誘い
昨日の大雨とは一転して、今日は雲ひとつない晴天だった。
「なあなあ、合コンに参加しないか?」
必修科目の講義前、一人で座っていた僕にノートを返した後、日暮は唐突にそんなことを言った。
「しないよ」
僕は即答した。
「なんでだよ!」
「そんなお金ないし、出会いも求めていないから」
僕は淡々と答えた。
「いや、そこをなんとか頼む!! 数あわせでさ、是非とも参加して欲しいんだよ。お前がいるとなんか華やかになりそうだしさ」
日暮は両手を合わせ拝むようにし、頭を下げた。
「……」
なかなか率直的な物言いだと僕は思った。変にごまかしたり媚びへつらったりといったことを彼はしない。
合コン自体は悪くない。久しぶりに一夜限りの相手を探すのもいいかもしれない。だが足がつくかもしれない。
自己紹介をしようものなら自分の大学を言わなければならないし、誘ってきた日暮のように、同じ大学の奴らが複数いる可能性がある。それにもしかしたら呼ばれる相手が全員僕と同じ大学の子達である場合も大いに有り得る。
誰かと関係を持ったとして、後々それをネタに付きまとわれるようなことになったら、たまったものじゃない。
どんちゃん騒ぐのも好きじゃないし、何よりお金がかかる。僕にはデメリットしかない。
「やっぱダメなのか?」
日暮は黙ったままの僕を窺う。
「うん、無理だね」
僕は頷く。日暮はそんな僕にさらに言い募る。
「……。飲み放題、食べ放題、無料でいいから来てくれないか」
「それって僕はお金を払わなくていいってこと?」
「そうそう。お前の分はこっちでなんとかする。だからお願いだ、来てくれないか?」
彼は僕を拝み倒す。
お金を払わなくていいとは、随分な頼み込みようだ。なぜそこまで僕に来て欲しいのかわからない。
だが食費と飲み代が浮く。意外と悪くない話かもしれない。
「いつするんだい?」
僕はそう尋ねてみた。
「来週、来週の月曜日。来る気になってくれたか!」
彼は目を輝かす。
月曜日か、と僕は思案する。その日は特に絶対に外せない用事があるわけでもバイトのシフトに入っているわけでもない。
「いいよ、行く」
「さすが我がノー友、話がわかる! お前ならそう言ってくれると信じてた」
日暮は大げさにそう言い、僕の肩を思い切り叩いてきた。
痛い。
「なら日時と場所はまた連絡するから。……ってそういや俺、お前のメアド知らないじゃん。今後のためにもお互いのメアドと電話番号を交換しておこうではないか」
いちいち大仰な話し方をし、日暮は携帯を取り出した。なので仕方なく僕も自分の携帯を手に取る。
「そういやお前、ちゃんと俺の名前、覚えているか?」
赤外線でアドレスを送っている最中、日暮は僕にそう問い掛けてきた。
「日暮だろう」
ちなみに下の名前は知らない。初めて話した時に教えてもらったかもしれないが、忘れた。日暮は何かと絡むので苗字だけ覚えているが、僕はほとんど誰の名前も記憶していない。
「下の名前はわかるか?」
「……逆に訊くけど僕の名前は?」
「都築。都築直斗だろ」
「よくわかったね」
「お前、俺の名前は覚えてないんだろう」
「……僕の方は送ったから君の方も頼む」
それには答えずにアドレスを送った僕は、今度は受信する準備をした。
「まあ別に今覚えてくれればいいんだぜ。俺の名前は日暮光一だ。電話帳をじっくり眺めてよく覚えとけよ」
日暮はなぜかビシッと人差し指を前に出し、ポーズをとった。
「もう覚えたよ」
いちいちテンションの高い日暮に若干気圧されながら、僕は言った。
「よし。ならまたメールするから。じゃあ、そろそろ講義が始まるから俺は退散するとしよう。またな」
日暮は満足そうに頷くと、彼の友達がいる席へと戻っていった。




