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じんかん  作者: 兵十
2/2

昼下がり。

ギラギラした日差しの下、何もかもが生命に満ち溢れていた。

木々は緑濃く、蝉たちは声の限りに鳴きわめいている。


対して、星城京からは活気が消えていた。


朱雀大路にも人が少ない。

いつもであれば、様々な売り文句や怒号が飛び交っているが、

今日は蝉の声に負けている。

人々の表情には怯えが見える。


連日、死体が見つかっているのだ。

残骸は人の形を保っていなかった。

家の中で、一家全員が一つの血溜りになっていることもあった。


人の仕業ではない。


市中の護符は焼け落ち、尋常の化生ではないことを

物語っている。


星城京を逃げ出した住民もいる。

もっとも、下層民は外で生きるあてが在るわけでもない。

飢餓、強盗、殺し、病。星城京よりは少ないにしろ化け物もいる。

対して貴族が住まう星城京は「星城府」によって統治され、

人の犯罪を取り締まる検非違使庁と化生に対する「陰陽寮」によって

治安が守られている。もっともどちらの機関も下層民の犠牲に対しては

なかなか腰が重い。


「陰陽寮のお役人様はまだかねぇ。」

「俺らみたいな下つ方が何人死んだところで動くわきゃねえよ。」

「貴族様にでも何かない限りな。」

「あ、お札が貼りなおされてる。」

「あれって誰が貼ってるのかな?」

「陰陽寮だろう。」

「でも、あれを貼ってる人見たことないねえ。」


黒衣くろごたちが市中の札を貼りなおして回っていた。

普段より少ないとはいえ、市中には大勢の人がいる。

それでも黒衣たちを目に留めるものはいなかった。

黒衣たちは札を貼り終えると音もなく鴉に変じて飛び去っていく。


鴉たちの向かう先に一人の少年がいた。

少年は、五重の塔の一番上の屋根に上り、市中を見回していた。

歳の頃は十二、三といったところか。白い上衣に黒い袴、

新しくはないが清潔に保たれている。

身長の半分以上もある長方形の黒い箱を背負っていた。

顔を見ると、目が細く口角が上がっている。機嫌が良いように見えるが

普段からこんな顔らしい。

髪は白く、身体の線がやや細い。

鴉たちは少年の目の前で札に変じた。少年は何事もないように札を手に

取り、箱に収めた。

「ふぅ。ちょっと都から離れた隙に厄介なのが来たなぁ。」

「陰陽寮の方々は動いてくれてるのかな?」


とんっ。


少年は屋根から飛び降りた。

着地する間際、遅れて来た鴉を一匹踏みつけた。

鴉は「ガッ!?」と呻き声をあげて札に戻った。


少年は「たんっ。」と着地して市中へ向かう。


市中には甘い匂いが漂っていた。

少年は大きな箱を背負いながら、器用に人混みを抜けて朱雀大路に向かう。


「おおぃ、コマァ!」」朱雀大路に着いた途端、

魚売りがしゃがれた声で少年に呼びかけた。

「久しぶりじゃねえか。相変わらず狐みたいな顔してやがんなぁ。」

「やめてくださいよぅ。狐って言われるのが一番嫌いなんです。」


コマと呼ばれた少年が泣きそうな顔をした。

「へへへ。悪りぃ悪りぃ。冗談だよ。」魚売りがコマの肩をバンバン叩く。

冗談にはなっていない。


魚売りは声を落として、少年の耳に口を近づける。

「化け物が出てるんだぜ?ちゃんと効いてんのかよ、お前の札。」


「効いてますよ。

 あの札は僕が偉い術師様から頂いたものです。

 お役人様も認めて、買い取ってくれています。

 だから市中に貼っているんです。

 化け物は姿を顕せども、人には触れられない…はずだったんですが。」


「まあ、お前が扱うものは薬でも何でも良く効くから信用してるさ。

 だが燃やされちまうんじゃ、貼り直しても意味がなかろう。」

「あれを焼いた奴には効かなくても、他の奴を除けられますから。

 あとは…陰陽寮のお役人様にお任せするしかないです。

 しばらくお仕事は早めに切り上げてください。」


コマは魚売りと別れて歩き出した。


「よお、コマ!この間の薬、良く効いたよ。ありがとうな。」

「まだ無理しちゃダメですよ。」

「コマ、例の物ぁまだかい?」

「当たりはついてるんで、もうちょっと待ってください。」


行く先々で声を掛けられる。コマは何でも屋として星城京で頼りに

されていた。が、コマが術を使えることを知るものは少ない。


「おや?」


通りの先で何やら騒ぎが起きている。


コマは騒ぎの側に行き、近くの男に聞いた。


「ああ、新しくやって来た陰陽寮の役人と物売りの女が揉めてるんだ。」


「あなたにとっては端金かも知れませんが娘の薬を買う大事な

 お金だったのです!」


貧しそうな子連れの女だった。格好のわりには、

言葉遣いや面差しから上品な印象を受ける。

歳もそうとってはいない様だ。

連れている女の子は五つ六つと言ったところか。母親とは対照的に、

綺麗な赤い着物を着ていた。

口をギュッと結び泣くのを堪え、母親の袖を握っている。

あどけない顔が曇り、こほこほと咳をした。

役人は気難しそうな男だった。歳は二十歳に届くかどうか、

女よりやや若い。

黒の狩衣に烏帽子を被っている、陰陽寮に所属する下級役人の服だ。

顔立ちは整っているが、機嫌の悪そうな表情や目元の隈が狭量な印象を

与える。


「だから俺は検非違使ではないと言っているだろう!」

「いい加減に離せ。」

掴まれた男が腕を振り上げた。


「ちょっと、ちょっと!

落ち着いてくださいよぅ。」


コマが二人の間に入る。


「まあまあ、お茶でも飲んで落ち着いてください。」


背中の箱から竹筒に入ったお茶と湯のみを出して2人に渡す。


「それと君にはコレ。」

コマは箱から水飴の入った壺を出して木べらに絡めて娘に渡してやる。


「僕はコマと言います。君の名前は?」


「わあ、ありがとう!」

「わたしはさほ。」

「不思議な箱!何でも出てくるの?」


「えへへ。すごいでしょう。

 大切な人から頂いた自慢の箱さ。

 何でも出てくるよ。」


コマは箱からスルスルと槍を出して見せた。槍は明らかに箱より長い。

続いて干物、タライ、編笠、大根…何でも出てくる。

周囲の者には、またかという反応をする者も多いが、

驚きの声をあげる者もいた。星城京に来て日が浅い者だろう。

が、さほは水飴に夢中で見ていなかった。コマは残念そうに肩を落とした。

さほは目を瞑り、小さな鼻を飴に近づけて、スンスンと甘い匂いを嗅ぐ。

うっとりとした表情で小さな掌を頬に当てる。口元が緩み切っていた。

口に入れるのが惜しい様で日に透かしてみたりしている。


一方、大人2人の雰囲気は険悪なままだった。

役人の方は不機嫌そうに場を離れたがっている。女が着物押さえて

離さないのだ。


コマは2人から事情を聴いた。役人はぶっきらぼうに星辰と名乗り、

女は名乗らなかった。


女は貴族に仕えていたらしい。当主が病で死に、家が傾いた。

女は暇を出され、さほと2人星城京にやって来た。

慣れない旅が祟ったのか、さほは肺を病んでいた。

女は娘の薬を買うために僅かに所有していた着物を売りに出した。

通り沿いに茣蓙を敷き、さほと2人で番をした。

3日声を張り上げ、女の喉が枯れかけたた頃、漸く着物が売れ、

何とか薬を買えるだけの金が貯まった。

その矢先、女が少し目を離した隙に物取りが金を奪っていった。

女は必死で追い掛けた。

2人を見ていた市中の男たちも物取りを捕まえようとするが

誰一人追いつけない。

朱雀通りを駆け抜けて、物取りが油断した瞬間、星辰とぶつかって倒れた。

金が辺りに散らばった。

女は走りながら、星辰に物取りを捕らえてくれと叫んだ。

星辰は女の言葉が聞こえない様に、ぼうっと物取りが金を掻き集めるのを

横目で見ながら歩き出した。


「ちょっとは手助けしてくてもよかったんじゃないですか?星辰さん。」


話を聞いたコマが口を尖らせる。


「他人に関わってろくな事になった試しがない。

 これ以上引きとめられても俺は考えを変えんぞ。

 いい加減に離せ。」

星辰は女と目を合わせず、ボソボソと呟いた。


女は呆れ果て、星辰から手を離した。


「取り乱してご迷惑をお掛けしました。」

コマと周囲の人間に頭を下げて去って行く。最早、星辰には目もくれない。


「おじさんごめんなさい。お母さま、わたしのことになると

 少し怒りっぽくなるの。」

「これ、いただいたもので悪いのだけど。」

さほがたどたどしい言葉遣いで星辰に水飴を差し出す。


星辰は驚いてさほを見つめる。


「いらん!」

「お前…それを貰って嬉しそうにしていただろう。」


「美味しそうな匂いだけでもうお腹いっぱい。」

「それに今はお母さまが一緒にいてくれるからしあわせなの。」

「おじさんは辛そうだからおいしいものを食べて元気になって。」


「無理に大人ぶるな。

 子供らしく飴貰って嬉しそうにしてろ。」

星辰は居心地悪そうにソッポを向きながら

「…済まなかったな。

 俺は元気だ。お前こそ早く良くなれ。」と呟いた。

さほの顔がパッと明るくなる。

「うん!」


「さほ!早く行きましょう。」

「あっ、お母さま…

 コマさんありがとう!

 おじさん、元気出してね!」

さほは母親に手を引かれ去って行った。


コマがニヤニヤと星辰を見つめる。


「何だ何だ。血も涙もない人かと思ったら、

 ちゃんとあるじゃないですか。

 それにしてもあの娘、まだ小さいのに大人びてるなぁ。

 余程我慢して行きて来たんでしょうね。」


星辰は無言で去ろうとする。


「ちょっとちょっとツレないなあ、何をそんなに急いでるんですか?」


「お前には関係ない。」


「星辰さん、何しに来られたのか存じませんが、

 この辺りのことならお役に立てると思いますよ?」


邪険にされてもめげずにニコニコしている。人懐こい笑顔だ。


「…市中に貼られている護符を扱っている男を探している。

朱雀通りの辺りに居を構えていると聞いているのだが手掛かりがない。」

実のところ、星辰は朝方から探しており、かなり疲れていた。


星辰は自分を邪険に扱い、情報を与えない上司の顔を苦々しく思い出す。


「…それって僕の事ですね。」


「……そうか。」


「……」

「……」


沈黙。


「最近巷を騒がせている化生のことですか?」

「そうだ。」


「市中の護符は張りなおしました。あれ以上のものは用意が

 できませんので、後は陰陽寮の皆様のお力に縋るばかりです。」


「俺が個人的にお前の護符を買いたいのだ。」


「…誇り高い陰陽寮の方が外から護符を仕入れようとは珍しいですね。」


護符など貴族に対する術具の供給は陰陽寮が独占している。

勿論、売ろうとしても貴族はコマの護符など歯牙にもかけないだろうが。


コマの護符が買い取ってもらえるのは、

「庶民用」で「格安」な為だ。

陰陽寮からすれば、庶民を守る為に高価な符を使うなど考えられない。

が、あまり庶民が減っては税も減る。

そこにコマが外部の安い符を売りに来る。

「これっぽちの金で庶民からの税収を守れるのなら、

まあ目こぼししてやろう。」というのが陰陽寮の本音だ。


「故あって、力の強い術具を探しているのだ。」

「お前の符を売ってくれ。」


「うーん。何に使うんですか?」


「理由などどうでもいいだろう。」


「理由を聞かねば売れません。」

ニコりと笑う。


「化生を退治するのに使う。少しでも足止めが出来ればよい。」


「それでは売れません。」

コマは驚いた顔でブンブンと首を横に振った。。


「何故だ?」

星辰の表情が曇る。


「見回ったところ、星城京中の符がほとんど焼けていました。

 そんな物相手にあの符では少しの足止めも出来ませんよ。」


「構わん。死んだらそのときだ。」

「お前が売らんのなら、用意できる術具で挑むだけだ。」


「…あなたが命をかけずとも陰陽寮には力を修めた術師がいるでしょう。」


「お前には関係ない。」


歩き去ろうとする星辰を見てコマはため息をついた。


「札は売りませんが、代わりにこれを差し上げます。」


星辰が振り向くとコマの手には手のひらほどの紙がある。

紙は人型に切り抜かれていた。


「化け物を封じる効果はありませんが、目暗ましにはなります。」

「あなたの身代わりになってくれるでしょう。」


「いくらだ?」


「代金は要りません。」


「施しは受けん。」


「善意ですよ。」


「なら要らん。」


コマはガリガリと頭を開く。


「10文です。」


庶民用の術具としてはかなり高い。

一月は食っていける額だった。


星辰は少し引きつった顔をした。金はあまりないらしい。

それなら格好をつけるなとコマは思う。


「……」星辰は黙って10文差し出す。


「星辰さんは、僕の知っている人に似ています。」


「なら、そいつも嫌われ者だな。」


「ええ、若いときは随分孤立したと言っていました。」


「その人が死ぬ前に言ってました。人は一人では人間になれない。

 人と人の間で起こる様々が自分を人間にしてくれたって。」


「人を避け続ければ、その間には悪いものが入ってくるそうですよ。」


人間人間人間人間

間人間人間人間人

人間人間人間人間

間人間人間人間人

人間人間人間人間

間人間人間人間人


人間人間人間人間

間人間人間人間人

人間人■人間人間

間人■人■人間人

人間人■人間人間

間人間人間人間人



「それは好都合だ。」

「悪いものが例の化生であることを願うばかりだ。」


立ち去る星辰を見送って、コマはやれやれと空を仰いだ。


陽が、落ちようとしていた。

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