お前には100万光年早い
「『10年早い』って言葉あるじゃないっすか」
飲み会の席でそう言って新人社員は話をきりだした。
「それの違うやつで『100万光年早い』っていう言葉があるっすよね。あ、億でもいいですけど」
それがどうしたのだろう。前者は時間。後者は距離。まぁよくある若者たちが使う言葉の響きみたいな、意味はよく分からないけどカッコいいから使い始めたのが広まったんだろう。全く最近の若者は。
「ああ、そうだな」
「で、オレ、『光年早い』って間違ってないと思うんすよ」
「なんでそう思うんだ? そっちは距離のことを言ってるんだぞ。例えば、単位を変えて『100キロメートル早い」なんて言っても通じんだろう」
「確かに『100キロメートル』って言われたらわからないっすよ。何いってんだーってなっちゃいますよ。でも『光年』は『年』っていう字を使ってるんす。そこがミソなんす」
『年』を使ってるから時間だとでも言うのか。ゆとり教育様様だな。
「1光年は大体9.46兆キロメートルっす。それだけの距離を移動するのに光でさえ1年もかかるんす。地球から太陽までだって8分ちょいかかるんすよ。つまり『100万光年早い』っていうのは100万かける9.46兆キロメートルもの長さ分早いってことなんすよ」
つまりって言ってもな。こじつけじゃないか。全く。
新人社員はさらに続けた。
「つまり、つまりっすよ。『100万光年早い』っていうのは光の速さでもそれだけの時間がかかるくらい『お前には早い』っていうか、それだけ実力が伴ってないっていう意味なんすよ」
さっぱりわからん。
「それに『10年早い』なんて小さいっすよ。10年なんて、ただなんとなく過ごしてるだけで過ぎちゃうんすよ? そんだけの実力差だけで『10年早い』って偉そうに説教するなんておかしいっすね。それに比べて『光年』はなんとなくじゃ絶対移動できないっすよ。それだけの距離を縮めるならいっぱい努力なり、工夫なりしないと」
新人社員は若干興奮して言っている。
こいつ昨日『10年早い』って説教したこと根に持ってるんじゃないのか。