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高校生編



 出来上がった歌詞を眺めてみる。

 悪くない。

 小さく頷き、大学ノートから破ると小気味良い音が耳に響く。紙のちぎれる音は心地よく、好きだった。

 出来上がった歌詞を片手に持ち、もう一度一行目に視線を落とすと『夏のはじまり』と書かれている。そこから始まる青臭い文章に恥ずかしい気持ちがどこからか沸き起こるが、振り払うようにポケットから携帯を取り出し、メンバーに「恥ずかしい思い出ができた」とメールを作成し、送りつけた。1分も経たないうちにユーヤから「屋上集合!」とメンバー全員に一括で送り返された。


「屋上でこれを公開? 公開処刑もいいとこだろ」


 思わず、言葉をこぼしたが、歌詞を片手に屋上へ向かおうと椅子から立ち上がっている自分に苦笑する。なんだかんだ言って、見てもらいたいんだろ、と内なる自分が嫌味を言ってきそうだ。嫌になるね、まったく。



 ◇ ◇ ◇



 屋上の扉をあけるとすでに全員がそろって突っ立っていた。


「珍しく早いな」


 俺の嫌味に動じることもなく、ユーヤは無言で手を伸ばしてきたので、おとなしく出来上がった歌詞をに手渡す。

 それまでおとなしく突っ立っていた他のメンバーがデカイ図体や細身だが骨張った身体を器用に密着させ、覆いかぶさるように歌詞を覗き込んだ。

 その異様な光景に驚いていると遠くの方で予鈴が鳴った。


「チャイムってなかなかいい音で響くよな」


 手持ち無沙汰となった俺は、誰に言うでもなくそう零すと、ハルトが律儀に顔をあげ「俺もそう思うよ」と同意し、また視線を落とした。



「いいじゃん」


 最初に感想を述べたのは、マサカズだった。一言だけだったが、俺には十分すぎるほど嬉しく「ありがとう!」と柄にもなくテンションをあげて返答した。


「ああ。悪くないな。ライブはこのオリジナルとカバーを何曲か歌うか」

「カバーって?」

「別になんでもいいけど」

「じゃあ、ペンギンがいいな」


 青臭い歌をあんなに透き通る声で歌えたら。どうせ、この歌詞だって恥ずかしいんだ。ペンギンみたいな青臭い歌を歌っても許される気がした。


「好きだねー。ま、歌うとしたらペンギンだろうなとは思ってたけど」


 ユーヤはいやらしい笑みを浮かべてから手をパチンと鳴らした。


「そうと決まれば練習だ!」


 やはり、仕切るのはコイツなのか。不満を言葉にできる雰囲気でもなかったので仕方なく込み込み、代わりにため息を吐き出す。


「練習って、どこで? ここにドラムはないんだけど」


 アラタも納得がいかないのか、珍しく本能のままに不機嫌な声を響かせた。


「音楽室は? 授業だってあってないようなもんだろ。選択科目な上に受講できるのは一年の夏休み登校時のみだなんて、ふざけすぎだろ」


 俺たちの通う高校は、それなりに名の通った名門校で、中でも学力に力をいれていることが親からの支持を得ている。それに応えるように、学校側は大学受験への圧力を強くし、カリキュラムは体育、音楽といった副教科が異様に少ない上、割り当てられる時期が長期休みがメインと生徒には不満の溜まるカリキュラムになっている。


「音楽室か。先生に許可をもらわないとだめだな。機材を移動してもいいとなればベストなんだけどな」


 ハルトは考えがまとまっていないのか、ブツブツと発言にも満たない音を漏らした。


「とにかく、駄目元で聞いてみよう。音楽担当って常勤だっけ?」


 ハルトが知っていそうなので、ハルトに視線を向けて尋ねたが、その隣の鬱陶しいピエロが「桜川 圭、28歳独身。3年前に赴任してきて女子生徒の人気を掻っ攫ったスカしたヤな男」と息継ぎなしにスラスラと紡ぎ、やっと息を吸い込んだと思えば、止まることなくまた口を開けた。


「性格と性に癖をもっている。性癖に関しては、」

「いや、それはいいから」


 つっこまずにはいられなかった。つっこんでしまった後、なんだかユーヤの思い通りの行動をとってしまったように感じ、俺は激しく後悔した。


「これからが面白いのに」


 にやにやとだらしなく口元を緩めるユーヤを眺めながら、こいつはいったい、どうやってそんな馬鹿馬鹿しい情報を入手しているのだろう、という疑問が頭をよぎった。


「そんなこと、どーでもいいから。早く音楽室行こうよ」


 未だに機嫌が治らないのか、アラタは不機嫌そうに眉をひそめていた。


「…さっきチャイム鳴っただろうが。あれは休み時間への至福の鐘の音じゃねーぞ。今から試練開始、の合図の音だよ、ばーか」


 ユーヤから歌詞を書いた紙を奪い取ったハルトはもう一度「馬鹿ばっかりだな」と悪態をついたが、口元は不自然に緩んでいた。その姿がいつも澄ましているハルトから想像もつかないほど、年相応の可愛らしさをみせつけたので、目を奪われた。


「そうやってれば、格好良さに磨きがかかるのに」


 嫌味ではなく本心で言ったのだが、マサカズがゲラゲラと下品に笑い声を響かせ、途切れ途切れに「それは、嫌味、なの?」とこぼした。



 ◇ ◇ ◇



 結局、昼休みになってから音楽室へ向かった。授業の間の休み時間では交渉には短すぎるし、放課後まで待てないという意見をまとめ、間を取ると昼休みが妥当だった。

 昼休みまで音楽教師は音楽室に滞在しているか謎だったが、音楽好きなら音楽室に篭る、というマサカズの意見に従った。


 音楽室に入ると、大きなグランドピアノの前に男性が一人座っていた。その佇まいから男前であることは感じ取れ、この人が桜川 圭か、と観察する。

 交渉するのはハルトだろうな、とぼんやり考えていたが、先陣をきって入室したユーヤが「ちょっといい?」と馴れ馴れしく声をかけたので、俺たち全員が天を仰ぎたくなった。


 そうだよ。こいつがおとなしく、黙って見守るなんて想像つかないんだ。

 交渉能力は甚だ疑問だが、仕方なくことの成り行きを見守ることにした。


「今じゃないとだめなの?」


 グランドピアノから目線をそらすことなく、気だるそうに言い放った。その雰囲気から、ユーヤがこの男をイヤな男だと見解するのもあながち間違いではないのかもしれない。

 漂うオーラから色香が垂れ流し状態で良い男といった風貌だが、それが鼻に付く厭らしさを持っている男だった。でも、それが不思議だった。こんな堅苦しい学校にこんな型破りな教師がいていいのか、と。


「ドラムを貸してほしいんだけど」

「い、や、だ」


 桜川はこちらに顔を向け、人の良さそうな笑顔を貼り付けて、はっきりと言い放った。表情だけ見れば、害のない好青年であるのに、上品にちょこんとのった唇からは悪意の含んだ言葉しか出てこない。なぜそこまで頑なに嫌がるのか不思議に感じるほどの拒絶反応だった。


「志間に貸すのはなんか癪だし。ここで貸しを一つ作ってもいいけど、お前は平然と忘れるからなー。何の意味もないよ」


 言い切られた台詞に何の反論もできなかった。それは100%言い切れる事実だからだ。


「ドラムはユーヤじゃなくて、俺が使うんですけど」

「中村が? だったらいいよ。練習時間は決まってるの?」


 あっさりと快諾した桜川にユーヤが不満をぶつけたのは言うまでもない。


「できれば、授業もかっ飛ばして練習したいんですけどー」


 マサカズがだらしなく語尾を伸ばして懇願する。桜川の前まで詰め寄っていたユーヤがわざわざ振り返り、マサカズに視線を投じて「ぶりっ子すんな。気持ち悪い」と言い捨て、また桜川に嫌味とわけのわからない屁理屈を並べ始めた。


「授業に出ろとまでは言わないけど、流石に君たちの青春に僕の首をかけたくないからね。放課後と昼休み、それに早朝も使っていいよ。それでなんとかして」

「早朝なんて音が漏れて苦情になりませんか?」


 ハルトの礼儀正しい言葉が心地よく響く。


「大丈夫。ここ一応防音だから。早朝の方がみつかることはそうないから存分に練習できるよ」

「遠慮なく使わせてもらいます」

「どうぞ、どうぞ。あと、放課後は僕も見学にきてもいい?」


 目の前でユーヤが未だに何か言っていたが、桜川の発言を聞きすかさず「却下!」と叫んだがハルトは無視して「別に構いません」と答えた。

 ユーヤはやっと諦めたのか、大袈裟にため息を吐き捨ててから振り返り「さ、はじめようか」と何事もなかったように仕切り直した。



 ◇ ◇ ◇



 それから、早朝、昼休み、放課後にオリジナルとペンギンのアレンジに日々を費やした。授業はまともに出ず、屋上でアレンジの話し合いをしたり、朝が早いため机の上でうたた寝したりと音楽に溺れ死ぬような、そんな日々を過ごし、生きがいと輝きを感じていた。

 これさえあれば、俺たちは無敵だ。勉強にヒーヒー言ってる周りの奴が馬鹿らしく見えた。


 夏休みまであと僅か。セミの鳴き声が右からも左からも聞こえてきていた。




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