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猫の恩返し(仮)  作者: 陽子
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第一話

以前こちらで連載していた小説です。

タイトルを内容にもっと近づけ、本文も少し添削して再出発。あまり変わってませんが……。


また間あくこともあるかもしれませんが、よろしくお願いします。



では、

お楽しみください。

「 おまえ、捨てられたんか?」



「ごめんな、うちペット禁止なんだよ。これやるよ。じゃーな」



この時

ほっとけばよかった、と

死ぬほど後悔した……――









猫の恩返し(仮)










「ひっろ~ぉ! ごはんにする? おふろにする? それとも……ぼ・く・に・す・る?」

「てゆーか、誰だよ!?」

 そう、この時はまだ俺は知らなかった。この出会いが俺の人生を狂わすことになるとは――。と、言っても、これだけでは一体何が起きたのかお分かり頂けないだろう。

 遡ること五分前――


「……ろ……ひろぉ」

 それは清々しい朝のこと。春の暖かな陽気も手伝って気持ちよく眠っていた俺を、アラームよりも先に誰かがしつこく呼びかける声が聞こえ、あまりのうるささに俺の意識は段々と浮上していった。

 なんだよ母さん。せっかくいい夢見てたのに。今日は授業昼からなんだからもう少し寝かせ……あれ? 俺、一人暮らしだよな? てことは、ここには俺しかいないわけで。

「あさだよーおきてよー」

 ――じゃあ、誰だよ!? 今俺を呼んでいる奴!

 明らかにいつもと違う事態に、俺はまた戻りそうになった夢の入り口からすぐ引き返して飛び起きた。

「あ! やぁっとおきたぁ」

 そして起きて早々、驚き固まった。目の前に男の子がいた。年は十歳ぐらいだろうか? ぱっちりした大きな目が印象的な子供が、俺の上に乗っかって嬉しそうに顔を覗き込んでいた。

「う、うおぉっ!?」

 ……え、なに? これ。誰、こいつ。

「もぅ、ずーぅっとよんでるのにぜんぜんおきなくてしんぱいしちゃったんだから! ぷんぷん!」

 一瞬遅れて驚き仰け反った俺に、そう頬を膨らませて怒る目の前のガキ。バクバク鳴る心臓に手を当て、俺はこれでもかってぐらい目を見開き、瞬きゼロでそいつを凝視した。

 ……俺はひょっとしてまだ夢の中にいるのか?

 念のため辺りを見回したが、何も変わらない昨日ぶりの俺の部屋だったし、上に乗っかっているこいつの重みも夢にしては何かリアルだ。寝起きだが、おかげさまでしっかり覚めた頭でなんとか心を落ち着かせながら、昨日家に帰ってからのことを振り返ったが、しっかり鍵をかけて寝たよな俺。セキュリティなんてそんなハイテクノロジーハイセンスな気遣い皆無の、安さと日当たりだけが売りのマンションだが、ガキ一匹不法侵入してくるほど治安は悪くなかったはず。本当にどうやって入ってきた? そしてこいつは一体何者なんだ?

 考えれば考えるほど混乱してきて頭が痛くなってきた俺を余所に、勝手に入って勝手に怒ったそいつはルンルンっと勝手にキッチンに入っていき、勝手に俺のエプロンをして戻ってきた。

「ひっろ~ぉ! ごはんにする? おふろにする? それとも……ぼ・く・に・す・る?」

「てゆーか、誰だよ!?」

 そして今に至る。

 おっと、申し遅れた。俺の名前は田所博吉。一人暮らしの大学三年生。みんなには“ぴろきち”とか、ひらがなで“ひろきち”とか普通に“博吉”と呼ばれてる。たまに、受け狙いなのかマジなのか、“ピロシキ”と呼んでくる奴もいる。どちらにしても失礼だ。そもそも俺はカレーパン派だ。で、早速俺の許可なしに「ひろ」と呼ぶこのガキは、なぜかとても心外だとでも言いたげな顔で目を丸くしていた。そんな態度を取られることにこちらこそ心外だ。

「えぇ~!? ひろったらわすれちゃったのぉ? きのうあんなにやさしくしてくれたのにぃ~!」

 非常に残念そうに言ったその言葉に、また俺の頭にハテナが増えた。

 なに? 俺こいつに何かしたか?

 まったく身に覚えもないうえに、今がまさに初対面なはず。頭を何度ひねっても答えは同じだった。

「は……一体なんのこと言ってんだ?」

「えぇぇー? なんでなんで!? なんでおぼえてないのぉー!? あめでずぶねれのぼくにかささしてくれたじゃあん!」

 雨? かさ……――え、まさか……。

 もう一度昨日の出来後を思い返し、俺はようやく一つの記憶に辿り着いた。

「おまえっ……まさか、あのときの猫!?」

 いや、でも、そんなまさか……。そう疑ってはみても、それしか考えられず、恐る恐る目の前のガキを指さすと、「やっと思い出してくれた!」と満面の笑みで肯定した。

 ……マジかよ。

 もう一度その時のことを思い返し、俺はいよいよ信じられない気持ちになった。確かに昨日授業が終わる頃、雨が降り出した。それに焦ることもなく、予報を観ていた俺はちゃんと持ってきた傘をさして大学を出た。その帰り道、段ボール箱に捨てられた薄汚ねぇ茶色の毛の子猫に出会ったのだ。今どきなんて古典的な。そう、ぼんやり思いつつ、ずぶ濡れになっているこいつが可哀そうにも思った。でも俺が住んでるマンションはペット禁止なうえに、大家さんが猫を毛嫌いしていることもあって連れて帰ることもできず、かと言って、見つけてしまった手前、このまま何もせず帰るのも気が引ける。ので、お情けで傘をさしてやった。まぁ、折りたたみ持ってたゆえの余裕だ。で、その猫が今、目の前にいるこのガキだって……?

「いや、いやいやいやいや! おかしいおかしい! 絶対おかしい! つーか、あり得ない! 一晩で猫が人間になるだなんて! なんでそんなことが起こるんだよ!」

 そう、あり得るはずがない。近年コンピュータ化が進むバリバリに近代的なこのご時世に、そんなファンタジックなことあり得ないのだから! 混乱する俺に自称昨日の猫はやれやれと肩をすくめた。

「もうっひろったら……そんなのきまってるじゃん。かみさまがくれた、こいのイ・タ・ズ・ラ、さ!」

 そう奴はポーズ付きでウィンクをかました。その瞬間俺の体を襲ったもの、そう、嫌悪感。

「ぼくね、すごくうれしかったんだよ。にんげんにあんなにやさしくされたのはじめてだし」

 おい、何勝手に話を進めてるんだクソガキ。うっとりするな。

「だから、おんがえしがしたいなーっておもって、あのあとコッソリあとつけて、コッソリいえのなかにはいって、じーーっとひろのねがおをみてたの。おはなししたいなー、さわりたいなー、むしろさわられたいなー、いや、やっぱりさわりたいなーっていっぱいいっぱいおもったの。そしたらね……にんげんになってたのー!」

 頭の上でパンパカパーンッとファンファーレを鳴らし事の成り行きを雑に説明してくれたが、内容を聞いてもやっぱり俺は信じられなかった。

 とりあえず、百歩譲ってこいつが本当に何らかの不思議現象で人間になったとしても、だ。それを、「わぁ、そうなんだ。すごいね!」と一緒に感動できるほど純真無垢な子供でもなければ、平然と受け入れられるほど大人でもない。どうしよう、実は妄想癖の激しいガキだったら……。いや、でも俺が猫に傘やったこと知ってるってことは、そうなのか? ていうか、どっちにしたって悪質なストーカー行為じゃねーか! そう思った瞬間、急にゾッと鳥肌が立った。

「にんげんになってたのー! じゃ、ねーよ! 勝手に人ん家に入って何言ってやがんだ、気色悪い! 恩返しなんていらん! とっとと出てけ!」

 得体の知れないガキを前に、俺は力いっぱいベッドの上から叫んだ。俺が今できる精一杯はこれぐらいだ。なんて情けない。

「イ・ヤ」

 そんな俺の最大限且つ低レベルな頑張りは、たった二文字で簡単に踏みにじられてしまった。

 くそっ、なんて強情な猫なんだ!

「だってさ、ひろもさ、ひとりでくらしてたらさ、『ねこでいねをかりたい』っておもうことあるでしょ?」

「猫の手も借りたいのことか?」

「だからね、ぼくがいろいろとおてつだいしてあげるの!」

 なんとも押しつけがましい親切を笑顔で押し付けるもんだ。そもそも借りたいほど困ってるわけでもないので、普通に「いらん」と返した。だいたい、こんなガキに何が出来るというのか。むしろさらに用事が増えそうだ。恩返しだという割にはえらく上からだしな。

「えー? そんなこといわずにぃ。なんでもするよ? ひろのためならなんでもしたいの!」

「だが、いらん」

「おうちのおてつだいだっておしえてくれたらできるよ」

「だからいらんっつーの」

「もちろん、よるのおてつだいもしてあげるよ!」

「いらん! 断じていらん!」

 ――全国の腐女子の皆さま、申し訳ございません。俺は女の子が大好きです! ちゃんとうっふんな本もあればあっはんなDVDもあります! たーんとございます! 完全健全ノーマル以外の何者でもございません!

「えー、いいじゃぁん。ここにおいてよー。なんでもするからさぁー」

 ガキと思えぬ下衆な発言をかましたそいつは、今度は「おねがぁい」と猫撫で声で懇願してきた。それはなんだ? 色仕掛けのつもりか? 俺はホモでもなければロリコンでもないから効かんぞ。寒気しか伝わらん。そして、さっきの発言でもだがはっきりわかったことが一つ増えた。

 こいつは俺に惚れている――。

 非常に迷惑だ。勝手に家に侵入して人間になっただけでも迷惑なのに。別に他人の性癖にどうこう言うつもりはないが、その対象が俺に向けられたのであれば話は別だ。だいたい、たかだか傘さしてやっただけで惚れてんじゃねーよ! 何が恩返しだ! なんでもいいから俺の家に住みついて、居座る理由が欲しいだけだろ! 都合のいいこと言いやがって! 人の良心を何だと思ってんだ! 俺は蔑みの意を込めてそいつをギッと睨みつけた。……なんでそんなに嬉しそうなんだよ。「きゃっ、ひろがこっち見てくれた!」じゃねぇよ。空気もだが表情も読めねーのか。その目は何のために付いている。

 だんだんまともに相手するのが馬鹿馬鹿しくなってきた俺は、諦めて盛大に溜息を吐き出した。

「まぁ、しゃーねぇか。捨てられて宛てねぇんだもんなぁ……」

 まったく、親切にした動物が後日人間になって目の前に現れるって、なんて使い古されたベタな展開だ。理不尽極まりないが、ここは仕方ない。多少どころか、かなり身の危険を感じるが所詮はガキだ。大人の力で一発殴れば済む。まぁ、傘をやった縁として迎え入れてやるとするか。俺も今年で二十一歳の男。大人にならねば! そう、思い直し、再度そのガキに視線を戻した。

 ――ん? どうしたんだ? こいつ。なに固まってんだ?

 先ほどと打って変わり大人しくなったそいつを不思議に思い窺っていると、今度は頭を抱え叫び出した。

「うぉーーー! しまったぁー! こんなことならすてられたふりをしとくんだったーーー!」

「おまえ捨てられたんじゃねぇのかよ!」

「は! バレた!?」

「お前のドジのおかげでな!」

 ちょっと待て! いよいよおかしな展開になってきたぞ!

 突然がくっと膝から崩れたこいつの爆弾発言に、やっと落ち着いてきた頭がまた混乱しだした。

 捨てられてないって、捨てられてないって……。

「じゃぁ、なんでダンボール箱にいたんだよ!」

 それは俺の勝手な先入観だと言われたらそれまでだが、段ボールに動物って捨てられた動物の鉄板だろ!? だれだってそう思うはずだ! しかし、奴はきょとんとした表情でこうほざき出した。

「え? すごーぉくフツーだよ? おうちからおさんぽしていたら、あそこにダンボールおいてあったから、そこにはいってあそんでたの。で、つかれてねちゃって、なんかつめたいなーっておもっておきたらあめがザーってふっきて、あちゃ~ってなったんだけど、かえるのめんどくさくって、でもじっとしてたらおなかすいちゃって、おなかすいたな~でもうごきたくないよ~って、ゴロゴロしていたら、ひろがやってきたのー!」

 まるで幼児の絵日記のような説明だったが、その内容に俺は開いた口が塞がらなかった。

 つまり、アレか? 俺はこのズボラなアホ猫にうっかり親切にしちまったっていうのか? そして、うっかり惚れられちゃったってわけですか? ベタと見せかけてとんでもない変化球が投げ込まれたよ。

「だったら尚更帰れ! ペットはおとなしくとっとと飼い主の家へ帰れ!」

 捨てられたのならかわいそうだと思ったが、そういうことなら話は別だ。おまえにかける情けなどない!

「えー! なんでなんで!? さっきいいっていったじゃん!」

「んなもん前言撤回だバカヤロウ! 直ちに帰れ!」

「えぇーー!? ヤダヤダヤダ! ひろといっしょにいるのー!」

「うるさい黙れ! そして帰れ!」

 冗談じゃない! いくら子供だとしても、なぜにゆえ俺がこんな得体の知れない男とひとつ屋根の下で暮らさなきゃなんねーだ! 子供だからってなんでも許されると思うなよ。

 しばらく「帰れ!」「やだ!」の攻防が続いたが話は平行線のまま、気付けば学校に行く時間になっていた。しまった、昼飯も食っていない。

 とりあえず話を一時中断して、「絶対出ていってもらうからな」と念を押して着替え、ようとしたが、ねっとりとした視線を感じ、すぐさま奴の目元を布で覆い隠した。「ひろのなまきがええぇ~」と、実に残念そうな声がシクシクと後ろから聞こえたが、完全無視だ。外せないよう腕もしっかり縛り上げたから大丈夫だろう。はぁ、本当になんて日だろう。朝から疲れたわ。あと、さっきから実は思っていたけど、なんでこいつ俺の名前知ってんだ? めんどくさいからもう何もつっこまないけど。「愛の力だ」とかほざきそうだし。

「あ、でもおとだけっていがいといいねっ。ぐふっ」

 その発言に、一刻も早くこいつを追い出さねば、とますます真剣に思った。

「あ、そうだひろ! ぼくになまえつけてよ!」

 着替えも無事済み、拘束を解いてやった途端、まためんどくさいことを提案しだしたそいつに俺はうんざりした。

「飼ってるやつがいるならもう名前あるだろ」

「えー、でもぼくひろにつけてもらいたい」

 いや、意味がわからない。なんで俺がおまえのそんなわがままに付き合わされなきゃなんねぇんだ。俺は無視して支度を再開した。しかし奴は、「つけてよーつけてよー。ねーねーねーってばぁ!」ぎゃんぎゃん鳴きながら俺の背中をぺしぺし叩き続けた。

 あー……もう、痛ぇし、うっせぇなあ!

「わかった! じゃあウザ! ウザいのウザ! はい決定!」

「うわーい! やったぁー! ありがとー! ナイスネーミングー」

 その明らかな悪意の籠った、且つ適当過ぎる名前に、バカ猫――命名ウザはなぜか飛び跳ねて喜んだ。

 あ、こいつウザいの意味知らねーわ。

 とにかく、授業終わったらこいつの飼い主探し出してこいつを帰そう。俺の平穏と安全をこんな奴にかき乱されてたまるかってんだ!

「ひろー、ぼくおなかすいたよーひろー」

 またもやうるさく鳴き出したウザの口に、俺はタオルを突っ込んで黙らせて家を出た。




 授業が終り、俺はカラオケに誘う友人を振り切ってダッシュで家に帰った。歌いたかったぜ、さだまさし。そして玄関を開けてすぐ「ひろおかえりー!」と、抱きつこうと飛びかかってきたウザを華麗にかわし、首根っこ掴んで連れ出した。

「で、おまえのうちどこ?」

 とりあえず、こいつと出会った場所に来てみた。元凶でもある段ボールがまだあったおかげでいい目印になった。「おまえさえそこいなければ……!」と、無機物相手に異常に腹が立ったが。とにかく、ここから辿っていく方がこいつもわかりやすいだろう。スタートを目指すのならゴールからだ! うん、俺ってば冴えてる。

 しかし、当の本人は、「え、えー……とぉ~~……」と、目をあちこちうろうろさせていた。それは時間が経つにつれ忙しないものになっていった。

 ……まさか。

「忘れたとか?」

「……え、えへ」

 俺の問いかけに、ウザは少しの間の後、テヘと舌を出して笑った。そのふざけた答えと反応に、俺の大切な糸がブチィッと派手な音を立てて千切れた。

「えへ、じゃねーよ! さてはおまえ、忘れたふりしてるんじゃねーだろうなぁ!?」

「そんな、ごかいだよぉ。ほんとうにわすれちゃったんだってぇ~」

「昨日のことだろ! なんとか思い出せ!」

「そんなむちゃな……だってぼくもてきとーにここまできたし」

「ひねりつぶしてやろうか!? その使えねぇ脳みそひねりつぶしてやろうか!? こんのバカ猫!」

 大の大人が子供の胸ぐらを掴み上げ怒鳴り散らす姿なんて、はたから見たら最低極まりないだろう。だが、そんな体裁を気にしている余裕がないほど俺は頭に血が上っていた。

 覚えてないって、じゃあ、完璧無駄足じゃねーか! こいつならあり得そうなことだからストレートに腹が立つ! わかんねぇんだったらさっさと言えよ! 何のために急いで返ってきたと思てんだ! クソっ、俺のさだまさしタイムかえせー!

「あの……スミマセン!」

 その時、後ろからか細い声で呼ばれた。怒りの形相のまま振り返ると、声と同じくひょろっとした気の弱そうな男性が立っていた。

「今、猫って言いましたよね! どんな猫でした!?」

「……あの、どうされました?」

 かなり切羽詰まっている様子で訪ねてくるその男性を不審に思い、ウザの胸倉を掴む手をほどきながら聞き返した。

「うちの猫が昨日から行方知らずなんです! だから、何かご存じないかと」

 ん? 猫、昨日から?

 そう今にも泣き出しそうに言った言葉に、これはもしや、とわずかな希望を持って俺は一応男性に確認してみた。

「あの、その猫って、ちょっと薄汚い茶色の毛をした、すげーあほな猫ですか?」

「は! まさしく!」

 その答に俺はガッツポーズで歓喜した。

 ビンゴ! なんて幸運な! まさかこんなところで飼い主に出会うなんて……! まだ俺は神にも作者にも見捨てられていなかったようだ。早速お帰ししよう、と俺はウザの方を振り返った。が、肝心のそいつはどこにもいなかった。

 い、いつの間に!? どこ行きやがったよあいつ!

「なんで知ってるんですか!? 教えてください!」

「ちょっ……落ち着いてください!」

 こつ然と姿を消したウザに再び怒りを募らせていると、そのバカ猫の飼い主が俺の肩を掴んで前後左右と思いっきり揺さぶりだした。

「どこで見たんですか!? 今どこに!」

「だからっ、落ち着いてっ、くださいっ!」

「どこにいたんですか! ウィリアム・ハピネス・イン・ザ・ジャパンは!」

 ……え。それもしかしてあいつの名前!? ダサッ! 何そのネーミングセンスもあったもんじゃねー名前! なんか無駄に長いし!

 残念過ぎるくらい立派なあいつの本名に仰天している俺を、尚も揺さぶりながら飼い主は立て続けに問いただした。

「どこに行ったかご存じないですか!? エン・ド・レ・カルロス・ザ・ジャパン!」

 名前変わっちゃった! そして、相変わらずネーミングセンス!

「あぁ、どこに行ったんだ! いちご・ロワイヤル・ザ・ジャパン……!」

 しかも秒刻み! そして、どうしても「ザ・ジャパン」は付くのか。なんでそこまでこだわるんだ? 譲れない何かがそこにあるのか?

 やたら興奮して一人で暴走している飼い主からようやく解放された俺は、もうぼろぼろだ。

 間違いない。やっぱりアイツの飼い主だ。

 改めて確信した俺はようやく俺もこの人も待ち望んでいた本題に入ることにした。

「あの、あいつなら」

 ――ハッ!

しかし、言いかけて俺は大変なことに気付いた。 ――あいつ今、人間だった。

 そうだ、何て言う? 生憎あいつは無事だが、今のあいつはこの人の知っているあいつじゃないわけで、というかそれ以前の問題なわけで……。よわった。俺の家から追い出すことしか考えていなかったよ、迂闊だった……。せっかくのチャンスなのに、なんてことだろう。俺は頭を抱えた。どうしよう。どうすれば……!

「まちたまえ!」

 俺が心底困り果てていると、聞き覚えてしまった声が後ろから聞こえた。振り向くと、どこから調達してきたのか、でっけぇ布を体中にまといグラサンをかけたウザが立っていた。不自然な言葉遣いをするから、一瞬人違いかと思ったが、あのアホッぽさは間違いない。

 いや、てゆーかおまえ、別にそのまま出てきてもバレねぇって。いちいち無駄多いな、こいつ。

「きみのさがしているねこは、このこかな?」

 そう言って、自分の腕に抱えているものを飼い主に見せた。それは、昨日の雨でぬかるんだ泥で無惨に塗りたくられた猫だった。

 おまえ、(元)同類になんてことしてやってるんだよ! ものすごく毛を逆立たせて牙むき出しで唸っているじゃねーか! 一目瞭然で怒りMAXだろ! しかも雑すぎて所々その猫の地毛のしま模様が見えてるし! よく自信満々に出てこれたな! あほだあほだと思っていたが、ここまでとは……。こんなん絶対バレるに決まって

「与作!」

 って、信じたぁー! そして、いきなり名前、普通! 少し古臭いけどもーー! 「ザ・ジャパン」はどーした!?  ここまできたなら通そうよ! おまえのこだわりはそんなものか!?

 まさかの事態に本日何度目かわからない呆気にとられている俺をダッシュで通り過ぎて、飼い主は喜んで自分の飼い猫からその猫を受け取った。

「本当にありがとうございます! なんとお礼を申し上げれば……」

 ひとしきり再会を喜んだ後、あほ飼い主は涙ぐみながら俺たちにお礼を言った。一方、身代わりとなった哀れな猫は、「フーッ! フーッ!」といまだ興奮しっぱなしで、我が物顔で自分を抱く腕をバリバリひっかきまくっている。「どうしたんだよおまえ、今日すごい気が立ってるなー」なんてのん気なことを言い、腕を引っ掻かれながら笑顔で帰って行く背を、俺は何とも言えない気持ちで見送った。

「……で、おまえどこに行ってたんだよ」

 姿が見えなくなってから、今の今までいなかったこのあほに俺は低い声で問い質した。

「え、ちょっとかわりのねこをさがしに」

「なんでそんなに帰りたくなかったんだよ」

「えー、だってうっとおしいんだもん、あのひと! つけてくれるなまえもへんだし」

 おまえに誰かを「うっとおしい」と言う権利はない! ぶーっと頬を膨らましているウザに、俺は心の底からそう思った。まぁ、ネーミングセンスのなさに関しては俺も同意だ。後に続いた「それに、ぼくはひろといっしょにいたいし」を完全スルーして思った。

「つーか、大丈夫かよあの猫。おまえ無理やり連れてきたんだろ」

「まぁ、さいしょはすごくめんどくさそーだったよ。でも、『まいにちゆうしょくはマグロのいけづくりに、よるはふかふかのベッドでぐっすりゆめのなかさ!』っていったら、『しゃーねぇな』ってオーケーしてくれたよ」

 こいつの周りはあほばっかか。よくそんな大ウソに引っかかったものだ。

「まぁ、たしょうのキャクショクはしたけどね!」

 そう舌出しウィンクという、いらんオプション付きでウザはつけ加えた。なんで「ウザイ」の意味は知らないのに、「脚色」なんて言葉知ってんだよ。

「でも、そのあと、じまんのたいもうにドロぬりたくったら、きげんわるくなっちゃった」

 そらいくら好条件だからって、そんなことされちゃ堪らんだろ。よく怒られないと思ったな。その図々しさに乾杯だよ。

「ま、ということで! これからよろしくねっ」

 俺が呆れ返って溜息を吐いていると、ウザは俺の手を握ってにかっと笑った。さっきまでのハチャメチャですっかり忘れてたが、その言葉で結局最悪の結果に陥ってしまったという事実を思い出し、ザッと青褪めた。

 結局、俺の悲痛の叫びは神にも作者にも聞き入れてもらえず、夕焼けをバックに木霊した。


《第1話 終》

【次回】

三角関係(?)

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