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猫の恩返し(仮)  作者: 陽子
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第七話

怒涛のミスコンから数日あけて


【前回のキーワード】

美しい果実と美しい豚

 こんにちはみなさん、田所博吉です。所沢ぴー太郎ではありません。田所博吉です。

「ひろ~、モミジ狩り行こー!」

「あ?」

 学校から帰って来るなり、おかえりの代わりにそう提案してきたウザに俺は間抜けな声をあげた。なんだ突然。いつも突然だが。

「今旬なんでしょー? テレビで言ってた!」

 まだ靴を脱いでる最中だというのに、俺を引っ張りながらウザはさっきまでその特集でもやってたのであろうニュース番組を指さし説明する。あの怒涛のミスコンから早数日、その時の疲労もまだ抜け切れていないというのにまためんどくせぇことを……。今はニュース番組らしくここ最近の事件やら事故やら、そんな辛気臭い話題を淡々と流しているテレビを前に、すっかり習慣になってしまった溜め息を吐いた。ていうか、こいつにしては随分地味なものに興味を持ったな。

 紅葉狩りか……。そういや、この間行ったやたら値の張るカフェの周りの紅葉もきれいだったなと思い出したが、紅葉つながりで一緒に思い出したくもないことまで思い出してしまいすぐさまブンブンっと頭で振り払った。ついでに、そんな俺の足元で「行こう行こう」とずっとうるさく纏わりつくウザを蹴っ飛ばした。そして、自分でも珍しいことを口にした。

「わかった。明日休みだから連れて行ってやる」

 俺の言葉にウザは一瞬面食らったようだが、すぐに「やったー!」と飛び上がって喜び走り回った。本当に珍しいことだ。その理由を問われれば、単なる気まぐれだろう。できれば大学とバイト以外はどこにも行きたくない気分なんだが……まぁ、普段よりだいぶ安上がりな頼みごとだしな。たまにはこいつのワガママををきいてやるか。今度は「おなかがすいた!」と言い出したウザに、「うるせぇ」と言って手を洗いに向かった。ちょうどその時、点けっぱなしのテレビは天気予報にかわったのか、明日も晴れだと俺の背中に向かって教えてくれた。




「わーいっ! モミジ狩りー」

 翌日、俺らは地元でもそこそこ有名な行楽地にやってきた。予報通り天気に恵まれた今日は絶好の行楽日和なのと、そこそこ有名なだけあって俺らのように紅葉狩りを楽しむ人たちもまぁまぁいる。ウザはウザで、着くなり一目散に真っ赤な絨毯めがけてダイブし、楽しそうに落ちた紅葉をかき集めだしてる。案の定、周りの迷惑も顧みずなのだが。それを注意しつつ、改めて周りの景色に目を向けた。この山々を見事に染め上げている鮮やかな赤や黄。単純に、きれいだと思った。四季がある割には毎年と言っていいほど間の季節を感じる間もなく暑くなったり寒くなったりする日本だが、ちゃんとあるところには存在するみたいだ。秋風に揺られ踊る紅葉を目で追いながら、美しい景色を堪能していると、両手いっぱいに紅葉を抱えてウザが戻ってきた。

「ひろーっ何ぼーっとしてんの? ひろも早くモミジ狩り始めよう!」

「は?  なに言ってんだよ。今してるじゃねぇか」

 俺は意味がわからず首を傾げた。しかし、ウザもウザで俺の返した言葉の意味がわからないようで首を傾げ返している。こいつ、もしかして……。

「"紅葉狩り"っつーのは、こうして紅葉を観賞しながら秋を愉しむことを言うんだよ」

 途端、ウザは目と口で顔を覆い尽くす勢いで大きく開き、抱えてた大量の紅葉をバサバサッと落っことした。

「うそー!?」

「うそじゃねぇよ」

「モミジを取って天ぷらとかおひたしにして食べるんじゃないの!?」

「初耳だわ」

 俺の言葉に絶望一色に染まったウザは、「そんなバカな……!」と膝から崩れ落ちた。どうやらこいつは紅葉狩りをりんご狩りやぶどう狩りと同じものと認識していたらしい。この食うことしか頭にないクソ猫がなんでまた紅葉狩りなんか……って思っていたら。あんなに一心不乱に紅葉集めてたのは、ただのガキの戯れではなく食うためかよ。明らかに「だまされた!」って顔をしているが、おまえが勝手に勘違いしただけだ。あと、どう調理してもマズそうだからやめておけ。

「そんな……ぼくは何のために腕立て伏せを頑張ったんだ……!」

 本当に何のためにしたんだ。腕を鍛えりゃ大量に紅葉を狩れるとでも思ったのか? ばかなのか? と思ったが、ばかだったわこいつ。だいたい一日でそんな筋力付くわけねぇだろ。しかも十回しかしてなかったしな。どちらにせよ、無駄な努力だったな。まぁ、無理もないか。俺も昔同じような間違いしたし。でも、普通に紅葉を食べ物だと勘違いする奴も珍しいぞ。何はともあれ、全てを知ってがっくり肩を落としていたウザだったが、段々と腹が立ってきたのかわなわなと震え出した。

「こんなの狩りじゃない! ただのモミジ見物じゃないか!」

 こいつにしてはうまいこと言うじゃねぇか。周りで紅葉見物を嗜んでいる人達が一瞬振り返るぐらいのでかい声で不満を爆発させたウザに、俺は珍しく感心した。ただ、おまえのそれも狩りというより紅葉拾いだからな。まだあほみたいにキーキー怒っているウザを前に、俺はやれやれと肩をすくめた。はー、これはもう帰ろうと言い出すな。来たばっかだぞ。まぁ、しょうがない、こいつには後でソフトクリームでも買って機嫌戻してもらうか。

「よし、ひろ!!  こうなったら、モミジやめてぶどう狩り行こう!」

 は?

 しかし、発せられた一言に、俺は目を剥いて固まった。もちろん、この事態を予想できなかったわけではないが、「帰ろう」と言われるだけだと思ってただけで、まさか行先を変更されるとまでは思わなかったのだ。そもそも俺が今回の提案を了承したのはそりゃ気まぐれだが、金がかからないっていうのが一番大きい。なのに、ぶどう狩りだと!? 簡単に言ってくれたな。ここから一番近いぶどう農園でも二時間かかるし、電車じゃなく車で行かなきゃならないからレンタカーも借りなきゃで高速だって使うしガソリンだって食う。どんなけ金かかると思ってるんだ!! おまえのせいで我が家のエンゲル係数はとんでもないことになってるというのに! これはなんとしても阻止しなければ。が、ここは静かに季節を嗜む場所だ。いつものように怒鳴り散らして風流を乱すのはナンセンスだ。ちらほらだが外国人の観光客だっている。せっかく遠路遥々日本に来てくれてるのに楽しみをぶち壊すわけにもいかない。俺は努めて声を抑えて諭した。

「紅葉狩りしたいっつったのはおまえだろ。ごちゃごちゃ言うな」

「やだぁ! だって食べれないしつまんない!」

 あぁ、出たよ、こいつのお得意のわがままが。げんなりだ。げんなりだが、ここで折れたら今月マジで生きていけなくなる。そんな家計事情も交えながら、俺は今にも突出しそうな怒りを押し込んで説得を続けた。しかし、一度言い出したら聞かないのがコイツだ。こっちの話なんてきこうともしない。「ぼくおなかがすいたんだもん!」「今はぶどうの気分なの!」と、ひたすらヤダヤダと駄々をこねる。こちらからしたら知ったこっちゃねぇ。とにかく、とにかくだ、俺は必死に怒らないようにと努めた。だが、どこまでいっても「だめ」と「やだ」の平行線のまま、俺の焦りとイライラは積もり積もっていく。もう我慢も限界だ。

「いい加減にしろ!」

 いつまでも喚くウザに、とうとう腹の底から一喝した。そんな俺の突然の怒号に、ヤツもびっくりしたのだろう。黙ったところに間髪入れずにぶち込んだ。

「おまえの大好きな俺と一緒に紅葉観賞デートすんのがそんなに楽しくないかッ!」

 ガッと両肩を掴んで、今、ここにいる誰よりもでかい声で俺は一気にそう捲くし立てた。しかし数秒後、さっきよりも静まり返った空気にハッと我に返った。

 ――俺は一体何を言ってるんだ?

 たった今自分が口走った内容が周りの山から跳ね返ってこだましている中、穴があったら入りたいぐらいの羞恥心におそわれた。ぶどう狩りに行きたいというのを黙らせるためとはいえ、なんてことをしてしまったんだ俺は。真っ赤な紅葉の中、絶望的な赤っ恥をかいてしまった。様々な好奇の視線が突き刺さる中、通りがかった外人が「おアツいね~」と口笛を吹いた。よりにもよって日本語わかる人かよ。一方、ウザは俺の狙い通り黙ったままぽかんとしていたが、ようやくゆっくり口を動かした。

「……そっか、そうだったね。大好きなひろとのせっかくのデートなのに、ひろも楽しみにしてくれてたのに、そんなことに気づけなかったなんて、ぼくはなんて愚かな猫なんだ」

 反省してもらいたいところはかなりズレてしまっている上に、かなり自分の都合よく解釈している。やめろ、さらに誤解を生むだろその発言。それと一つ訂正させてくれ。俺は別に楽しみになんかしていない。

「しかないなぁー。さっきのひろの熱い愛の告白に免じて、一緒に付き合ってあげますか!」

 きっと、昨日たまたま観てたドラマでおんなじようなセリフを言ってたヒロインを見て「こういうセリフ(美柑に)言われてみてー……」と、うっかり言ってしまったのをきいてだろうな。なんでおまえが言うかな。ウィンクするな。

 しかし、思いがけず効果は絶大だったようで、ウザは「デートっデートっ」とすっかりご機嫌だ。まぁ、なんにせよ、ぶどう狩りに行かずに済んだんだ。恥ずかしい思いはしたが、よし、としよう。

 ようやく俺が歩き出すとウザも横に並んだ。それまではいいのだが、なんと勝手に手を握ってきたではないか。いつもは振り払うのだが、今日だけ好きにさせといた。これも二度とこいつの口から「ぶどう狩り行きたい」などと言わせないためだ。激しく前後に振られながら紅葉狩りを続行した。

「ねーひろー! あれ食べよう!」

 しばらく歩いていると、突然、ウザが何かを発見したようで嬉しそうに声をあげた。指さす方を辿ると土産屋があり、その店の前で紅葉やイチョウの形を模した饅頭やらせんべいやら最中といった和菓子を販売していた。それを目敏く見つけたウザは、また俺の返事も待たずに一目散に駆け出し、すでに何個か選んでいる。しょうがない、諦めろ博吉。ぶどう狩りに比べたら安いものだ。それでも袋いっぱいに買わされたが。せっかくなので、というより、ウサがさっさと食べだしたので適当な場所に座って食べることにした。

「うーん、品のいいオヤジ」

「お味な」

 言葉通り本当に味わって食べているのか疑わしいほどのハイペースでパクつくウザに呆れつつ、俺も一口食べると、和菓子特有の優しい甘さが広がった。特別おいしいわけじゃなかったが、目の前の鮮やかな景色のおかげか、いつもよりおいしく感じた。突然、「あ、そっか!」と、ウザが何か閃いたように声をあげた。

「こうしておいしい物を食べながらモミジを眺めることを、“モミジ狩り”って言うんだね!」

 俺が最初にした説明に勝手に余計なものをくっつけ、「そういえば、お花見もそうだね」と納得していた。うん、まぁ、それでいいよ。 そのおいしい物も数分足らずでなくなり、俺らは再び紅葉の中を歩き出した。

「今日楽しかった! ありがとう!」

 川に流れる紅葉を眺める俺の手を楽しそうに振りながら、嬉しそうにウザがそう言ってきた。それに俺は「おぅ」と、素っ気なく返した。こいつといると疲れることばかりだが、たまにはウザに連れ出されて外出るのも悪くはないかもな、と珍しく思い始める俺であった。

「次はぶどう狩り行こうね!」

 しかし、その誘いだけは却下した。


《第七話 終》

【次回】

永遠に21歳だけども

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