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高校生編




 俺たちが仲良くなるのに時間はかからなかった。それは、偶然か必然かと聞かれれば必然だったように感じる。




「タカシってさ、歌わないと死ぬってホント?」


 言い出した張本人に視線を投げかけると相変わらずのニヤニヤ顏をみせるだけで何も言ってこないので仕方なくため息を吐き出し、マサカズへ視線を戻した。


「べつに。そんな風に考えたことはないけど」


 でも、と続けそうになって辞めた。

 あのニヤケ顏に同意するのは癪だった。


「強がんなよ。今にも死にそうな声で歌ってたくせに」


 思わず笑ってしまった、といったユーヤの仕草にもう怒りは湧かない。

 もう、どうでもいいよ。


「でも今は歌えるんだろ? だったら俺は別に死のうが、おかしくなろうが、どうでもいいよ」


 半ば投げ捨てるように言い放つと、一瞬空気が止まるように反応が途切れる。

 蝉たちが思い出したかのようにわんわんと鳴き声を披露したので、我に返る。


「俺、タカシのこと本当に好きだ」

「悪いけどそういう趣味はないよ」


 黒い瞳を潤わせたマサカズに申し訳なく思いながら断ると爆笑された。


「それは残念だなぁ」


 残念だなんて思ってもいないような声音が屋上に響いた。




 ◇ ◇ ◇




「ボーカルも加わったことだし。ここはいっちょ、かましてやるか」


 屋上でダラダラと寝転がっていると突然立ち上がり宣言した。それは嫌な予感しか感じられない。他のメンバーもそう感じたのか、なんの反応も見せず、ただ黙っていた。


「なぁー」


 俺に標準を合わせたユーヤが、キラキラとした表情でこちらを覗き込んできた。その様子を見ていたマサカズが「始まったよ」とため息とともに漏らす。俺だって同様だ。


「聞きたくない」


 素直に感情を言葉に乗せてみたものの、ユーヤは気にする様子を微塵も見せず、口を開ける。


「そう言うなって。すげぇの思いついたんだ」

「お前のすげぇはすごくない。ただの面倒事なんだよ」

「ライブしようぜ!」


 俺の台詞も構わず、声高に宣言するユーヤ。

 その宣言に馬鹿みたいに心奪われた残りの四人はポカンと口を開けていた。そのまま心臓を吐き出すことができれば、そいつは掌で華麗なステップを踏むかのごとく綺麗にリズムよく跳ねるだろう。そしてそのままお陀仏だ。


「ほら、心踊るだろ? だろ?」

「…どこでするんだよ、どこで」


 いち早く反応したのはハルトだった。こういうしっかりした所がかわれ、暗黙の了解でリーダーとなっている。それが、いいことなのか、悪いことなのかも暗黙の了解で黙殺されている。


「そういうことはお前が決めろよ。俺たちは新曲の練習するからさ」

「新曲?」

「あぁ。さっき思いついたんだ。まだアレンジが出来上がってないけど」


 そういうと隣にあったギターケースからギターを取り出す。


「one,two,」


 ピックでコツコツとリズムをとる姿は同性の俺から見ても男前だった。


 暑苦しい夏の真ん中で優しい音色が響く。その音色が空へと吸い込まれてしまう前に言葉を重ねる。

 無意識のうちに。




「タカシって聞きようによっては煩いっていうか、騒音だよな」


 歌い終わり気持ちの良い俺は機嫌が良かった。それに、歌うことの喜びが爆発すると、時として声量の調整がうまくいかない。そんなこと言われなくとも知っていた。


「ユーヤの言葉はいつも胡散臭いよね」


 俺の代わりに言い返したのは、童顔で可愛らしいマサカズ。いまだって心なしか瞳が潤っているように見える。


「煩いよ、チワワ」

「ペテン師と犬は黙ってろよ。せっかく、余韻に浸ってたっていうのに」


 ハルトの怒声を聞いても黙らず「ペテン師って酷くない?」と相変わらず減らず口を叩くユーヤにどうしようもないな、と呆れるが、声には出さない。

 代わりにアラタに声をかけた。


「ドラムはうまくアレンジできそう?」

「うん。なんか歌い出しまでの所、盛り上がりに欠けるからそこを強めにいくよ。…ユーヤ、これ歌詞あるの?」

「ないよ。それはタカシ担当でしょ」


 そんな話初めてきいたけど?


「ライブは学校でやりたいな…」


 ポツリとこぼしたマサカズの言葉に、ハルトが反応する。


「それは無理だろ。こんな頭硬い連中にわかる音じゃない」


 それでも。

 この音楽を聞けば、大人たちにも響くと思っていた。


「ハルト。だったら、わかんないように演奏しよう」


 言い出したのは俺だった。

 あの暑苦しい気温の中、馬鹿みたいに屋上でこぼしたんだ。

 憎たらしいほど青く澄んだ空だとか、白くて存在感のある入道雲であったりとか、そんな背景で俺は馬鹿みたいにこぼしたんだ。




 ◇ ◇ ◇




「そもそもライブなんてやったことあんのかよ。いや、それよりも。今まで練習はどうしてたんだよ」

「…自主練?」

「素人じゃねーか!」


 項垂れる頭をあげさせたのは、ハルトの一言だった。


「でも、今はできる」


 そうだよ。

 今はできるんだ。練習だって今からできるんだ。それに、歌う場所があるってだけでも最高じゃねーか。


「ライブって、どこでやるのー?」

「屋上かプールサイドなんてどうだ?」


 ハルトは抑揚のない声で言い放つ。透き通るその声はすぐに青空へと吸い込まれ反応ができずにいたが、ユーヤのいやらしい笑い声が響き、時は動き出した。


「それはいい!」


 両手を広げ、青春よろしく天を仰ぐ姿は他の奴がやれば寒くてどうしようもないはずの仕草が、ユーヤがやると決まる。それがどうしようもなく苛立つ。


「プールサイドって、音が職員室に漏れるでしょ」


 アラタはやる気のない声で反論しているが、手元はリズムを刻みやる気を垣間見せる。


「前日の夜にプールサイドのフェンスにちょっとした仕掛けをして、姿を見えないようにするつもりだが、音は漏れるだろうな。でも、漏れなかったらただの練習とそう変わらないだろ。…屋上はどうだ?」

「屋上から僕たちの声、届くかな?」


 マサカズは黒目がちの瞳を潤ませて不安そうに聞く。その姿は女にもてるんだろうけど、男しかいないこの空間には鬱陶しいの一言で片づけられる。


「甘えた声を出すな。鬱陶しい奴だな」

「ユーヤに言われたくないんですけど」


 下唇をぬっと前に突き出す仕草も可愛らしいがユーヤを前にすると「やめろ、気持ち悪い」と一蹴されていた。


「屋上かプールサイド、ねぇ。どっちも捨てがたいな」

「もう両方でやろうぜ」


 マサカズとの言い合いに飽きたのか、マサカズそっちのけで宣言した。それには賛成だった。


「とりあえず、知ってもらうためにプールサイドで演ってみるか」

「プールサイドが俺たちのステージだなんて」


 なんだか自分たちに酔っていると思われそうだな、と思うとついつい苦笑を浮かべてしまう。


「最高だろ?」

「ソーデスネ」

「俺は準備に取り掛かるから、お前らは練習しとけよ」


 かっこよく言い放つハルトに「任せたー」と思い思いに声をかける。その言葉を受け止めてからハルトは屋上を後にした。


 それからハルトは準備に忙しいのか、屋上に寄り付かなくなった。どんな風にプールを囲い、ステージを作り上げるのか気にはなったが、そんなことより俺には使命、というには大袈裟か。宿題、が課せられていたのでそれどころではなかった。

 勿論、歌詞だ。


「タカシー。歌詞できた?」


 無邪気な表情を貼り付けたマサカズが教室まで様子をみにきた。マサカズと同じクラスのユーヤまでついて来る有様だったので、そんなに心配なら代わってくれ、という一言が口の一歩手前まで出かかったが、飲み込む。


「いや、まだ」


 曲調からイメージはなんとなく掴めている。それを言葉にするのは、なんだか気恥ずかしくもあり、畏れ多い。


「何だよ、照れてんのか?」


 ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべる選手権みたいなものがあればこいつはダントツ一位だろうな。


「タカシ。こういうのは照れれば照れる程クサイ歌詞になるんだよ? 割り切りが大事だよ」


 マサカズは大袈裟に頷いてみせてから「それに、誰もが通る道だから」と言って肩に手を置いた。


「ま、俺は通っていないがな」

「ユーヤは気づいてないだけ」


 自信過剰なユーヤを背後でから嘲笑うかのようにチャイムが鳴った。

 いそいそと戻って行く二人を見つめた後、視線を窓の外へ移した。そこには、青空と白い入道雲、蝉の鳴き声、太陽の光が溢れていた。


「夏のはじまり、か」


 駆け出したくなる疾走感。胸をつく躍動感。どれも夏にもってこいの音色だった。

 安いB級映画のようだが、俺たちにはお似合いな気がした。

 そうだな。書き始めは、屋上での虚無感、なんてどうだろう。

 思わず口元を緩め、手近にあった大学ノートへ書き込む。

 夏のはじまり、屋上、仲間、学校。

 書きたいことは次々と浮かんでは消え、恥ずかしさと戦いながらなんとか一曲書き上げた。


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