第六話
新キャラ2人登場します
この物語の中ではたぶんベスト5に入るぐらい割と好きな話
ちなみに、正確にベスト5を並べたことがないので、とても適当です
【前回のキーワード】
奴の胃に 俺のアイスキャンディー 許すまじ(字余り)
俺の名は田所博吉。
改めてもう一度自己紹介をしよう。俺の名は田所博吉だ。
秋です。暑さがようやく抜けて涼しくなってきました。食い気に走りデブりスポーツに励みまた食べて、という魔のスパイラルに陥らないよう気をつけましょう。
ところで、うちの大学ではもうすぐ学園祭が始まるのだが、この行事のせいでまだまだうちの大学は酷暑が続きそうだ。原因は、二日目の大目玉イベント――ミス・キャンパス。少し前まではいまいち盛り上がりに欠けていたこのミス・コンだが、一昨年、楠美柑という絶世の美女が入学してくれちゃったおかげで誰もが知る学際のメインイベントに大出世した。昨年の優勝に続き今年も、年々増え続けるどんなアイドルの追っかけよりも激しい情熱を燃やす美柑ファン共の自己満な努力により、当然美柑が優勝するだろう。それでなくとも、美柑が優勝することは何も不思議じゃない。一応他にもそれなりにかわいい子やきれいな子はいるが、美柑に匹敵するほどの美女がいないってのも事実だ。ゆえに、史上初の三連覇は確実だな。いやぁ、彼氏の俺としては、彼氏の俺としては、実に誇らしいことだ!
「たぁ~どぉ~こぉ~ろおぉぉぉッ!」
そんな美柑ファンの中でも一際暑苦しいほどの情熱を燃え滾らせている人物、イコール俺が最も関わりたくない人物がいる。ボクシング部部長の沢田研二先輩だ。どの面下げて言っているのか、「俺、あだ名ジュリー」と周りに公言しまくっているが、誰もそう呼ぶ人はいない。その沢田先輩が、食堂の一角でない鼻を高くし、大事なことを2回復唱していた俺に向かって、野太い声を張り上げながら突如突進してきたではないか。突進ついでに、思いっ切り打ってきたアッパーを食らわし、そのまま斜め右へきれいに弧を描いて俺は落下した。ちなみに、俺が美柑と付き合うことになった時、数週間俺をサンドバッグにした先輩がこいつだ。
「一大事だ! 一大事だぞ田所ぉー!」
「痛いっす! 痛いっす先輩!」
そんな沢田先輩は倒れている俺にフェイスロックをかけながら、懸命に何かを訴えかけてきた。一応聞く耳はあるが、痛すぎてそれどころではない。
「実はな、実は……美柑ちゃあぁぁん!」
「だから、痛いっす! せんぱいぃぃー!」
突然泣き出した先輩は、畳み掛けるように今度はアルゼンチンバックブリーカーを食らわしてきた。もうわけがわからない。ハッキリ言って泣きたいのはこっちだ。頼むから攻撃しないでくれ!
しばらく先輩の雄たけびと俺の絶叫が食堂中に響き渡り、場は騒然となった。その後、場所を中庭に移し、今俺と先輩は向かい合って座っている。体中が痛い。特に関節という関節が……。全く引く気配のない激痛に耐えながら次のアクションに正座で身構えていると、先輩がようやく口を開いた。
「田所ピロリ菌」
「博吉です」
「本題に入ろう。田所、おまえ、今年ももちろん美柑ちゃんがミス・キャンパスだと思うか?」
「は? はぁ、まぁ」
何を言い出すのかと思えば、そんなことか。だったらさっさと言えよ。最初のアッパー以外無駄にプロレス技かけやがって。ボクシング部辞めろよ。
「そうだろう。そりゃあそうだろう! それは俺だってそう思うし、誰もが信じて疑わない未来だ! だがな、その不動の女王の座が危ういのだ! 田所!」
「先輩、近いです」
「今まで向かうとこ敵なしだった彼女に強敵が現れた! 大阪の大学から編入してきた正統派美女! 浪速のクレオパトラ――朴ロクサーヌだ!」
構うことなく先輩はそう叫ぶと、写真をバアンッと地面に叩きつけた。あの美柑厨な先輩にここまで言わすだなんて、と写真を覗き込んでみて納得した。先輩が馬鹿力で叩きつけるからしわくちゃだわ小石がめり込んでるわで少しわかりにくいが、なるほど、確かに美人だ。鼻もクレオパトラと異名をもらうだけあってかなり高い。それにしても、大阪で、クレオパトラで、朴ロクサーヌって、名前と異名だけでグローバルすぎるだろ。先輩曰く、彼女は学生である傍ら読者モデルもしていて、『朴ロクサーヌ』という名は芸名らしい。しかし、本名どころか出生すらも非公開で、大学側にも芸名で呼ぶよう言っているという。なかなかのミステリアスな美女だ。これはコンテストの質問コーナーでは質問の嵐だろう。俺はまず、韓国人になりたかったのかヨーロッパ人になりたかったのかについて是非聞きたい。
「なのにおまえときたら、美柑ちゃんの一大事にのん気に茶などしばきおって!」
ヤレヤレと先輩は小馬鹿にしたような目を俺に向けたが、そんな風に見られたって何も傷付きもしないから逆に申し訳なくなった。そもそも、美柑自身は何とも思っていねーって。このコンテスト自体、何の執着もないだろうし。毎年勝手に他薦で登録されてなんとなく出てるだけだから(副賞のエステ招待券も、興味ないからって友達にあげてるし)。そりゃあ優勝してくれたら嬉しいけども、美柑が今年優勝するにせよ出来ないにせよ、俺だけのナンバー1でありオンリー1なのには変わりないのだから、俺個人としても本当にどっちでもいい。こんなこと言ったら、先輩に四文字固めからのコブラツイストをお見舞いされるのは目に見えているから、死んでも言わないけども。想像してブルッと悪寒が走った俺に、先輩は突然、目潰しする勢いでビシッと指を突き出してきた。
「いいか! 来年おまえらは4年だ。就活だの卒論だので忙しい時期で出場権のない4年は出れん。だったら今年のラストイヤーも楠美柑が優勝し、史上初のV3を成し遂げるのが筋ってもんじゃないのか!? そうだろ! 違うか!? 田所ピロリ菌!」
「博吉だっつの」
なんでこうもファンというものはめんどくさい生き物なのだろうか。この人一番古株で熱狂的だから尚更だし。そもそも俺らサザエさん方式で年取らねぇしな。
「ところどころピロリ菌」
「もーなんでもいいです」
最初からわざとか? と、思っていたが、ここまできたらわざととしか言いようがない。俺は諦めることにした。まだ俺が美柑と付き合ってることにひがんでんのかよ。まぁ、当然だけど、女々しいぞ。外見は男らしい通り越してむさ苦しいのに。
「俺としては実に不本意且つ不愉快だが致し方ない」
「じゃあ、やめてください」
「ここは手を組もう!」
「無視ですか」
「なんとしてもミスコンまでに敵の弱みを握るのだ。そしてその弱みに付け込み、美柑ちゃんを女王に!」
「帰っていいっすか?」
何て姑息な……。図体も態度もデカイわりにはなんちゅーちっせぇ人間なんだ。しかも一人の女子を相手に。
こうして俺は強制的に、二度と関わりたくなかった先輩と手を組むことになった。ミスコンが終わるころには俺の胃には特大の穴があいていることだろう。とりあえず、まず保健室に行くか。
「所沢ぴー太郎」
「誰ですか、それ」
俺は売ない三流芸人か。もはや原型ねーじゃねぇか。
あの後、まだ授業が残っている俺は先輩に無理やり外に連れ出された(もちろん、保健室にも寄れずに)。そして今、先輩による朴ロクサーヌの調査結果を聞かされている。その調査によると、朴ロクサーヌは文学部メディア表現学科に編入し、向こうの大学でも所属していたチアリーディング部と、これまた男にモテそうな部活に入部したという。なんとさらに、あるローカル雑誌の読者モデルもしていて、今回の編入で関西からこっちの地方に配属になったらしい。そして今、俺らは朴ロクサーヌが最近よく学校帰りに通うというオープンカフェで待ち伏せしている。男二人で、しかもこういう場には最も不釣り合いな男と一緒に、だ。挙句、話している内容はとてもオープンにできないことを、しかし先輩は声高々に発表している。
「先輩、つーか調べた割には情報の範囲狭いし少な過ぎじゃないですか? 弱み握りたいのならもっとプライベートなこととか」
「バカ野郎! それができねーんだよ! 俺は美柑ちゃん以外のことにそういう労力を費やすことができねぇんだよ!」
一瞬、結構道徳的な人なんだなって感心して損した。つーか、一体美柑のことどれだけ調べているんだ!? 場合によってはプライバシーの侵害とストーカー行為として訴えるぞ!
「しかし、つくづく鼻につく女だ、朴ロクサーヌ。学校帰りにこんなこじゃれた場で茶とは……気取りやがって!」
先輩は改めて店を一瞥して、ケッと厭味ったらしく吐き捨てた。
確かに、学生が一人来るには少々オシャレすぎる。何も頼まないのも、ということで、とりあえず頼んだカフェオレが800円って……。自販機なら100円ちょっとなのに。アルバイトでしか生計を立てていない者としては、カフェオレごときにこの出費は痛すぎる。
「容姿もスタイルも成績も、悔しいが美柑ちゃんに勝るとも劣らん! けしからん! が、とりあえず、胸は美柑ちゃんの方が2カップ勝っている!」
「どこ見てるんすか!」
「朴ロクサーヌが82のCに対し、美柑ちゃんは86のE、57、84のワガママボディだからな! さすがだ!」
「やめろーー!」
人の彼女の何を調べてるんだ! そもそもどうやって調べた!? 目測か!? 目測なのか!? くり抜くぞその目ん玉! 返り討に合うのはわかりきっているからやらないけど。すまない美柑。俺は情けない彼氏だ。そして、俺の予想より胸、大きかったんだな。ゴク……。
「おい、何想像してんだケダモノ」
想像以上のナイスバディに胸を高まらせていると、なぜか先輩に睨まれた。言っとくが、立場としては俺の方が想像しても許されるんだからな。
それにしても、いつになったら来るんだよ。もうかれこれ一時間は経ってんぞ。俺は自分の腕時計をちらっと見た。あ、ちなみにペアウォッチね。俺ブラック、美柑オレンジ。さて、もうちょっとノロケたいがそれは置いといて、もう後十五分くらいで授業も終わるな。俺、今まさに講義中の授業必修で、しかも次の授業美柑と一緒だったのに。学部違うから被るなんてめったにないから、どれだけこの日を楽しみにしているか……。だから連れてきたのか? 溜息出るよ、まったく。
それからさらに時間は過ぎ、学校のチャイムもわずかに聴こえ、また時間が過ぎてチャイムが聴こえた。……もういい加減帰りたい。
「先輩、帰っていいっすか?」
日もそろそろ傾きだしてきた頃、俺は今まで言いたくてたまらなかった一言をやっと言った。むしろ、よくここまで耐えたと自分で自分を褒めたい。そんな俺に先輩は信じられないという勢いで噛み付いた。
「なに言ってんだおまえ!」
「だって、いくら待っても来ないじゃないですか。日も暮れてきたし、寒いし」
そもそも俺、本当にどうだっていいし。このまま待ち伏せし続けて、手持ち無沙汰だからともう一杯何か頼もうにも、ここは値段がいちいち高過ぎる。だから仕方なく、二人してキンキンに冷えたお冷で場を凌いでいるのだから余計寒い。店からしたら「いい加減帰れ」もいいところだ。今度という今度は断固として譲りたくない俺に、先輩はやはり食って掛かっていちゃもんを付けだした。
「なんて忍耐力のない奴なんだ! 恥ずかしいと思わんのか!? 男は忍耐と肩幅だ! 最低だ! おまえなんか去勢してしまえ!」
そう喚く先輩に、俺はさらにうんざりした。
なんでただ「帰りたい」って言うただけで、こんなにボロクソに言われなきゃならねぇんだ。おそらくだけど、こんな分不相応な場所に一人置き去りにされるのが嫌なのだろう。なんか半泣きだし必死だし。こんな静かな場所で大声で喚き散らすなよ。恥ずかしいのはおまえだ。本当に帰りたいのと、周囲の視線も痛いしで、俺は無視して身支度を整え始めた。今日夕飯何にしよう。そういや米も切れかけてたし、なんか適当に食材でも買いに行くか。よし、美柑も授業終わったみたいだし待ち合わせて帰るか。さっきライン来たし。余計に早く帰りたくなった、というより美柑のもとに一刻も早く向かいたくなった俺は、尚もしつこく文句を言いながら引き止める先輩を振り切り会計に向かった。しかし、席を立とうとした時、先輩がいきなり「あ!」と叫んで、俺の頭を鷲掴み机に顔をべしゃっと叩き付けた。鼻曲がった。絶対鼻曲がった!
「朴ロクサーヌだ!」
「え?」
鼻の曲がり具合を確認しながら先輩が指さす方を見ると、オードリーヘップバーン気取ってんのかと思わせるような服装の、でっかいだんごを頭のてっぺんに作った女が一番見晴らしのよい席に案内されていた。無駄にでかいサングラスをかけてたため顔はよくわからなかったが、確かに写真でも感じたオーラが漂っていた。
……ていうか今来たってことは、さっきまで授業受けていたってことじゃねーか! 待てども待てども来ねぇなと思っていたら。先輩も気付いたのか、明後日の方を向いて口笛吹きながら誤魔化していた。うわー、マジ腹立つわ。
そしてターゲットである朴ロクサーヌは注文を済ませたのか、店員にメニューを渡して本を読み始めている。それを確認すると、先輩が俺にとんでもないことを言いだした。
「よし。とりあえず、おまえ行け」
「は?」
「朴ロクサーヌに話し掛けてこい! 『僕、今度の学祭でミスコンの実行委員しているのですが、よければ出てみませんか?』って」
「いやいや、なんで俺なんすか? 自分で行ったらいいでしょう!」
「何を言う! 俺みたいにオーラばりばりのハイグレードなナイスガイが行くよりは、おまえみたいにすべてがキレイに人並みで、素朴・平凡・地味の三拍子が揃った男が話しかけに行った方が、さほど印象に残らずに済んで後々の計画にも丁度いいんだ!」
……やかましいわ! 悪かったな地味で! あんたなんかただ顔が濃くて、縦にも横にもでかいおかげで無駄に威圧感があるだけだろーが! 何がナイスガイだ! 一部では『ジュリー』ではなく『ラオウ』って呼ばれているくせに! 前々から思っていたけど、本物のジュリーに土下座して来い! ぶん殴られろ!
そんな風に心の中で罵倒していたら、「いいから早く行け!」と背中に張り手をお見舞いされた。あまりの痛さにしばらく動けず固まってしまったが、ぐずぐずしてたらまた喰らわされそうなので(実際、もう振り下ろす準備をしていた)なんとか歩を進めた。俺の背中には今ごろ、このカフェの周りを彩っているどの紅葉より鮮やかで立派なモミジが出来ていることだろう。
くそぅ、めんどくせぇこと押しつけやがって……。これじゃただのパシリじゃねーか!
俺は心の中で、ていうか心の中でしか言えない文句を言いながら、朴ロクサーヌがいる席にしぶしぶ向かった。
「すみません、朴ロクサーヌさんですよね?」
俺が話しかけると、朴ロクサーヌは本から目を外し、かけていたサングラスを少しずらして、「えぇ、そうですけど」とこたえた。
「僕、今度の学祭でミスコンの実行委員しているのですが、よければ出てみませんか?」
俺は先輩に言われた通りをほぼ棒読みで言ってやった。ささやかな抵抗だ。
「え? つい先程、大学出る前にそう名乗る方から同じこと言われて用紙頂いたわよ」
そう「ほらっ」、と朴ロクサーヌは応募用紙を俺に見せた。
まさかの! いや、そりゃそうだよ! そりゃそーなるよ! あの実行委員共が早々に声かけているに決まってるって! やべーどうしよう……あの頭の悪い先輩の言う通りにしたら早くも万事休す!?
「いや、あの……どうしても僕からもお願いしたかったし、ちゃんとお会いしたかったので! だって、すごくきれいな人だから!」
ここで「あ、そうだったんですね。失礼しました」なんて言って戻ったら、先輩に何をされるかわかったもんじゃない。俺は動揺しつつも、少なくとも先輩よりも使える頭をフル稼働させて考えた苦し紛れの言い訳をした。それに朴ロクサーヌは、「……まぁ、いいですけれど」と視線を本に戻した。
あ、よかった。なんか納得してくれた。
俺がホッと胸を撫で下ろしたちょうどその時、「おまたせしました」と朴ロクサーヌが注文したメニューが運ばれた。アップルハニーレモンティー(880円)といちごティラミスタルト(900円)がテーブルの上でキラキラ光っている。先輩じゃないけど、むっちゃ鼻についた。ベンチで缶コーヒー飲んで「寒いわ」とでも言ってろ!
「それで、この私が出場することで何か盛り上がるのですか? さっきの方もとてもしつこかったですし」
朴ロクサーヌはそのやたら長い名前のレモンティーを一口飲んで、視線は本のまま俺にそう尋ねた。
なんか、随分上からだな。気に入らねぇ。早くも俺は彼女との相性の悪さを感じた。
「そうですね。朴さんが出場すれば、うちの大学で一番美人の楠美柑っていう生徒との対決が今年の見どころになりますからね!」
その「おまえ誰だ?」感丸出しの態度に、こちらも少し厭味ったらしく、さり気に自分の彼女の自慢をしてやった。まぁ、事実だからしょうがない。すると、朴ロクサーヌはやっと俺に顔ごと視線を向けた。
「まぁ、そんなにキレイな方なのですか?」
「はい! キレイでかわいいしスタイルもいいし、もう言うことなしですね! 実はすでに二連覇してますので軽く優勝候補です!」
あ、しまった。自分の彼女のことだからついつい得意気になってしまった。でもやっぱり事実で自慢なのだから仕方ない。しばらく朴ロクサーヌはちょっと考える風な顔をして黙っていたが、突然レモンティーを一気に飲み干した。
「わかりました。出場しましょう」
すぐさまカバンからボールペンを取り出し、用紙の必要事項を記入し始めた。そして書き終わると、「どうぞ」と俺に渡した。いや、俺に渡してもらっても……と思ったが、ここで断ってもなんで「……どうも」と受け取った。
そして、「ちょっと失礼」と突然朴ロクサーヌはかばんと伝票を持ってスッと席を立った。「あのぅ、ケーキ残ってますけど~?」と俺が引き止めても、「あぁ、食べてくださって」とそのままスタスタと去って行く彼女を俺はぽかんと見届けた。
「楠美柑、ねぇ……。ふっふふふ……アーハハハハハ! この私の上をいく女なんていないわ! 見てなさい、そのミスコンとやらであんなヘンテコな名前の女なんかより、どんな手を使ってでも私の方が美しいことを証明してみせるわー!」
……なんちゅー女だ!
あの後すぐ先輩に連れていかれ、俺らは朴ロクサーヌが入って行った店のトイレのドアの前に貼りついていた。めちゃくちゃでかい声でナルシズム且つ高飛車発言をしている彼女に、俺はいろいろとびっくりしている。
「――はっ!」
すると突然、朴ロクサーヌが短く叫んだ。
「美しい……」
どうやら、鏡に映った自分の姿に見惚れただけだったらしい。……なんだそりゃ!
その後も、「はぁー」だの「ふぅー」だの溜息をこぼしたり、「オーーーホッホッホッホ!」と高笑いをしたりと、店のトイレでやりたい放題だ。
「よし! ぴー太郎、上出来だ!」
一連の事態にドン引きしている俺に、先輩は朴ロクサーヌが置き去りにしたケーキを頬張りながら勝ち誇ったように言った。
「あの引くほどのナルシストぶりをコンテスト当日に出させば、謙虚な美柑ちゃんの圧勝だ! やったぞ! やっと弱みを握った! やっぱ俺天才だー!」
バンザーイ! っと、先輩はそう飛びあがって喜んだ。あんたも十分ナルシストだと思うがな。ていうか、あんた特に何もやってないだろ!
「そうと決まれば、早速作戦会議だぴー太郎! 俺について来い!」
そう力強く拳をあげて先輩は走りだした。しかし、会計がまだだったので店の人に連れ戻された。かっこ悪。
ていうか、俺まだ付き合わされなきゃいけないの? もういい加減帰らせてくれ~!
会計を済ませ、先輩に引きずられながら俺はこの世の理不尽さに嘆いた。
「ピンポンパンポーン! 間もなく第三十三回ミス・キャンパスを行いたいと思います! 美女拝みたい奴は、とっとと集まれーい!」
「ひろー!始まるよー!」
二週間後、俺はウザを連れて学祭に来ていた。
既にたこ焼きやらイカ焼きやらわたあめやらを頬張っているウザが、俺をせかして会場へ入っていった。あぁ、ついにきたかこの日この時が……。俺は重い足取りで先輩が陣とっているであろう、最前列のど真ん中へと進んだ。
「おー、ぴー太郎。やっと来たか! と、そのチビなんだ?」
まん前で厳つい顔でうきうきしていた先輩は俺からウザへと視線をうつした。その質問に、「遠い親戚のウザです」とてきとーに紹介した。そして、やっぱり俺は「ぴー太郎」で固定されてしまったようだ。俺はた・ど・こ・ろ・ひ・ろ・き・ち、だっつーの!
「ボウズ、俺の名は沢田研二。みんなからはボクシング界のジュリーと呼ばれているナイスガイだ。よろしく!」
先輩はウザに手を差し出し、懲りずに自信過剰な自己紹介をした。ぶん殴られろ。
「よろしく! ジュリー!」
しかし、事情も知らない素直すぎるウザは言われた通り先輩をジュリーと呼び、差し出された手とがっちり握手を交わした。瞬間、目を見開き固まる先輩。そして、どっと涙を流した。
「ぴー太郎、こいつ……いい奴じゃねーか!」
初めてジュリーと呼んでもらえたのがよほど嬉しかったのか、先輩はうっとおしいほど涙を垂れ流しながら、「気に入った! 俺は気に入ったぞー!」と、鷲掴んだウザの頭を力いっぱい振り回している。たぶん、本人は撫でているつもりなんだろうが。目を回すウザを横目に、俺はそれはそうと、と口を開いた。
「で、結局どうするんですか? 今日」
そう、今日のミスコンで俺らは先輩のエゴイズムで美柑にV3を獲らせるため、朴ロクサーヌの顔に泥を塗ることが目的なのだ。
朴ロクサーヌの本性を見たあの後、俺は先輩のアパートで作戦会議をさせられた。しかし数分後、酒を次から次へと水のごとく飲み散らかし、すっかり泥酔状態に陥った先輩は様々なプロレス技を俺にかけだした。マジでボクシング部やめろよ。そして気が済んだのか、先輩はケツを丸出しして寝てしまった。なぜ酔っ払いという生き物はやたらと露出したがるのだろうか。寝ているすきに帰ってやりたかったが、これまた運悪く先輩の下敷きになってしまったため身動き一つ取れず、そのまま一夜をともにしなければならなくなってしまいましたとさ。まだ美柑とも添い寝すらしたことないってのに……。
結局その日は本当に俺が散々な目にあっただけで終わり、「俺が当日までに計画を練るから、おまえがその通りに動け!」と、最後は俺に丸投げする気満々だと暗に宣言され今日に至るわけだが、そもそもあのナルシストぶりをステージ上で暴かせるって、どうやってするつもりだ? せめて俺らのどっちかが実行委員でない限り無理すぎるだろ。いっそ文字通り、本当に顔に泥を塗りたくった方が簡単じゃないか? そして、俺が質問してからというもの、一人あんなに盛り上がってた先輩は不気味なぐらいずっと黙りこくっている。まぁ、予想はついた。例えそうだったとしてもわかりきっていたし、驚きもしないが、一応確認するか。
「考えてないんですね」
図星をつかれた先輩は、涙目で俺を睨み猛抗議をしてきた。
「うるさい! 黙れ! 俺だって忙しかったんだ! これを作っててめっちゃ忙しかったんだ!」
完全に逆ギレした先輩は、「見よ! この力作!」と色とりどりにデコレーションされた「L・O・V・E みかんちゃ~ん!」と、書かれたボードをズイッと俺につきだした。
しょ、しょーもな! 忙しいの理由しょーもなっ! そんなもの作るのに二週間も時間かけてんじゃねーよ! そもそも最前列でそれは迷惑だろ! 後ろの客のことも考えろ! ただでさえあんたデカすぎるのに!
「うわー! すごいカラフルー」
しかしただ一人、ウザはそのしょーもないボードに食いついた。ウザ、ほめるな。あんたも得意気になるな!
「ぁ、あ~テステスハス。お待たせしました! 只今より、ミスキャンパスを始めます!」
いつの間に時間になったのか、中途半端にマイクテストした司会者のアナウンスの後、場内にBGMが流れ、いよいよミスコンが始まった。会場に詰めかけた野郎共は一斉に低い奇声を発し騒ぎ始める。
結局、ただ黙ってこのコンテストの行方を見守るしかないのか。もう先輩は計画そっちのけではしゃいじゃってるし。挙句、「まぁ、美柑ちゃんなら余裕で優勝するだろ!」と言いやがった。人をさんざん振り回しといて……もー、勝手にしてくれ!
「と、その前にアナウンスです! 今回は趣向を少し変えまして、二人の美女の対決にさせて頂きます! 名付けて、『どっちが美しいでショー!』!」
司会者の説明に場内は狙い通りさらに盛り上がりをみせた。きっとあの二人が出場すると聞いて有志が集まらなかったんだろうな。まぁ、仕方ない。
「まず最初はこの人! 本コンテスト初の二連覇を成し遂げた不動の美女! 我らのソゥスウィートエンジェル!楠美柑ちゃーーーん!」
司会者の紹介が終わると、チェックのシャツワンピースにレギンスという、秋らしい装いの美柑がステージにるんるんっと現れた。お待ちかねの美柑の登場に、「美柑ちゅわぁ~~~ん!」「俺らのヴィーナス!」「モエ~~!」と、野郎共はうっとおしい声援を送った。ウザも隣で「うわぁいっ! みかんっみかんっ」と自作のうちわを一生懸命振って応援している。芸能ニュースでどっかのアイドルのライヴ特集を観て真似たらしいのだが、同じように自作うちわを振っている奴らのより、スーパーで配られていたものにマジックで「みかん」と書かれているそれは逆に一際目立っていた。そして先輩は、「美柑ちゃーーん! アイラブユーーーー!」と野太い声を精一杯張り上げながら、お手製ボードをブンブン振りかざしていた。
だから、それ迷惑だって! ほら、当たってんじゃねーか! おもに俺に! 係員! ファンマナー悪いヤツがここにいるぞ! この人ファンクラブ会長なのに!
「そしてお次は、ある時は大学生! ある時は読者モデル! 遥々西からやってきたよ! 浪速のクレオパトラ! 朴ロクサーヌだぁーー!」
次に名前を呼ばれた朴ロクサーヌは、体のラインがはっきりわかる服に身を包み、相変わらずでかい団子を頭上にこさえて颯爽と登場した。堂々と歩いてはいたが、素人でもわかるくらいまったくウォーキングがなってなかった。朴ロクサーヌの登場に、「あぁ、あれがか!」「確かに美人だ」「どんな女が出よーが、俺は美柑ちゃん一筋だぜ!」「や、やべー……揺れる!」と、朴ロクサーヌの容姿について各々の感想やらを述べる奴らがちらほら。しかし案の定、「何人? 何人?」と隣に聞いてる奴もいた。
「いやぁ、目麗しい美女二人の登場に会場のボルテージも高まる一方でございます! それでは本人達に意気込みを伺ってみましょう! まずは初出場の朴ロクサーヌさん! どうですか!? 自信のほどは!?」
「そんな、自信なんかないですよ。そもそも、私なんかがこんなコンテストに出て良いのか。なにしろ、実行委員の方の熱意に感動して出場を決めた次第ですので」
司会者の質問に朴ロクサーヌはしおらしくコメントをしているが、先日、あんな一面を知ってしまっただけに余計うさんくさく聞こえてならない。「私なんか」と言ってる割にはばっちりキメてきてますけどね、あなた。
「初出場らしい初々しいく謙虚なコメント、ありがとうございます! さぁ、続きまして、本コンテスト異例のV2を獲得している楠美柑ちゃん! どう? 今年も優勝とれそう?」
おい、司会。いきなり馴れ馴れしいぞ! 仮にも我が校が誇る美女だぞ!「どう?」って、おまえは近所のおっさんか!
「ん~~~~……どっちでもいい!」
たくさんコメントした朴ロクサーヌに対し、美柑はたった一言で簡潔にバッサリ切り捨てた。そんなある意味無敵なチャンピオンに、「ぎゃーーーー! 美柑ちゃんがしゃべったぁーー!」「がばいいぃーーー!」と野郎どもは次々に発狂し悶絶している。奴らにとってコメントの中身はどーだっていいらしい。初めてできた我が子の一挙一動に感動する父親かおまえら。先輩も涙と鼻水を垂れ流しながらプルプルと身悶えていた。この人本当にうっとおしいわ。しかし、かく言う俺も美柑の眩しい笑顔にきゅんきゅんしているわけだ。
そんな中で、ふと、朴ロクサーヌの方に目を向けた。……めっちゃ顔引きつってる。わかりやすいぐらいイラついてる! 朴さん、今ステージですよ。スマイルしないとバレますよ? あなたの本性。
「そ、それでは、最初の種目に移らせて頂きましょう! ハァハァ……」
一番間近で美柑スマイルをお見受けした司会も、よろめきながら進行し始めた。
「ねぇ、ミスコンってなに? カレーの仲間?」
ふと、俺の服を引っ張りながらウザは今更な質問をしてきた。
「今からどっちが一番美人か競うんだよ。あと、食いもんじゃねぇ」
俺の簡潔な説明に、「ふーん」とウザはステージに向き直った。ていうか、昨日説明しなかったか? 司会もさんざん言ってたのに。おまえは本当に人の話を聞かないな。あと、どの辺にカレー要素を感じ取ったのか謎過ぎる。
司会がルール説明やらをしている中、美柑と朴ロクサーヌがいるステージを改めて見据えた。正直負ける気はしないが、あんな女に優勝してもらいたくはないので、ここは何が何でも美柑に勝ってもらいたいところだが。さて、どうなるのやら……。司会の説明も終わり、いよいよ最初の戦いが始まろうとした。場内はまさにサウナのごとくヒートアップしていた。
「ねー、なんでこんな無駄なことするの? どー見てもあのおばちゃんよりみかんの方がキレイじゃん!」
しかしそんな暑苦しい熱気は、よく通る無邪気なウザの言葉で一瞬にして凍りつかせてしまった。
おまっ……なんてことを言ってんだ! 朴ロクサーヌも固まってんじゃねーか! 今、「ピシッ」って固まる音がこっちにまで聞こえたし。
「こらこらぼく、女性に対して失礼だよ。それにこの人は美柑ちゃんと同い年、二十代のお姉さんだよ」
司会はまったく動じた様子もなく、ウザにそうにこやかに説明した。それを聞いたウザはよじよじとステージに登り、美柑といまだ顔を強張れらせて凍りついている朴ロクサーヌを交互にじっくり見比べていた。そして、朴ロクサーヌを指差し司会に向かって不服そうにこう言った。
「こんなにケバいのに?」
ウザてめー! なに言ってんだ、オイ! いや、確かにケバいけども! 美柑に比べれば十分ケバいけども! 朴ロクサーヌはもう、今この場では絶対してけない顔でわなわなと震えてるし。
ウザのせいで場内は氷河期並に凍り付いているが、本人はそんなこと気付かず、今度は美柑に抱き付いた。
「ぼくみかんはマシュマロみたいにふわふわで好きー」
「私もウーちゃんちまちましてて好きー」
一番見晴らしがいい所でこの惨状を目の当たりにしているはずの美柑も、やっぱり笑顔でウザを抱き返した。周りの空気などお構いなしに、春の陽気のごとくきゃっきゃしている。そんな二人に、とうとう朴ロクサーヌはブチ切れた。
「誰がケバいや! もういっぺん言うてみぃこのクソガキ! だいたいそんなアホっぽい女なんかより、私の方が知性も品もあるし、べっぴんに決まってるやろ! この、あほぶー!」
そして、その外見からは想像もつかないような言葉使いとキレっぷりに、場内は水を打ったかのごとく静まり返った。もはや知性も品も感じられない。ハッと我に返った朴ロクサーヌは慌てて「……でふわよ」と笑顔で誤魔化してみたが、時すでに遅し、だ。よほど動揺しているのか噛んだし。
「――あ! 思い出した! ぶーちゃんだ!」
そんな重く気まずい空気が漂う中、いきなり美柑が場にそぐわない、明るく軽やかな声をあげた。
「ねーそうでしょ!? ぶーちゃんなんでしょ!? いつこっちに帰って来てたのー? うっわーキレイにになったねぇ!」
そう美柑は嬉しそうに朴ロクサーヌに駆け寄った。突然の美柑の行動に、わけがわからずみんなさらに混乱した。一方朴ロクサーヌは、なぜか今度は全身真っ青で大量の冷や汗を流し、まるで「頼むから何も言うな」と念じるような目で美柑を見つめている。
「あの、みかんちゃん。二人お知り合いなの? ぶーちゃんっていうのは?」
状況変化が入り乱れすぎて迷走している中、司会はまず、みんなが一番気になっているであろうことを勇敢に質問した。
「あ、名前がね、大盛美豚で美しい豚って書いて『美豚』っていうの。だからぶーちゃん!」
おそらく、言われてほしくなかったことはこれだろう。朴ロクサーヌの願いも虚しく、美柑はあっさりしゃべってしまった。
……うわぁ。すげー名前だな。なんだ結構かわいい名前じゃんって思ったら……。そら意地でも隠したがるわ。でも、だからってなんで朴ロクサーヌなんて名前にしたんだろう。人種さえもリセットしたかったのか?
「幼稚園の時はお相撲さんみたいに太ってて、顔もおまんじゅうみたいでね。今はその時の面影が全くないけど、なんかずっと初めて会った気がしなかったんだよね。でも、さっきの「あほぶー」でやっと思い出したの! みんなに「デブター! デブスー!」ってバカにされてた時、よくそう言って走り去ってたよね!」
朴ロクサーヌがショックで本日何度目かのフリーズ中なのをいいことに、今まで謎に包まれていたプライベート、というよりプライバシーを美柑はぺらぺらとしゃべってしまった。久しぶりの旧友との再会でテンションが上がってしまったのだろうが、本人はたまったものではないだろう。
「――なにうちのトップシークレットばらしとんねん!」
それが証拠に、やっと意識を取り戻した朴ロクサーヌ改め美しい豚は、ふるふると震え再度ブチ切れた。
「あんた、うちが必死こいて隠してきた過去を……! 名前なんか墓場まで持っていきたいぐらい隠し通したかったことやったのに……ようもバラしてくれたなぁ!」
そう関西弁で捲くし立てる姿は、最初に見せたエレガントさとはかけ離れ過ぎていて、みんな目を見開きどよめいた。ただ美柑を除いて。
「えー? いいじゃんっ、ぶたさんかわいいじゃん」
「家畜及び食物に、かわいいもクソもあるか!」
「あ、そういえばおじさん元気? まだあの商店街でお肉屋さんやってる? また大盛印の豚コロッケ食べたいなぁ」
「重ねて暴露するなー!」
そしてステージでは、美柑の無邪気で無神経な発言と、さらに暴かれた真実に朴ロクサーヌが噛みついていた。
「あんにはわからんよ。当時から先生やみんなからもかわいがられて、名前もかわいいって言われて……。私なんか、先生には「今日一番安い肉」の値段をきくためと、みんなからはままごとで「ペットのぶた」役で呼ばれるぐらいしか、かまってもらえんかったんやからなぁ!」
ついには本人自ら暴露しだしたよ。それにしても、なかなか壮絶な過去だな……。
「だから決心したんや。痩せてキレイになるって! そんで、当時からちやほやされまくってた、お姫様ごっこでいつも姫役のあんたのペット役をしていた、あの屈辱をいつか晴らしたるってなぁ!」
てことは、最初から朴ロクサーヌは美柑のこと知ってたわけね。そう言えば、あの時トイレでそう取れなくもないことを言ってたような……。
あ、みなさん、誤解しないでくれ。決して美柑はいじめに加担していたのではなく、単に何もわかってなかっただけだと思います。
「それなのに、もう終ったわ……。こんな大勢の場で知られて。おまけにあんな切れっぷり……」
度重なるショックの連続にとうとう耐え切れなくなったのか、さめざめ泣き出した朴ロクサーヌ。なんか、かわいそうになってきたな……。まわりも俺と同じ気持ちなのか、朴ロクサーヌに向ける視線が少し憐みやら同情を含むものに変わっている。そんな朴ロクサーヌの肩を美柑はポンっ、と置いて励ました。
「いいじゃない。一生懸命キレイになるため努力したんでしょ? ぶーちゃん素敵だよ!」
「あんた……」
「もう冴えないデブスだった頃の過去なんてクソ食らえだよ!」
ひ、一言余計! せっかくいいこと言ったのに台無しだ! 朴ロクサーヌも開きかけた心を閉ざしたみたいで、またピシッと固まってしまった。やっぱり美柑だね。
「ところで、ウーちゃん一人で来たの?」
「ううん! ひろと来たよーっ。あそこー」
ウザが俺の方を指差すと、「あ、ほんとだー」と美柑が手を振ってくれた。ずっと目の前にいたのに気づいてもらえなかっただなんて……。手を振り返しながら悲しい気持ちになった。
「あー、そうそうぶーちゃん! あれ私の彼氏なの」
「え!?」
そう美柑がついで丸出しで紹介すると、朴ロクサーヌは驚愕の表情で俺と美柑を交互に見た。そして、非常に残念そうな表情を浮かべた。
「もっと他にいたでしょう」
うっさいわーーーー!
俺最近こんなんばっかか! 「なんでよりにもよって」とでも言いたそうな顔しやがって! 前言撤回だ! このメス豚め!
「そうだ! よくぞ言ったぁ!」
「返せ! 俺らのプリティハニーを!」
そしてここぞとばかりに周りの美柑ファン一同が便乗し、一斉に言葉の暴力を俺に浴びせてきた。司会もマイク越しに大声で「ばーかばーか!」と、小学生レベルの悪口を言ってる。そして案の定、俺のすぐ横で「死ーねっ! 死ーっね!」とリピートしまくる先輩。
死ねはダメだろ! 死ねは! 残酷なことをリズミカルに言いやがって! ジュリー……。
「でも私、ひーちゃん大好きだよ」
さすがに心が折れそうになったそんな時、思わぬ天使の一言に俺に心無い言葉を投げつけていた奴らみんなが一瞬にして石化した。
「ねーっ、ウーちゃんも大好きだよねー」
「うん! ぼくもひろ大好きっ」
やはりむちゃくちゃノリが軽くいまいち信ぴょう性に欠けるが、初めて大勢の前で「好きだと」言ってくれたこと、しかも「大」まで付けて言ってくれたこと(ここが重要だ)に、石化のまま涙を流す野郎どもの中で俺はこの上ない幸福感と優越感でいっぱいで、歓喜の涙を流した。
「あーもう、やってられないわ!」
しばしその光景を唖然と立ち尽くして見ていた朴ロクサーヌだったが、馬鹿馬鹿しい! と、なんとも力強い溜息を吐き捨てた。
「ずっと目標にしていたライバルが、こんなしょーもない凡人に心奪われているそのしょーもなさに免じて今日のところは見逃してやるけど、次こそは叩きのめしてやるわ! 覚えてらっしゃい!」
そう強気に負け犬発言をして立ち去る朴ロクサーヌに、「ばいばーいっまた会ってお話しようねー!」と美柑はのん気に手を振った。
おい、だれがしょーもない凡人だ。おまえこそ覚えてろ。
「え、えー……と。というわけで、おめでとうございます! 今年もミスキャンパスは楠美柑ちゃーん!」
そう司会が声を張り上げると、石化が解けた野郎どもは思い出したかのように雄叫びを発し拍手喝采で祝福した。こうして、美柑は見事みんなの願いどおり、史上初のV3という快挙を成し遂げたのだった。もちろん俺も喜んだが、結局俺は振り回されて終わったっていうわけかい! もー疲れたよ、俺。
神様、僕いい子にするので、どうか今後一切、隣で涙と鼻水を垂れ流して喜んでいる、暑苦しい先輩に巻き込まれないようお守りください。
そして後日、美柑が朴ロクサーヌが出ているという雑誌を見つけて来た。そこには、雑誌の看板キャラクター『かっぱたぬきのぽんぬ』の着ぐるみで顔まですっぽり覆い、様々な陽気なポーズをとっている朴ロクサーヌがいた。
彼女の黒歴史はまだまだ続いているらしい。
《第六話 終》
【次回】
紅葉観に行こうよう