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猫の恩返し(仮)  作者: 陽子
8/10

第八話

だいぶ間があいてしまいました。


今回は、ほんのりラブコメ風味。



【前回のキーワード】

紅葉『狩り』✖️ 紅葉『見物』○

 ご機嫌麗しゅう皆さん。田所博吉です。今日の俺はいつになく、うきうきわくわくドッキュンドッキュンしております。

「ひろー! メリークリスマス! あ、間違えた! ハッピーバースデー!」

 そう、本日十一月三日は俺の誕生日。そして、なんと! 俺のかわいい愛しの恋人、美柑の誕生日でもあるのだ! 誕生日が一緒だなんて、俺たちは運命の赤い糸で結ばれていると言っても過言ではない! まったく、神様はなんて素敵なプレゼントを俺たちに贈ってくれたのだろう。そして、母グッジョブ!

「ねーお祝いしよーっピザとろーっ」

「は? 何寝ぼけたこと言ってんだ、あほか。俺は今から美柑と二人っきりでデートしてくるんだ。無論、おまえは連れて行かん」

 そんな記念すべき神聖な日に贈る言葉を早速間違えやがったこのバカの提案を、もちろん俺はバッサリ切り捨てた。だいたい、まだそんなキリシタンな季節じゃねーよ。

「なんで!? ぼくも行くー!」

「なんでじゃねーよ! 今日は俺と美柑のハッピーバースデーだ! ゆえに、おまえは関係ねぇ!」

「やだあ! ずるい! ぼくも行くー! ぼくもラブラブするー! 二人だけゴチソウずるい~!」

 思った通り、ぎゃいぎゃいとウザはお得意のわがままで騒ぎ始めた。あぁ、始まった。めでたい日早々めんどくせぇ。二人でお祝いできないことに関してなのか、仲間外れにされたことに関してなのか、自分だけ美味しいものにありつけないことに関してなのか、怒りの論点がわかんねぇよ。まぁ、全部だろうけど。そんな感じでしばらく駄々をこねていたが、「帰ったらまたお祝いしてもらうから。あー楽しみだなー」と、棒読みで言ったらなんとか大人しくなった。まぁ、大人しくなったならいい。待っててね、俺のマイエンジェール!

 こうして、やっと解放された俺は、いまだ不満の二文字が顔にこびれ付いているウザのぶっきらぼうないってらっしゃいに答えることはせず、無駄にスキップを踏み鳴らしながら美柑との待ち合わせ場所に急いだ。




「ひーちゃん八宝菜! あ、間違えた! ハッピーバースデー!」

 すでに待ち合わせ場所に来ていた美柑は俺を見つけると、手を振って大声で言い間違えた。そんな美柑に鼻の下をでれでれと伸ばしながら、俺は手のポーズだけスマートにキメて美柑のもとへ向かった。今日の美柑のファッションは白ニットにピンクのレザージャケットをオンして、下はうれしいことにミニスカートで少しだぼっとしたニット帽を被っている。あぁ、かわいい。萌え袖、萌え。

「なんか、久しぶりだね! 二人っきりでどっか行くの!」

 美柑の言う通り、本当にあのバカ猫が家に転がり込んできてからは、二人っきりでデートもできなかったからなぁ。しかし、今日は思う存分一人占めできる! はぁー、しあわせ!!

 そんな幸せいっぱいな俺らはその辺を少し散歩したあと、俺が予約を入れておいたちょっとオシャレなイタリアンに入り、これまたオシャレな制服に身を包んだ店員に半個室の部屋に案内された。

「美柑、二十一歳おめでとう。これ、俺から」

 シャンパンで乾杯した後、俺はずっと渡したくてたまらなかったプレゼントを美柑に贈った。まだ少し早いが、これからの季節にぴったりのファー付きコートだ。「わーっありがとう!」と、中を開けて嬉しそうにお礼言った美柑は早速それを羽織ると、くるりと回って「似合うー?」と小首を傾けた。

 あーもぅ……かーわーいーいなぁーーーー!

 俺の見立て通り、ベビーピンクのそれは美柑に本当によく似合っていた。まるで美柑のために誂えたんじゃないかと見紛うほどのそのデザインに、一目見たとき「これだ!」と思ったんだ。ちょっと値は張ったが、愛する美柑の喜ぶ顔が見れるなら安いものだ。

「あ! 私からもひーちゃんにプレゼント渡すね!」

 コートを畳んでるとき、美柑は思い出したようにかばんからそのプレゼントを取り出した。その瞬間、だらしなく下がったり上がったりと歪みまくってた各パーツが全てきれいに元の位置に戻ったのが鏡で確認しなくてもわかった。「一生懸命作ったの」と自信満々に笑顔で俺に手渡したもの、それは――毛糸玉だった。

 色々ツッコミたいところはあるが、まず第一に、俺にこれをどうしろと? 俺は猫じゃないんですけど!? しかも何もラッピグされていねーし!

 いまだ掌にある中々の大きさのそれを凝視し固まる俺に、美柑は構わず続けた。

「ひーちゃん深緑好きでしょ? 一生懸命ひーちゃんに似合いそうな深緑をお店二十件ぐらい回って探して、やっと『これだ!』って思う色を見つけて、一生懸命夜なべもしながら丸めていったんだぁー」

 いや、そこまでしたのなら、腹巻でも指サックでもいいから尚更何か編めよ! 大きさからしてなんなんだ? 力尽きたのか!? まだ去年、一昨年のチロルチョコやうまい棒の詰め合わせよりかは手が込んでるだけマシと思えばいいのか? 言いたかないけど、俺が用意したプレゼントとの差! しかし、当の本人はにこにこと俺の反応を待っていた。本当に、おまえのその空気が読めないスキルはウザに並んで天下逸品だな。

 しかし、俺はそんな美柑を咎めることも諭すこともできず、「ありがとう。大切にするよ」と笑顔で言うしかなかった。いいんだ。これも愛だ。毛糸玉ごとおまえを受け入れよう。

 それから俺らは運ばれてきた料理に「これはうまい」「これもうまい」「あれはまずい(美柑談)」と各々感想を言ったり、他愛もない話しに花を咲かせながら二人きりの時間を楽しんだ。

「ひーちゃんありがとう! こんなオシャレなお店連れてってくれて」

 食後のデザートに舌鼓を打ちながら、俺に礼を言う美柑。それに微笑んで応えている裏で、俺は瞳を光らせにやりと不敵に笑った。

 ふっふっふっ……ここからが本番だよ、美柑ちゃん。

 実はこの店、誕生日特別サプライズプランというのがあって、オリジナルホールケーキと花束を運んで来てくれるのだ! まぁ、どこの飲食店にもたいていあるプランだが、ここは演出が特にいいと話題だったのが決め手だ。それと同時に、俺はこんな計画を企ててる。


『うわっ、うそ……ありがとうひーちゃん、こんなことまで』

『何言ってるんだよ。大事な二人の生まれた記念日じゃないか。当然だろ?』

『うれしい……あ、どうしよう。ちゃんと見たいのに前が見えな……っ』

『泣くなよ美柑。これかもずっと一緒にいよう』

『ひーちゃん……』

『美柑……』


 そして、二人は愛の接吻を交わす、というわけさぁー! そう、実は今日これが狙いなのだ。二人が生まれた記念日に念願のファーストキスをするということが! 名付けて、 『ハッピー初キッス大作戦』! せっかくのファーストキスだ。最高のシュチュエーションで最高の思い出にしたいじゃないか! しようじゃないか!

 さぁ、ついにその時は来た。店員が食べ終わったデザートの皿を下げてしばらくすると照明がフッと消え、なかなかイカした曲が店内に流れた。一体何が起こったのかわからず「え? なに?」と、きょろきょろしだす美柑。そして、向こうからお馴染みのバースデーソングを歌いながら、店員二人が花束とケーキを運んできた。それに気づいた美柑は狙い通り、「わぁっ」と目を輝かせていった。俺も徐々に近づいてくるそれに目をギラギラさせた。

 よし、順調だ! ここまでは狙い通りだ! あのケーキが到着するその瞬間、俺たちの新たな歴史がスタートするんだ。他の客も突如始まったサプライズに気付き、次々と祝福の眼差しで俺たちを見つめてくれた。

 さぁ、一緒にさらなるステージへ共に歩もう美柑――!

「あ、ごめん。電話」

 しかし、ケーキが俺らの席に着く一歩手前で、この祝福ムードをぶっ壊すほどの爆音で着信音が鳴り響いた。それだけでもびっくりなのに、何の躊躇もなく美柑は普通に電話に出た。この思わぬ事態に俺も店員二名もだが、周りのお客様方、みんな揃って固まってしまった。花束持って陽気に舞って出てきたもう一人の店員に至っては変なポーズで止まってるし。「そっか、わかった。じゃあね!」と電話を切った美柑は、絶賛フリーズ中な俺に向き直った。

「ねぇ、ひーちゃん。ウーちゃんが『早く帰ってきてー!』って泣きじゃくってるの。帰ろう」

 ……はい?

 いや、ちょっと待て、ちょっと待とう。今日は俺たち誕生日で久々のデートだよ? 君もあんなに喜んでたよね? なのに、あんな奴のために「帰ろう」って……うそだろ? 「別れよう」の次に衝撃的だよ。

 結局、俺が茫然としている間に勝手に話しが進んでいたらしく、美柑はさっさと帰り支度を済ませて俺の腕を引っ張って立たせた。「またぜひお越しくださいね」と言う優しい店員さん達に見送られながら、せっかく用意してくれたケーキと花束を持って俺らは店を後にした。

 ――結局こうなるのかよ!

 本当に邪魔者以外の何者でもねぇよあいつ! ていうか、なんで電話出ちゃうの美柑!? そして、なんであっさり要求飲むの!? 俺あの空気の中、店から出るのすげー気まずかったんだけど! 祝福から一変して憐みと同情の目で見られたよ。ちくしょー、あいつ絶対俺だったら却下されるから美柑に電話したな。人の楽しみぶっ壊しやがって……俺の幸せなひとときを返せ~!




「わぁいっ! ひろ、みかんおかえりー!」

 行き場のない怒りを抱え帰ると、玄関で待ち構えていたのであろうウザは嬉しそうに俺らに抱きついてきた。俺は今すぐ殴り倒したい気持ちを懸命に、それは懸命に堪え、美柑とともにうっとおしいほどの抱擁に応えた。

 テーブルにはウザが勝手に頼んだのだろう、ピザ四枚とチキンとポテトとコーラが置かれていた。こういうことに関しての物覚えはいいな、おまえ。そこにケーキも置き、俺たち三人は乾杯をして、ピザをほおばりながら笑い合った(俺以外)。

 ちくしょう! なんでこーなるんだよ!

 食い散らかされたテーブルを前に、俺は最悪の起承転結で幕を閉じた誕生日に絶望した。おさまらぬ悔しさに右手の缶ビールの形が変わるぐらい握り締め、この結果を招いた疫病神を視線で殺す勢いで睨んだ。当の本人は途中で俺らが買ってきた酒を勝手に飲んでべろんべろんになり気持ちよさそうに眠ってしまっている。

 くそ、こんなはずじゃなかったのに……今頃夜景を見ながらロマンチックにセカンドキスを楽しんでるはずだったのに……なんで家で腹一杯でグースカ眠る酔っ払いを見ているんだ! プレゼントも似顔絵と道端の花(根っこ付き)ってふざけてるのか!? だいたい、なんで美柑電話出ちゃうの!? 元はと言えばそれだよ! 何度も言うけど、久しぶりのデートよ! 二人っきりよ!? わかってんのか!? あっちから告白してきた割にはちょいちょい俺への扱いぞんざいで時々不安になるよ! 俺との時間、俺のこと……大事じゃないのかよぉ……あ、やべ、なんか泣きそう……。

 こうなったらヤケだ。ヤケ酒だー! と、飲み進めた。そうじゃないとやってられない。ついにワインもあけグラスに勢いよく注いでいると、トンッと、何か肩に重さが加わった。

「ねぇねぇ、ひーちやぁん。ちゅーしよー」

 ……へ?

 俺は我が耳を疑った。

「ねぇ、しよーよぉ。ちゅーしたぁいっ」

 そう、とろんっとした目でキスをせがんできた美柑に、俺は聞き間違いじゃなかったと確信した。

 いや、え? どーしちゃったの美柑ちゃん!? 俺びっくりしすぎてグラスも瓶も落っことしそうになったよ!

 明らかにいつもと様子がおかしい美柑を不思議に思い美柑の背後に目をやると、シャンパンとワインの他にチューハイやカクテルの缶がごろごろと空の状態で床にも転がっていた。

 い、いつの間に!? 明らかに飲み過ぎだろあれ! 完璧に潰れちゃってんじゃないか!

 山になっている残骸に唖然としたが、尚もキスしろと迫ってくる美柑に意識を戻され、俺はどうしていいかわからない。

 それにしても……と、改めて俺は美柑の姿に目をやった。酔ってるせいで頬もほんのりと赤みを帯びて目は潤んでるし、呂律が回ってない口調はなんか甘ったるくて、さらには足を崩しているから際どいところまで太ももが丸見えで非常に目にも体に毒だ。

 そう、俺は今必死で理性と戦っていた。この刺激的な光景に思わず、ごくっ……と喉を上下させた。見ないようにしたいが、悲しいかな、見てしまうのが男の性だ。頼むからそんな目で上目遣いをするな! これ以上煽るんじゃない!

「いいじゃーん別にぃ。恋人同士なんだしぃ。みかん今日のためにかっわい~ぃおニューの下着つけてきたのー!」

 そんな俺の事情なんか知らず、さらに追い打ちをかけるように美柑は「ほらぁっ」と、大胆にもニットとスカートをめくって見せてくる始末。

 ……ブッハァッ!

 ちょっと品はよろしくないが、普段の美柑から想像つかない大胆な行動に俺は鼻血を吹き出した。あぁ、やべぇ、下が……下もそろそろやばいかもしれない……。

「ね、だからしよ。しよーよぉ」

 これで済んでくれればいいのに、なんと美柑はそのままの状態で俺に抱き付いてきた。しかし、なぜか服の中に手を入れだしてきた美柑に俺はギョッとした。

 ちょっ……待て待て待て! こいつは一体どこまで致すつもりでいるんだ!? 今さっきの行動からの「しよー」じゃ、その先も含まれてるってことになるぞ!? ただでさえキスを強請られているだけでもどうしようなのに。

 さすがに俺も焦った。それ以前から焦ってはいたが、今しがた急激に高められた興奮やら欲求が急速に冷めていく程に。いや、正直なところ俺はいつでも「いただきます!」なのだが……。いや、だってさ……だって……。

 普通、相手が酔っ払っているとはいえ、男ならばラッキー喜んで! のこの状況で、俺がこんなにも躊躇しているのには理由がある。それは中二の時、当時流行っていた学園ドラマで俺と同じ中学生の主人公カップルがだれもいない教室で恋人と初H、という回を一緒に観ていたうちの母さんが、「十年早いわ! マセガキめ」とポテチをぼりぼり食いながらそう言っていたのだ。

 だから、だからまだ俺らはそういうアダルトな階段は登っちゃいけねーんだぁー!

 そんなわけで必死で理性を総動員させて自制してるというのに、そんなの知ったことかと「しよー」を連発して詰め寄る、最早ただの破廉恥ガールと化した美柑。懸命にぐっと耐え、俺に跨り誘惑している美柑に再度説得を試みた。

「いや、だからさ……ほら、言ったじゃん、前にも」

「えー! やだ! もぉ待てない!」

「お願いだから、お願いだから美柑。あと三年待って! あと三年だから!」

「やだぁ! もう私だけ友達の話に入っていけないのやだぁ!」

 え? そういう理由?

 たまにちょっとお姉さんお兄さん向けの漫画とかで見る、「私、早くあなたとひとつになりたいの」ではなく? 単なるR指定なガールズトークで盛り上がりたいがため!? どうしよう、完璧に萎えたよ。何、この喪失感? ショックを受けている俺をよそに、美柑は俺の肩に額を乗せ、ポツリポツリと言いだした。

「これでも不安なんだよ? ひーちゃん、エッチなビデオはめぇっちゃ観るのに、私にはちゅーすらしてくれないからさぁ」

 その言葉に、俺はハッとした。

 俺は、何てダメな彼氏なんだ。こんなかわいい子をずっと不安にさせていただなんて。しかも、こんなかわいい彼女がいながら二年もプラトニックを貫いて、なのに俺は行き場があるはずの性欲を画面の中で乱れ狂う女にぶつける日々を送って……。

 ――最低だ! 俺は最低だ!

 そして、美柑も不安に思っていた。それが単純に嬉しかった。

 その間も剥き出しの太ももで体を挟み、これまた剥き出しの胸をすりすりさせている美柑の肩を掴み床に下ろし、乱れた衣服を整えると、俺はまっすぐ目を合わせた。

「よし、わかった、しよう! ちゅーだけな」

 最後にそう念を押すように言った。女性という立場でここまでしてくれた美柑には申し訳ないが、酔った状態の美柑とはしたくはないし、もともと今日はキスはすると決めていたんだ。据え膳食わぬは男の恥とは言うが、ここでいただいてしまう方が俺にとっては恥だ。

 俺の答えにちょっと残念そうだったが、美柑はへにゃっと笑った。

「……ひーちゃんの、そーいう無駄に真面目なところ、私好きだよ」

 押し倒しちゃうぞ? この小悪魔め。

 そんないつになく大胆で愛くるしい俺の恋人は、言うや否や目も口もすぐにキスの態勢に入った。

 ヤバイ……キス待ちの顔ってこんなにかわいいのか!?

 初めて見る美柑のそんな表情に、俺の心臓は飛び出てどっか行ってしまうんじゃないかってぐらい暴れ回っていた。このまましばらく見ていたいが、そう言うわけにもいかない。せめて写メを撮りたいがそれも我慢して、数回深呼吸をしてから俺もようやく目を瞑り、ゆっくり美柑に顔を近づけていった。そして……

 ふにゅんっ

 や、やわらか~~!

 待ち望んでいた、おっぱい同様、その見た目を裏切らない感触に、俺は感涙した。

 つ、ついに、ついにやった。何度も夢にまで見た、その度起きては虚しい気持ちに打ちひしがれていたが、でも今日、やっと現実に起こってくれた!

 あまりの幸福感にどこまでも羽ばたいていきたい気持ちに酔いしれながら、ゆっくり目を開けた。そして、俺は固まった。

 目の前には頬をピンク色に染めたかわいらしい美柑、ではなく、ゆでダコのように真っ赤に出来あがったウザがいたからだ。てことは、俺の唇に今ミートしているのは……。

「オ、オエーーーーーーーー!!」

 俺はこの世のものとは思えないほどの強烈な吐き気と寒気に見舞われながら、唇の皮がずる剥けになるんじゃねーかってぐらいゴシゴシと袖で強く拭いまくった。いつの間に起きていたのか、当のウザは、「わぁいっ奪っちゃったぁー」とへらへら笑っている。

 あまりのショックに膝をつき茫然とした。まるで生きた屍のよう。……なんてことだ。夢にまで見た俺のファーストキス……男に、しかもウザに奪われてしまった……。あぁ、吐きそうだ。砂を吐きそうだ。いっそ砂になってサラサラと海に流れて消えてしまいたい。――最悪だ! 二十一年生きた中で一番最悪だ! もう博吉、お婿に行けない!

 プッツーーン

 ……あら? 今、何かとても危険な音がしたような……。

 そう思った瞬間、バッコーンッ! と物凄い音とともに何かが吹っ飛んできた。思い切り壁に激突してのびていたそれは、ついさっき俺のファースト〇〇を奪った張本人、ウザだった。わざわざ説明するまでもないが、ここに奴がいるということは……。

 そこまで考えて、俺はウザが飛んできた先を恐る恐る振り返った。

「ふっざけんじゃねーぞっこんっの、バカ猫があぁぁぁ! せっかくの乙女のドリーム実現なに邪魔してくれとんなんじゃわれ! おどれのせいでワシの努力台無しじゃ! いてまうぞゴラァァァァァ!」

 ……イ、イィ~~~~~~!?

 美柑がキレ……イィ~~~~~~!?

 俺は仰天した。そこには、髪の毛を逆立たせ、鬼も泣いて逃げ出すんじゃないかというぐらいの恐ろしい形相で美柑が立っていたからだ。二年の付き合いだが、いつもふわふわ笑っているイメージしかないので、それはもうびっくりした。そしてさっきとは百八十度変わり果てた美柑は、「この、ばかやろぅーだ!」と叫び、思いっきり玄関のドアをバァンッと開けて走り去ってしまった。当然、そのまま美柑は帰ってこなかった。でも、家に電話したらちゃんと帰っていたからほっとした。「何かあったの?」って美柑の母さんに聞かれたが、ノーコメントでお願いさせていただいた。

 しかし翌日、美柑は昨日のことなどキレイさっぱり忘れていた(しかもウザも)。どうやら酔うと記憶がぶっ飛ぶ質でもあるらしい。なんて厄介な酒乱なんだ。逆に良かったような気もするが、実に複雑だ……。

 二十一回目の誕生日。なんだかさんざんなバッドバースデーだったが、俺は俺が思っている以上に美柑に愛されているたんだなぁ、ということがわかったプチハッピーバースデーでもありましたとさ。

 でもとりあえず、俺以外の前では酒をあんまり飲むな、と言っておこう。


《第八話 終》

【次回】

メリークリスマス

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