第一章 僕は知った、神様が本当にいるということを。
僕は、鬼瓦多友。今日は友だちと会う約束をしている。俺の唯一の友だちで、高校生の頃からの付き合いだ。その友だちは、内気で気難しく、すぐに孤立してしまった僕に手を差し伸べてくれた。
もう5年も会っていなかったなあ、そういえば……。昔と変わっていないかなあ。そうやっていろいろ考えているうちに、僕は待ち合わせ場所の噴水に着いた。
さて、もう着いてるかな? 人が多くてよく分からない。日が日だけあって、噴水の周りは待ち合わせ中の人でいっぱいだ。噴水の周りをぶらぶらしていると、後ろから突然肩を叩かれた。僕は振り向いて、その手の主を確かめる。懐かしい顔だった。
「よう、久しぶりやんけ、トモ。」
この人の名前は関口孫六。関西弁を喋る、ぼくの唯一の友だちだ。
「うん、そうだね。久しぶり、カンちゃん。」
僕が知っているカンちゃんだ。カンちゃんというのは目の前の友だちの渾名。僕が関くんの苗字を間違えて覚えており、カンちゃんカンちゃんと呼んでいたら、そうなった。
「相変わらずやなお前。」
どうやらカンちゃんはあの時のままらしい、安心した。僕たちは早速移動を始めた――――
「23時間55分。残り5分で今年は終わります。もうすぐ来る新年を皆さんいっしょに祝いましょう。」
街の大通りに面した巨大スクリーンから、若い男のアナウンサーの声が聞こえてくる。それと共に、熱にほだされた人々の熱狂が音と映像でこちらに飛んでくるが、僕の耳には痛いものだった。
「あの人たち、カウントダウンなんて何が楽しいんだろうね。あんなの楽しんでる人たち、バカだよね、バカ。」
僕たち二人は街角のビアガーデンに来ていた。2階席なもんだから、あのスクリーンがよく見える。
ビールジョッキ3杯を空にした僕はもうできあがってしまっていた。
「おい、落ち着けよ。トモ、お前ちょっと酔いすぎちゃうか。」
カンちゃんはそんな僕を心配そうに宥めた。しかし、気が立っていた僕は、あろうことかカンちゃんにかみついてしまった……。
「黙っててよ、カンちゃん。」
「ちょ、おい。落ち着けや。」
「カウンドタウンなんて、ただの近所迷惑だ。新しい年を、未来を誰もが楽しみにしているわけじゃないんだぞ。僕、僕はねえ、カ」
「お前ええ加減にせえよ。」
カンちゃんは低くてドスの聞いた声を出し、僕の方に近づくと、胸倉を掴み上げた。僕はびっくりして酔いが吹き飛んだ。ああ、やってしまった。
久々に顔合わせた友だちに僕は何をさせているのか。僕は悲しくなった。
「ごめん。帰るね、僕。」
僕は席を立ち、カンちゃんに背を向ける。
「待てや、おい、トモ、おい…」
逃げ足にだけは自信があった僕は、すぐさまその場から走り去った。
カンちゃんの声がどんどん小さくなっていった。
21世紀、その四分の一が終わる日。街は新年へのカウントダウンを祝おうとする人々で溢れていた。その中を僕は走り抜けていく。腕時計を見た。23時59分。もう今年も終わりだ。変わり映えのしない新年がもうすぐ始まる。
今年最後の思い出がカンちゃんに迷惑をかけ、あげくの果てに逃げ出したことになってしまうとは……。自分が嫌になる。僕は、昔からたびたび問題を起こして、カンちゃんに迷惑をかけていた。久々に会ったというのにまたやってしまった。僕はただ走り続ける。カンちゃんに明日電話しないと。でも、どうやって謝ろう……。僕はそのことで頭がいっぱいになっていた。
「!?」
突然の事態に今まで考えていたことなんて全部吹っ飛んだ。突然目の前が真っ白になり、周囲から全てが消えていたからだ。何もないただ白いだけの空間。それが僕が今いるところ。
《今の世を生きる人の子らよ、我が言葉に耳を傾けよ。》
声が聞こえてくる。どこからかは分からない。まるで頭の中に直接響いているよう。一体何が起こっているんだ。
《我は、"神"である。汝らがそう呼ぶ者である。》
神さま? あれ? いるんだ、神さまって。何でかは分からないけれど、それが確かに本当であると確信できる。神さまが問いかける相手が複数形になってるってことは、他の人たちもたぶん同じことなってるのかなあ。
カンちゃん……。思い出してしまった。
《汝らは、不満に抱かれ、未来に希望を持つことができない。先に待つのは破滅。これは啓示である。》
神さまからのお墨付き……。このままだと人類絶滅確定か。そりゃこんな世の中じゃあなあ……。僕は他人事のように思っていた。どうせ元より僕は未来に期待なんてしちゃいない。
《だが、汝らは破滅を望んでおらぬ。よって我は汝らに機会を与える。一度限りの機会を。》
《我は、今を生きる人の子から唯一人、選ぶ。その者の持つ夢は世界を塗り替える。その者の夢が如何なるものであろうとも。》
どんな夢でも叶うってことだろうか。でも僕には関係ない、夢を持たない僕には。




