第四話
いつの時代も子供というものは正義のヒーローに憧れるもの。
今日はそんなお話。
【前回のキーワード】
皿うどん
どうもおはようございます。田所博吉です。暑いですねー。夏ですねー。それにしても暑いですねー。
ところでみなさん、俺は先日夏休みに入ったのですが、ご予定はございますでしょうか? 海ではしゃいだりハイキングで汗を流すのもいいですが、やっぱりクーラーが効いた涼しい部屋で昼までお寝んねが一番っしょ! つーわけで、俺は今日も堕落しやっす。
『正義の味方! セガーマン!』
「わーい! セガーマーン!」
……あぁ、忘れてた。今日はそれが出来ないんだった。
引き続き惰眠を貪ろうとしたその時、部屋にコテコテのアニメソングが流れ出し、むく……っと俺は上体を起こした。そして瞼重たさゆえ自然に半目になってる両目で、大音量のテレビの前で盛り上がるウザを恨めしげに見つめた。
最近、ウザは毎週月曜朝七時に放送されている特撮アニメ、『正義の味方セガーマン!』に大ハマりだ。俺はとっくの昔に、そういうものではしゃぐお年頃は過ぎたゆえ興味もないから詳しくは知らないが、ウザ曰わく「とにかく正義の味方で、よくわかんないけど強い!」らしい。そんなぼんやりとした印象しかない奴が正義のヒーローやってて大丈夫なのか?
そして、毎度のことながら人がまだ寝てるというのに、ウザはずっとセガーマンの動きやポーズをマネして飛んだり跳ねたり叫んだりと、やりたい放題だ。そんなウザに対して、当然ながら俺は腹を立てている。
うるせぇよ! アニメの音よりおまえの声と物音がうるせぇ! もっと静かに観れねぇのか! 俺昨日バイト終わって帰って来たの夜中の十一時だぞ! 寝かせろ!
なんとか耳を死ぬほど塞いで抗ってはみたものの、それでもうるさいウザの騒ぎ声と一生懸命眠ろうと集中するあまり、結局エンディングが流れる頃にはすっかり目が覚めてしまった。もちろん、これも毎度のことだ。くっそー、寝たかった……。
「ねー! ひろ! 今日ここ行こう!」
さんざん近所迷惑も構わず騒いで満足したウザは俺が起きたのに気付くと、一枚のビラを目の前にズイッと差し出した。それはスーパーまんとの広告チラシだった。一応この地域ではなかなかの大手スーパーマーケットだ。ちなみに、マントは売っていない。
「今日のお昼に屋上でセガーマンのヒーローショーがあるんだー。あと、忘れてた! おはよう! 愛してるよっ」
言う通り、なるほど。確かに書いてあるね。でかでかとど真ん中に。というより、チラシの半分以上占めてねーか? 『明日から三日間お買い得!』の文字が異常に小さいのだが。それと、とてつもなくどーでもいいのだが、普通、愛する者への朝のあいさつを忘れるか? おまえの自由さは相変わらず宇宙規模だ。
「なんでせっかくの休日をそんなもんに費やさなきゃいけねーんだよ。まっぴらごめんだね!」
もちろん、俺はそんな誘いに乗ることなく断った。そりゃそうだ。安眠を妨害されただけでも腹が立つのに、「殺す気か!?」と太陽に食ってかかりたくなるようなクソ暑い中、なぜそんな子供だましなくだらねぇ茶番劇を観に行かなきゃいけないのか。第一、たいてい奴ら中身はただの中年のおっさんだぞ!? おまえはそんな汗臭ぇ学芸会を観にわざわざお外に出るのか? どうかしてるぜ!
「あ! 今回は特別に実際演じている人が来てくれるんだって!」
と、再度誘いかけるウザ。だからなんだ? だとしても行かねーよ! そもそも、確かアイツずっとマスク付けたまんまだから結局誰かもわかんねぇだろ!
やっぱり誘いに乗ることはせず、「あーそう。どーーーでもいいわっ」と吐き捨て、俺は寝なおすためにタオルケットを頭までかぶった。しかし、それで簡単に引き下がるウザではない。案の定、俺の上にぼふんっと乗っかってごねだした。
「ちょっとひろー! 寝てないで行こうよー!」
「なんで俺も行かなきゃならねーんだよ! おまえのせいで眠れなかったんだ! 寝かせろ! つーか、降りろ。重い!」
「ねーねー! 行こうよ! 絶対楽しいからー!」
「ゆすんな! 楽しいのはおまえだけだろ! そんなに行きてーなら一人で行ってこい!」
「一人じゃないもん! みかんも行くって言ってたもん!」
「楽しみだねー、私ヒーローショーなんて初めてー」
「ねー!」
昼過ぎ。俺らはスーパーの屋上にいた。なんとあのチラシは美柑が昨日うちに来た時にウザに渡したもので、「一緒に行こうね」と約束してたらしい。なんか、俺が知らない間に随分仲良くなってるじゃない? この間だって俺がバイトで汗流している間、二人でプール行ってたし。くそーっ、俺より先に美柑の水着姿拝みやがって……許すまじ! ちなみに、その時着てた水着は、白地にピンクと黄色のドットと花柄が散りばめられたフリフリのビキニで、プールに浸かったらおっぱいが浮いてびっくりしたって。なんだそれ。見たかった。
それにしてもよかった。屋上は屋上でも屋根と壁のある特設ステージで。しかもクーラー効いてるし、なかなか快適だ。そういえば昔、母さんと一緒に行ったヒーローショーは屋外で、これまた夏ですっごい汗だくになったんだっけ。そんで、ショーが始まって間もなく、暑さでイライラした母さんが「何ちんたらやってんだ! さっさと決着つけんかい!」って、ステージに飛び入りして敵役もヒーローも司会も見事秒殺し場を騒然とさせたという伝説を作った。幼心ながら「何があっても、この人には絶対逆らわないでおこう」と、強く心に誓ったものだ。当時のことを思い出し体に悪寒が走ったが、冷房が効きすぎているんだということにしておいた。
気づけばショー開始五分前。だいぶ騒がしくなってきて周りを見ると、場内はあのチラシのおかげか、たくさんの子連れのお母様方でいっぱいだった。そして何人か手にはこの店の商品が入ったビニール袋やらを持っていたから、ある意味客寄せみたいになってよかったのかもしれない。ていうか、みんな園児ばっかでウザぐらいの年齢の子が一人もいねぇな。精神年齢はさして変わらんが。とにかく、これが終わったら夕飯の材料買ってとっとと帰ろう! そして寝るんだ! そう改めて決心し、楽しそうにおしゃべりをしている美柑とウザに時々俺も口を挿みスルーされながら、俺らはショーが始まるのを待った。
『ジャジャーーン』
しばらくして、ベタな効果音が鳴り、開演開始のアナウンスが流れた。それを聞くや否や待ってました! とはしゃいで喜ぶウザと子供たち。たくさんの拍手と歓声の中、すぐに一人の役者がステージに現れた。
「ふははははっ! 今日こそこの世界を我がものにしてくれるわー! ふはははは! ははっ!」
現れたのは、まるでダースベイダーのような見ているだけで暑苦しい黒装束に身を包んだ、いかにも「俺が悪役だー!」オーラたっぷりの悪役だった。そいつは後ろに控えているらしい部下に「やってしまえ!」と命令し、町かどこかを破壊しているようだった。「らしい」「ようだった」と言うのは、何もないステージにそいつしかいないからだ。せめてもの臨場感出すために音声だけでも流せよ。なんか、会社の慰安旅行で羽目を外す社長の宴会芸でもみている気分だ。完成度はすこぶる高いが。
「待てーーーぃッ!」
「む、この声は……!」
悪役がステージで好き勝手すること数分、このアニメの主役、セガーマンがやっと登場した。相変わらず、「セ」の字のマーク入りの口元だけ開いたダサいマスクを着用し、○○レンジャーみたいな格好をしている。そんなセガーマンの登場に、いよいよ子供たちもウザも大盛り上がりだ。
「現れたな、セガーマン! 邪魔な奴め!」
「おまえの悪事もここまでだ! 覚悟しろ! シロツメクサのぱぷ様!」
……は!? なに、アイツそういう名前なの!? なんだそのカオス過ぎる名前! そういえば、敵役の名前って聞いたことなかった。だっていつも耳塞ぐし、ウザはセガーマンしか連呼しないから。ていうか、悪役なのに様付けかよ!? 敵相手に随分丁寧だな! そもそもどこまでが名前なんだ!?
そのあまりの予想外過ぎる敵の名前に驚愕していたのは俺だけで、自分の子供から何度か聞いて免疫がついたのであろう他のお母様方達は、名前が出た瞬間微妙そうに苦笑していた。
「覚悟するのはおまえの方だセガーマン! 今日こそがおまえの命日だ!」
「俺は死なない! いや、まだ死にたくない!」
「死にたくないのはみんな一緒だ、セガーマン! 死んでしまえ!」
「嫌だ! 明日はやっと口説き落としたルミ子ちゃんとデートなのだ! 見逃してくれ!」
そうセガーマンは必死になって懇願した。
……おかしいって! いや、おかしいって! 目の前で繰り広げられている、ヒーローアニメにあるまじきやり取りに俺は言葉を失った。「見逃してくれ」って、あんたこいつ倒しに自ら出てきたんじゃねーのかよ! 手を合わせるな! へこへこするな! てゆーか、ルミ子ちゃんってだれだよ! ガキ向けのアニメに大人の事情を挟むな!
「そんなもん知らん! それよりも、三日前合コンで知り合った麗華ちゃんとはどーなったんだ?」
「うっ……! そこは、触れてはいけないデリケートゾーン!」
「どーなったんだ」
「……麗華ちゃんとは、あのあとすぐに酒の勢いでそのままホテルへ」
「ぱぷ様キーーーック!」
「へぶぅっ!」
言い終わらぬうちにセガーマンは蹴り飛ばされ、普通に吹っ飛んでいった。
えぇー!? 弱っ! 正義のヒーローなのに弱っ! 大した力で蹴られていないのに、すっげー吹っ飛んだし! そんで、まさかの「ぱぷ様」までが名前なのね。
「ひ、卑怯だぞ! 人の弱みに付け込み傷を抉り、さらに不意打ちとは……!」
「これが俺様の必殺技! 『セガーマンいじめvol.35』だぁー! ぐわっはっはっはっはっはっはー!」
「くっくそぅっ! 麗華ちゃん……!」
つーことは三十五回、こいつをこの技でいじめたってことだな。もうあいつヒーローやめてしまえよ。
「さぁ、答えろセガーマン! 今回はどうやってフラれたんだ?」
「まだフラれたとは言ってないじゃないか!」
「どうやってフラれたんだ」
「くっ……! ホテルへ連れこうもうとしたらボコボコに殴られて「変態!」って言われました」
「そうか、ざまぁないな!」
「がーーーーん!」
今のところ最初から敵が優勢だが、セガーマン、おまえもっと頑張れよ! つーか早くお前ら戦えよ! 劣勢になるならせめて戦ってなれよ! なに悪口と暴露で押されてんだ! うちの母さんが見たらおまえらぶっ飛ばされてるぞ!
こちらからしたら激しくしょーもないが、本人にはかなりの大ダメージだったらしく、とうとうセガーマンは泣き崩れてしまった。もうおまえヒーローやめろって。向いてねーよ。
「うわーーーん! 乗り気だった癖にぃー! せっかく「今日はヤレる!」と思ったのにーーーぃ! ××も○○も※※も出来ると思ったのにーーーぃ!」
うおおぉい! なに言ってやがるんだこいつ! 今は昼間だ! それ以前に、ガキの目の前だ! 慎め! 健全なヒーローアニメに大人の事情挟むなっつってんだろ! ほら見ろ! 「ねーねーままー。やれるってなにがー?」って、聞きだす子ぞくぞくと出てきてんじゃねーか! この問題発言に、子供の耳を真顔で塞ぐお母様もちらほらいるし。正義の味方なら、全国の頑張るお母様方の小さな安全も守ってやれ!
「ねー、※※って何ー?」
「あー、ウーちゃん、それはねぇ」
「美柑、教えなくていい」
こちらはこちらで普通に教えようとしたので、即座に止めた。
「さーてと! 精神的ダメージも与えたところで、そろそろ本番と行くかー」
さんざんねちねちいじめて満足したのか、ぱぷ様名乗る悪役はまさに悪役らしくニタァ……と不敵に笑った。その笑みに場内はだんだん静けさを取り戻した。さっきから思っていたが、無駄に演技のうまい人だ。みんなこの絶体絶命の危機に固唾を飲んで見守っている。
「××と○○なら、ひろがこの間観てたDVDで知ってるけど」
最悪だーーー! おまえなんてタイミングで、なんてことを公衆の面前で暴露してくれてんだ! せめてさっきざわついてた時に言え! 静まり返った時に、しかもでけー声で言ってんじゃねーよ! すっげぇ響いたわ! 客席のど真ん中にいるおかげで四方八方から大注目を浴びてしまい、俺はあまりの気まずさで小さくなった。うぅ……お母様方の視線が痛い……。子供になんてものを観せてんのよ、って心の声が聴こえるようだ。てか、むっちゃヒソヒソされてる。違うんです、お母様方。一応こっそり観てんのに、こいつが勝手にポテチ片手に観に来るんです。あぁ、なんで俺らど真ん中に座ってんだろ。ウザがさっさと座ったからなんだけど。
「ぱぷ様パーンチ!」
「きゃうんっ!」
「ぱぷ様チョーップ!」
「きゃんっ!」
「ぱぷ様の悪口! 短足」
「ぐっさーーーっ!」
まぁ、そんな客席事情なんか構わず、ステージ上では尚も一方的な攻撃が続いていた。本当に精神的に弱っているのか、やられる時の声がまるで子犬の鳴き声だ。そんな押されまくりのセガーマンに子供たちは、「がんばれセガーマン!」「まけんなー!」と檄を飛ばし懸命に応援している。そろそろ本気で聞きたいんだが、君らあれの何に憧れてんの? ウザも隣で「早くアレ! えーと、アレだ! アレを出すんだ!」と、一緒になって応援していた。おまえ、あんなけ観まくってるんだから必殺技ぐらい覚えてやれよ。
「くっそー、こうなったら……」
いままでやられっぱなしで、最初から「戦う気あるのか?」と疑うほど士気のなかった正義の味方がやっと立ち上がった。そして駆け足で椅子に上がり、そこから飛び下りながらこう叫んだ。
「くらえ! セガーウッキージャーーンプ!」
おい、おまえ、いい加減にしろ!
普通そこはビームだとか、たいてい体張った大技使うだろ! なんだよ「セガーウッキージャンプ!」って。ただ今いるところから飛び下りただけじゃねーか! なんのためにあそこに椅子が置いているのかと思っていたら、そのためかよ! どこまで子供をおちょくったら気が済むんだ! 技名の意味もわけわからんし、そもそも全くサル関係ねぇし! そんなくだらないもんで敵が倒れるわけ
「ぐわぁぁぁぁーー!」
倒れたーーーーーぁ!!
うそだろ!? いいのかそれで、ぱぷ様!
このまさかの大逆転に仰天したが、セオリー通り正義が無事勝って子供たちとウザは大喜び。そして、こちらとしてはなぜかわからぬまま勝利したセガーマンは、ぐったりと倒れている敵に向かってこう声高らかに宣言した。
「リオナちゃんの○×を拝める日まで、俺は勝ち続ける!」
最低だ。こいつ最低だ! 最初から最後まで、やることなすこと最低だわこいつ! なにが正義のヒーローだよ! 自称ヒーローを名乗る女たらしの変態なんじゃねーのか!? つーか、リオナちゃんって誰だよ! ルミ子ちゃんはどうした!? やっと口説き落としたんじゃないんかい!
この謎の勝利とヒーローの締めの台詞にあんぐりとしている俺とは対照的に、「わぁーセガーマーン!」「すげー、かっこいいー!」「やってくれるってしんじてたぜ!」と子供たちはみな興奮して大歓声を上げていた。
今日初めてちゃんとこのアニメの全貌を目の当たりにしたが、改めて、こんなものを朝っぱらから堂々と流している民放テレビ局の神経を疑う。今セガーマンをかっこいいと言っているガキどもは、十年後まったく同じことを言っていられるのだろうか? ていうか、俺が昔憧れてたヒーローってあんなんだっけ? これがジェネレーションギャップか。
たいした仕事もしていないくせに、まだ得意気にステージで拍手を浴びているそいつを前に、やっぱり家でおとなしく眠っていればよかった、と俺は後悔した。
――後日
「ひろー! 今日ここ行こう! 『セガーマン時々シロツメクサのぱぷ様 握手会』!」
「一人で行け」
《第4話 終》
【次回】
クーラー壊れてくーらくら