、自分の後ろに置いてた美柑のプレゼントに手を伸ばした。

「わーい! なんだろなんだろ? けっこうおっきぃ」

 しかし、時すでに遅し。もうすでにプレゼントはウザの手に渡っていた。

 いつのまに!? 何度手を伸ばしても何も当たらないなと思っていたら……。あ、あの野郎~! プレゼントというものは、こちらからちゃんと渡して受け取ってありがとう、が常識だ! 勝手に、しかも渡す側の気づかぬ間に取って行くな! なんてマナー違反な!

 呆気にとられている間に、ウザはきれいにラッピングされた包装紙をビリビリに破り、中のプレゼントを取り出した。

「わー! ワンピースだー! 似合う? 似合う?」

「あははっ、ウーちゃんかっわいい! ちょっとサイズ大きいけど」

 あぁ……俺が美柑のためにと、選んで買ったふりふりワンピース。誕生日プレゼントにあげたコートに合いそうだと、美柑のかわいい笑顔を思い浮かべながら買ったワンピース……て、着るなー! 何おまえ我が物顔で着てんだぁー! それはおまえのじゃねー! おまえのためにお金かけて買ったんじゃない! 今すぐ脱げ!

 本来ならクジで正当に当てたのだから筋違いもいいとこだが、そもそも俺は日々こいつのせいで主に食費があほみたいにかかってるんだ。腹も立つじゃないか!

「あ、ところでひーちゃん誰のに当たったー?」

 泣きたい気持ちで(実際ちょっと泣いていたかもしれない)言われるままペラッとクジを開けてみると、そこには美柑の名前が書かれていた。美柑はそれを確認すると、「ちょっと待っててねー」と言って玄関から外へ出て行った。……一体何を持ってきたのだろう。ちょっと違う意味でドキドキを募らせていると、何か重たいものを引きずる音とともに美柑が帰ってきた。何事かと思って見ると、米とクソでかいダンボールにいっぱいの野菜だった。しかも米は俵で三つだ。

「ひーちゃんかウーちゃんのどっちに渡っても大丈夫なのっていったら、コレしか思い浮かばなくて。これで正月も安心でしょ!」

 にっこり笑って差し出されたプレゼントに、俺はただただびっくりしていた。食費の話をしているそばから、まさかだよ。それでなくても普段から「食費がめちゃくちゃかかって大変」だって愚痴ってはいたから、ありがたいといえばこれ以上にありがたいプレゼントはない気がする。正直、美柑からくれるものだからあまり期待はしていなかっただけに。まったくクリスマスっぽくないプレゼントだが。しかし、それがほとんど「わぁっすごい! 食べ放題だぁ!」と、俺の足元で喜んでいるこいつの胃袋に入ると思うと実に腹立たしい。ていうか、どうやってこれ持ってきたんだろう?

「あ、てことは、私ウーちゃんだね!」

 それを聞いたウザは「めりくりー」と、美柑にお手製の肩たたき券を手渡した。

 母の日か! しかも二枚って…。ポケットに入れてたのかぐしゃぐしゃだし。なんて雑なプレゼントだ。

「わーありがとう! ちょうど肩こってたんだー」

 そんなことも気にせず美柑は礼を言うと、早速もらった安上がりなプレゼントを使った。相変わらず仲いいな、コンチクショー!

 それから夕方までゲームしたり借りた映画を観たりして過ごし、夕方は近くのファミレスでメシを食いに行った。ちなみに、三人揃ってコスプレしたまんまだ。よりにも寄って真ん中の席に案内された俺たちは客と店員、時々店外の注目の的になった。そして、やっぱり食う度鼻が邪魔だった。

 そして夜になり、美柑の門限が迫ってきた。俺は嫌がったのだが美柑が「楽しいからいいじゃんっ」と、やっぱりトナカイサンタの格好のまま送ることになった。美柑はいいが、俺は帰り一人で夜道をこの恰好で家まで歩かなければならないんだけど。しかも、実は俺のだけサイズが合っておらず、ちょっとピチっててズボンツンツルテンだし、ボクサーショーツの形がクッキリ出てしまっている。加えて、この寒空でへそ出しというスタイルだ。罰ゲームで全裸にされている以上の屈辱だった。なぜ今更になってそんなことを言うのかというと、最初からそんな惨めな格好をして過ごしていると思われたくなかったからだ。察してくれ。とにかく、そんな恥ずかしい格好なのでダッシュで帰りたかったが、逆に目立ちそうなので間を取って早歩きで帰ることにした。案の定、心ない道行く人達が、写メを撮ってはしゃいでいた。中には一眼レフのカメラで納得いくまで俺を追いかけまわしながら撮っていた人もいた。もっと他のを撮れ!

 そして、散々辱められて帰ってきた俺に、ウザは「おかえり」の代わりにこう言った。

「ぼくが寝ている間によろしくねー」

 満面の笑みで俺に再度プレゼントを要求すると、ウザはさっさと布団に入り眠った。

 ふっ、残念だがウザ、そんな子供だまし用のプレゼントなんぞ用意してねーし、ハナから用意するつもりも全くない。かと言って、このまま何も与えずに明日をむかえると、きっとめんどくさいことになるに違いねぇ。しょうがない。俺は台所に行きあるものを取り出した。そして、幸せそうにスヤスヤ眠りやがっているウザの横に置かれた靴下に、長ネギをさしてやった。喜べウザ。これがおまえに与えることのできる最上級の優しさだ。バーーカ!

 例のプレゼントの恨みとただの八つ当たりも含めての嫌味だったが、ちょっとスッキリした俺は風呂ですっかり冷えた体を温め眠りについた。

 翌朝、両頬と首に痛みを感じて目を開けると、ウザが俺に往復ビンタを繰り出していた。プレゼントが長ネギだったのがそんなに不満だったのか? まぁ、不満だろうな。俺が起きたことに気がつくと、ウザは顔を近づけ声を大きく張り上げた。

「ひろぉー! プレゼントありがとー! 二個もくれるとは思わなかったよー!」

 ……え? 二個?

 一瞬、何のことかわからなかったが、ウザの手には俺が置いたプレゼントの長ネギと、俺が置いた覚えのないプレゼントがあった。長ネギとちゃんとラッピングされているプレゼントを高々と上げ、「愛を感じるよー」とウザは嬉しそうにうくるくる回っている。

 長ネギで喜んでいることにもだが、それ以上の出来事に俺は困惑した。

 いや、俺、1個しか置いてないよね? しかも長ネギだし。 思いがけない事態に混乱していると、枕元に紙が置いてあるのに気づいた。そこには『長ネギはない』とあった。

 

 聖なる夜に起きたミステリー。

【次回】

正月すっ飛ばして

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