雨(2)
ベルが鳴り、電車のドアが閉まった。そして一度大きく揺れた後に発車した。
「ねぇ」
小声と共に控えめに背中を叩かれた。僕は振り返る。当然のことながら、僕の背中を叩いてきたのは後ろにいた彼女だった。
「何?」
僕は訊いた。何度同じことを言ったんだろうか?
「あなたはあのサークルには入らなかったの?」
あのサークルが何か一瞬わからなかった、がすぐに合点がいった。きっと彼女が言うサークルは、花見に行ったイベントサークルのことだ。僕が唯一参加したサークルのイベントはこれだけだから、間違いないだろう。
「入ってないよ」
僕はそう答えた。あのサークルの花見には強引に参加させられただけで、入る気なんてさらさらなかった。それにサークルやら部活のような、時間を拘束されるようなものが、僕は好きじゃない。
彼女は
「そう」
とだけ口にした。
「……」
僕は前方のドアの斜め上にある路線図に目を向けた。降りる駅はあと二駅先だ。
ぼんやりと路線図を眺めながらも、僕は背後が気になった。彼女はまだ僕の後ろにいるのだろう。
混んでいる車内で別の場所に移動するのは難しいし、第一そんな面倒なことをするはずがない。
僕はため息をつきたくなった。彼女がいるということがひどく憂鬱だった。
一駅過ぎ、また一駅と電車は進み、大学の最寄りの駅に到着した。
僕は開いたドアに従い前へ足を踏み出し、降りる。そして改札口を目指す。
背後をちらっと見る。
「……」
彼女は僕の後ろをついてきていた。同じ場所に向かっているのだから当然のことなのだが、何もぴったりと背後にいなくても良いと思う。
改札を通り抜け、地上への階段を上がる。この間、彼女は人波に呑まれることなく僕の後を歩いていた。
外に出ると相変わらず雨が降っていたので、僕は傘をさす。
駅から大学まで徒歩十分。
雨は結構強く、あちこちに水溜まりができていた。僕は進行方向にあった水溜まりを大股で跨ぎ越すことによって回避した。
「ね、ねぇ……きゃっ」
またまた僕に声を掛けようとした彼女は気づかずに水溜まりにはまってしまったようだ。
「何?」
僕は歩みを止めずに少しだけ振り向く。そろそろうんざりしてきた。
「一限に間に合うかな?私、今日いつも乗る電車に間に合わなくて」
折り畳み傘をさした彼女はそう尋ねてきた。
「間に合うと思うよ」
大体教室まで講義開始の三分前に到着できるはずだ。場所によってはプラスマイナス二分程度の誤差があるものの、余程遠くの講義棟でない限り遅刻はしない。まあそれは僕の行動範囲内から言えることで、学部が違う彼女に当てはまるかはわからないけど。
「よかった……」
彼女は安堵したようだ。
「……」
なんだか彼女とはこんなやり取りばかり繰り返している。
「あのさ、別にわざわざ僕の後をついてくる必要はないと思うんだけど」
僕はしびれを切らしてそう言い放った。僕と彼女の話はもともと電車に乗る前に終わっている。だから彼女が僕の傍にいる必要性は全くない。
「あ、でも同じ大学に向かっているから」
行く場所が同じでも、自分のペースで歩けばそれで済む話だ。
彼女のことがわからない。もし僕に気があるのならば、積極的に隣に来ようとするはずだ。しかし、彼女は背後にいる。
彼女は何がしたいんだろうか?
居心地の悪い気分のまま大学に到着した。
僕は自分の取っている講義が行われる棟へと向かう。
「あっ」
ずっと後ろにいた彼女が声を上げた。僕は彼女が何か話す前に振り向いた。 黙ったまま様子をみる。いちいち訊くのはもううんざりだった。
「わ、私、あっちの棟で講義があるから、その……。またね」
彼女はあたふたしながらさらに先にある棟を指差した。そして僕に手を振った。
『またね』ということは、再び僕に会うつもりなのか。
「……さようなら」
僕には彼女と再び会う気なんてこれっぽっちもなかった。だからそう言い、おざなりに手を振ってやった。
彼女は僕の動作を確認すると、一人歩き出した。
講義棟の前にたどり着いた僕は傘を閉じた。
やっと彼女から離れられた。
僕は傘を振り水滴を払ったあと一息つき、講義が行われる教室へと急ぐのであった。