合コン(1)
月曜日。店の予約時間の都合で、僕を含めた合コンの参加者達は十九時に大学の前へ集合した。
人数は僕を含めて八人。当たり前のことながら男四人、女四人である。メンバーの中には僕を強引に誘った日暮、さらに湊有沙と彼女の友人もいた。
「よし、男女共に全員揃ってるな。津田理子、店への案内を頼む」
「はいはい」
『津田理子』と呼ばれて了解したのは、花見の時に抱きついてきた湊有沙の代わりに、僕へと謝罪した彼女の友人だった。『津田理子』とフルネームでわざわざ呼ばれるのは、その語感の良さから通称化しているためなのだろう。
僕達は津田理子に導かれて店へと移動し始めた。店へと向かう道中、周りは早速雑談を始めたが、僕は一人で黙々と歩く。彼女が時々何か話したそうに僕に目を向けてきたが無視した。
「あ、奥座って。そして俺。お前は俺の隣。それでその隣。よし、これで席順は完璧」
店に到着し案内された場所で、日暮は一人悦に入っていた。僕を含めた男性陣は彼のペースであっという間に席を指定されたのであった。左から彼の知り合いである誰か、彼――日暮、僕、彼の知り合いその二である。
「おっ、そっちも完璧だな」
彼は女性陣の方を見て言った。女性陣の方は僕から見て左から知らない子、津田理子、彼女、知らない子その二だった。
料理が続々と運ばれてきて、飲み物を次々と頼んだ。
自己紹介から始まり、皆が色々な話題で盛り上がる。
それを少し眺めているうちに、これは幹事の知り合いの寄せ集めじゃなくて、かなり仕組まれた親睦会であることに気づいた。一番奥に、向かい合って座っている男女は、女の方が男に気があるのか積極的に話し掛けていた。男の方は津田理子に目がいっていたが、津田理子は日暮と一番仲良く話していた。
僕の斜め右の向かい側に座っていた女は、僕に色目と共に様々な話題を振ってきた。僕は素っ気ない返事しかしなかった。僕には全然そんな気がなかったのもあったが、僕の右隣が時々牽制するように睨んできたからだ。
別にそんなことしなくても、僕は何もしない。むしろ、さっさと落とせばいいのにと思う。
この合コンは両端の男女にくっつけるかの機会の提供と、日暮と津田理子が仲を深める場として機能していた。そしてそれを踏まえると……。
僕は目の前に座っている彼女を見た。僕は彼女とお膳立てされていることになる。
彼女はお酒は一切頼まずに、オレンジジュース等のソフトドリンクばかり飲んでいた。周りにはあまり馴染んでおらず、目の前の料理を食べるか、津田理子の方か、僕の方に視線をさ迷わせていた。
僕は彼女のことなど気にも留めず、自分のカクテルを煽る。またグラスが空になった。
次、店員が近くを通りかかった時に追加をオーダーしよう。
僕はさりげなく手元に寄せておいたオーダー表を見る。二枚あるうちの一枚をいつでも手に取れるように独占状態にならない程度の位置に引き寄せといたのだ。
何を頼もうか。さすがに全種類のお酒を飲むことはできない。僕は少しの間、考え込む。
「ね、ねえ、そんなに飲んで大丈夫なの?」
カクテルをできる限り飲もうと決めた時、声を掛けられた。
「別に平気だけど」
心配そうに見つめてくる彼女に僕は素っ気なく返す。
僕の周りには今も、空になったグラスが五つほどあるが、まだまだ足りない。
「そう……。えっとオーダー表、ちょっとだけ貸してくれない?」
「どうぞ」
僕はオーダー表を彼女に差し出す。
「ありがとう」
彼女は礼を言い、受け取った。
オーダー表を眺める彼女。彼女もまた何か頼む気なのだろう。
店員が僕達のテーブルの近くを通りかかったのですかさず呼び止める。僕はカクテルを二つと料理を一品、彼女はソフトドリンクを一つと僕と同じく料理を一品頼んだ。
「お前らよく食べてよく飲むよな」
日暮があきれ顔で口出ししてきたが気にしない。せっかくの食べ放題、飲み放題なのだ。最大限に利用しないともったいない。
ただ、彼女と一緒にされるのは心外だったが。
食べ放題、飲み放題の時間終了十五分前になった。結局僕は飲むことと食べることに没頭していた。回収されずに新たに増えたグラスや食器類が、他の人達と比べて圧倒的に多かった。
僕と同じことが目の前の彼女にも言えた。しかし彼女の場合、今は空になったグラスに注がれていたのは全部ソフトドリンクだ。僕みたいに酒を飲んでいた訳じゃない。
まあ彼女の場合、花見の時のことから酒に弱いのだろうから賢明なことだと言える。
「そろそろ時間だな。よし、これから二次会のカラオケのグループ分けのくじ引きをやるぞ」
日暮が白いひものくじを片手で掴み、前へ突き出した。いつの間にか二次会でカラオケに行くことが決まったらしい。
「さぁ、みんな引けよ」
彼は一人一人にくじを引かせていく。
「ほらお前も」
日暮は僕にもくじを突き出した。
「これは何のためのくじなんだい?」
「カラオケのグループ分けのためのくじだよ。俺ら八人だろ。こんな大人数じゃ、マイクを円滑に回すこともできないし、なら二グループに分けた方がいいと思ってさ」
僕の問い掛けに彼は答えてくれた。僕も参加することを前提に話は進んでいるようだ。
了承した覚えはないと思いながらも、僕はくじを引いた。彼から有無言わせないオーラを感じたし、おごってもらっている手前、無下にはできない。
「くじの先に赤い印がついているやつとついてないやつとに分かれてるから。同じくじ持ってる者で一グループな」
僕は自分が引かされたくじの先を見る。赤い印がついていた。
僕と同じく赤い印のついたくじを引いていたのは日暮に津田理子、そして彼女。何も印がついていないくじを引いたのが、津田理子に気がある男とその男に気がある女。そして僕に色目を使ってきた女とその女に気がある男だった。
「……」
あまりの仕組まれ具合に僕は何も言えない。この分かれ具合は完璧に人為的なものだ。おそらく日暮がイカサマをしたのだろう。
日暮のくじを扱う所作が自然過ぎたため、どこでイカサマをしたのか僕にはわからない。わりと感覚が鋭い僕ですら気づけなかった。これは驚嘆に値するだろう。
だが僕は非常に不愉快だった。
気にくわない。
他人をどう仕組もうと構わないが、そこに僕自信も含まれていることがすごく気にくわなかった。
何の印もなかったグループは、それぞれ片思いの男女が、それぞれの想い人を落とせるようにセッティングされている。
日暮と津田理子はすごく仲がいい。言葉の端々から今回の合コンの立案者はこの二人だ。見事に息を合わせている。
つまりこの二人で一ペア。ならば必然的に僕は彼女と組み合わせられることになる。それぞれの図から導くと僕は彼女とくっつくように仕向けられている。もっと言えば、彼女がそうしようと日暮か津田理子の力添えを受けたと考えられる。
「こっち、こっちだよ」
店を出た僕らは津田理子の先導でカラオケに向かう。
道中、僕は店に行く時と変わらず無言だった。そして行きよりもずっと不機嫌だった。
全てにうんざりしていた。誰かしらの思惑通りに踊らされている状況に嫌悪感が募っていた。




