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話し合い(1)

 次の日、僕はいつも通り講義が始まる十分前に大学に到着した。

 一限目は必修科目。僕は適当に席を見つけて座り、教科書類を出す。

「おはよう!お前二日酔いとかしなかったか?」

 テンション高く、机越しに目の前に現れたのは日暮だった。

「おはよう。別に平気だけど」

「……そうみたいだな。本当、酒に強いんだな」

 彼はバッグや教科書類を持っていなかった。どこか別の場所で友達と席を取っておいてから、わざわざ僕のところへ来たのだろう。

 つまり僕に何か言いたいことがあるということだ。

「何か用かい?」

 僕は彼に尋ねる。

「あー、うん。さすが、察しがいいな。講義が終わったらさ、ちょっと話があるんだけどいいか?」

 日暮にしては歯切れの悪い言い方だ。

「いいけど」

 僕は答えた。彼が話したいという内容は大体想像がつく。

「じゃあ講義後、また来るわ」

 日暮はそう告げると自分の席へと戻っていった。

 何の問題もなく、いつも通り講義が終わった。

 僕は筆記用具をバッグにしまい、席を立つ。

「おーい、ちょっと待てよ」

 バッグを肩に掛けたところで日暮に声を掛けられた。僕は振り返る。

「よし、ひとまず教室から出ようぜ」

 日暮はそう言うと僕の肩を叩いた。痛いと思ったが口には出さず、僕は日暮と共に教室を出た。

「立ち話もなんだからさ、あそこに座ろうぜ」

 廊下の一角にあるテーブルと椅子が並んだくつろげるようになっているスペースを彼は指差した。何グループか談笑している人達がいたが、今はまだ一限が終わったばかりだったので席は空いていた。僕達は丸テーブルを挟んで向かい合う形で座った。

「あのさ、昨日の合コンのカラオケでさ、俺らが抜けた後何があったのかよくわかんないけど、有沙ちゃんには何の他意もなかったんだぜ。俺と理子が途中で部屋から抜けたのは、本当にもう一つのグループがどんな感じか様子見に行っただけだから。まあその後、なんか空気的に抜け出す雰囲気になってさ、結果的にお前ら二人をほったらかしにすることになったんだけどな」

「それは彼女の差し金かい?僕に何の作為的目的がなかったって認めて欲しいとでも言っていた?」

 僕は冷めた口調で返す。カラオケでの出来事を彼女があの後話していなければ、日暮がこんな言い訳じみたことを僕に話したりはしないだろう。

「違う、違う。別に彼女はそんなこと言ってないって」

「じゃあどうして僕にわざわざ話なんて持ち掛けてくるんだい?彼女が君と津田理子に昨日のことを話したんだだろう?」

 僕は日暮を問い詰める。

「まあ確かに彼女から話を聞いたと言えば聞いたことになるんだけどな……。ああもう、俺、まどろっこしいのは苦手だから一から話すわ」

 日暮は勝手にそう宣言すると話し始めた。

「俺と理子はもう一つのグループの様子を見に行った後、ちょっとさ、雰囲気的にいい感じだったから、カラオケ抜け出して二人でその辺をブラブラしていたんだ」

 そこまではさっき聞いたばかりだ。それに日暮が津田理子をフルネームではなく名前だけを呼び捨てにしていることから、二人の仲が深まっていることがわかる。

「それで色々話していたらさ、理子の携帯に電話が掛かってきたんだ。電話で一通り話し終わった後、理子がさ、大真面目な顔で『ちょっと緊急事態だからごめん、私行くわ』って言うもんだから、何があったか訊いたわけだ。そしたらさ、彼女が泣いているって言うから、俺も理子と一緒に駆けつけたんだ」

 やっと話は本題に入るようだ。大方、駆けつけて彼女の話を聞いてあげたんだろう。

「有沙ちゃん、カラオケ店の裏で一人で泣いていたからさ、理子がここは危ないからってとりあえず近くの公園に連れて行ったんだ。それから落ち着かせて何があったのか話を聞いたんだけどさ」

 ここで日暮は言葉を切り、僕をじっと見つめる。

「有沙ちゃん、自分がお前に不快な思いをさせたの一点張りでさ、とにかく自分が悪かったって言うんだよ。でもだったら有沙ちゃんが小動物みたいに震えながら泣いている理由にならないと思ったからさ、理子が主観抜きで事実だけ話せって言ったんだ。それを聞いたらさ……」

 日暮は頬をかきながら言い淀む。

「その、なんて言うか……。別にお前が悪いっていう訳じゃないんだけど、 正直俺は有沙ちゃんに非があるようには思えなかったんだ」

 日暮はそう言葉を紡いだ。

僕だって別に自分が正しいことをしたとは思っていない。ただあの時は、あれ以上まどろっこしいやり取りをしたくなかっただけだ。

「でも俺、お前が意味もなく迫る奴だとも思ってないからさ。それに有沙ちゃんの話をよく聞くと、どうもお前は彼女がそうすることを望んでいたみたいに思っているような気がしたんだよな。実際、今話してみて確信に変わったんだけどさ」

 日暮は僕の様子を見てさらに続けた。

「もし俺と理子がお前達を二人きりにしたことでそう思い込ませてしまったんだったら、誤解だからさ、解いておかないといけないって思ったんだ。有沙ちゃんのためにもお前のためにも。だから有沙ちゃんに頼まれたとかそんなんじゃないだよ」

 長々とした日暮の回想話はここで終わった。要は津田理子に彼女から電話が掛かってきたから駆けつけた。そして彼女の話を聞いたら、僕が勘違いしているんじゃないかと思った。だから話し掛けた。

 それだけの話を延々と聞かされただけだ。だが引っ掛かる点が別にある。

「ふーん。じゃあ昨日の合コンで集まったメンバーは偶然なのかい?あと、カラオケの部屋割りを決めるくじ引きも全部偶然だったって言うのかい?」

 僕はせせら笑う。どのみち仕組んでいた箇所があったことに変わりはないのだ。

「あーお前、気づいていたのか……」

 あれだけあからさまだったら気づかないわけがない。

「わかった、正直に言う。確かにメンバーは俺と理子とで仕組んだよ。それぞれが片想いの相手と何かきっかけが掴めるようにさ。ちょうど綺麗にメンバーが組めるって思ったし。でもお前を呼んだのは有沙ちゃんのためじゃないぞ」

 日暮はわざわざ彼女は関係ないことを念押した。

「メンバーの中でお前によく話し掛けていた子がいただろう。お前の右隣に座っていた奴はその子に好意を持っていたんだ。それでそいつとその子も引き合わそうと計画して誘ったんだけど、その子、お前がいたら行くって言うもんだからさ、お前を誘ったんだ。別にお前があの子とくっつくとは到底思わなかったしさ。そしてそのさらに数合わせとしてさ、理子の友達であった有沙ちゃんを誘ったんだ。お前達、かなり面識あるしさ、俺的にぴったりだと思ったんだ」

「……」

 僕は無言でいた。

「ちなみにくじの方も俺が仕組んだ。みんなが納得する形でさらにチャンスをあげられるようにグループ分けをするには、くじが一番だったからさ。お前達を俺達と一緒にしたのはさ、お前に気がある子をお前と近づけるわけにいかなかったし、俺も理子に気がある奴を理子に近づけるわけにはいかなかったんだよ」

 日暮はそう弁明し終えた。

「へえ、そういうことだったんだ」

「有沙ちゃんが無関係だってこと、これでわかってくれたか?」

「……わかったよ」

 もともと彼女が仕組んでいようが仕組んでいなかろうがどうでもよかったから、僕は頷いておいた。でも、異常なまでに彼女を擁護するところが気にかかった。

「どうしてそこまで彼女に肩入れするんだい?」

 僕は彼に尋ねてみた。

「そりゃあ理子の友達ってこともあるけど、何よりも有沙ちゃんがいい子だからだよ。本当、純真で擦れたところがなくてさ。だからさ、お前に誤解させたままにはしたくなかったんだ」

 日暮はそう答えた。

「あ、そう」

「訊いてきたわりには淡白な反応だな。お前らしいけど。まあお前の誤解が解けたなら話は終わりだ」

 僕と日暮は席を立った。

 その時彼の携帯が鳴った。彼が液晶画面を覗きに始めたことからメールがきたのだろう。

 日暮には友達が多い。色々なやり取りがあるのだろう。

 僕はそんな彼を横目に立ち去ろうとする。彼の話はもう終わったのだから構わないだろう。

「ちょっと待った。お前、次講義どこ?」

「僕は次、休みだよ」

 呼び止められたので、僕は答えた。大学では一人一人時間割が違うから、こう訊かれることはよくあることだ。講義だって取り方によっては毎時間あるとは限らない。

「お前、講義がない時はどこにいるんだ?」

「図書館」

 もちろん大学内のだ。勉強したり本を読んだりするのに一番最適な場所だからである。

 別にここのようにテーブルと椅子がある場所でも可能だが、周囲の雑談する声がうるさくてたまらない。

 静かさも求めるのならば、図書館しかない。

「いいな。俺は次、隣の棟に行かないといけないんだ。面倒くせーよな」

 日暮はそうぼやきながら、メールの返信を打っていた。そして、送信し終えたのか携帯を閉じると

「じゃあ、そろそろ時間がヤバいから行くわ。またな、我がノー友」

と手を挙げ別れを告げた。

「またね」

 僕もおざなりに返すと歩き出した。









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