魔法を何かも知らない姉弟の旅立ち
記念すべき初投稿です。宜しくお願いいたします。
山の恵みが多く、年間を通じて穏やかな気候のスカーラ。
その山間の村で一つの家族が夕飯を囲んでいた。
「お姉ちゃん、貧乏って嫌だね……」
7歳になるミカエルの声は沈んでいた。
くすんだ金色の髪まで、どこかしょんぼりして見える。
「そうね……」
12歳になる姉のリオネはそう答えながら、食卓に目を落とした。
根菜がほんの少しだけ入った、塩をひとつまみ加えただけの薄いスープ。
それに浸して食べないと歯が欠けそうな黒パン。
父も母も、自然と表情が暗くなっている。
「まあまあ、明日は市の日でしょ?私にまかせて!
お母さんの刺繍も、お父さんの置物も、ぜんぶ見事に売ってくるから!」
リオネはいつもより明るい声を出し、家族を励ました。
「明日は市なんだ!僕の石も出してね!荷物運びもするよ!」
ミカエルがぱっと顔を輝かせる。
「リオネは本当に頼りになるわね。
私たちは農作業があるから行けないけど、気をつけてね」
両親が優しく微笑んだ。
「任せておいて!」
リオネは黒パンをよく噛みしめて飲み込んだ。
しかし二人は知らなった。
明日、市で二人の運命を変える大きな出会いがあることを。
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次の日。
市の開催にはうってつけの快晴だった。
リオネとミカエルは、いつもよりずっと早起きして市へ向かった。
まっすぐ伸びる通りの中で、人目につきやすい場所を確保する.
母の大きな刺繍がよく見えるように旗のように掲げ、
父の木彫りの置物の中でもとっておきを並べた。
その置物の手には、ミカエルが磨いて穴を開けた色とりどりの石のブレスレットをかける。
リオネは長いくすんだ金髪を高めのつぶれたお団子にまとめ、キャスケットをきっちりとかぶった。
シャツにズボンという格好も相まって、ぱっと見は完全に男の子だ。
(女だと馬鹿にされることも多いしね……)
念のため、市の日は性別がわからないようにしているのだ。
やがて時間が経ち、通りには人が集まり始めた。
リオネは他の店の邪魔にならないよう気を配りつつ、しかしよく通る声で商品を売り込む。
「今日も一期一会の品をたっぷり揃えてます!
家に華やかさをプラス、自分には装飾品でプラス、
生活を彩る品々、ぜひ見ていってください!」
リオネの声に引き寄せられるように、客が足を止めた。
「あ、お姉さん、今日のワンピースも素敵だね。
白に合わせた石でネックレスはどうかな?
好きな石を好きな紐に通して、自分だけのネックレスが作れるよ!」
「ちょっと首元が寂しいかなって思ってたのよね……」
すかさずミカエルがぴょこんと顔を出す。
「白のワンピースなら何でも合いますよ!
ピンクは恋愛、青はやる気、緑は安らぎ……気持ちを込めて作ってます!」
「んー、じゃあ……ピンクでお願いしようかな」
女性が買う気になったのがわかり、
リオネとミカエルの笑顔がぱっと弾けた。
「ピンクの石ですね。どれにしましょう?」
リオネが何個かの石を取り出す。
その途端石たちが嬉しそうに動き、小さな光を放ったが、
それに気づく人はいなかった。
それを皮切りに、次々と客が声をかけてくる。
「テーブルクロスにはどれがいいかしら……」
「テーブルの大きさはどれくらいですか?」
「玄関がさみしい感じがして」
「こちらの置物は幸運を願って作ってます」
商品は続々と売れていき、
リオネもミカエルも丁寧にさばいていった。
そんな二人をよそに、遠くで黒いローブの人物が
ウロウロと周りを見ながら歩き回っていた。
しかし、売るのに必死の二人は全く気付いていなかった。
「お、お姉ちゃん、完売だよ……!」
「よく頑張ったわね、私たち!」
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このあと二人は、今日の売り上げで少し豪華な買い物をして、両親の待つ家へ帰るつもりだった。
「よっこいしょ」
敷いていたマットや荷物を背負い、塩漬けの豚肉や新鮮な野菜、そして少し贅沢をして買ったチーズを抱えて、二人は家へ向かって歩き始めた。
商品の売れ行きが良かったので、まだ明るいうちに帰れそうだ。二人の足取りは自然と軽くなる。
その時だった。
ガタンッという物音と、「うっ……」といううめき声が、建物と建物の隙間――
奥が見えない暗がりから聞こえてきた。
「え、な、なに……?」
ミカエルが驚いてそちらを見る。
大きな音はそれきりだが、うめき声のようなものがかすかに続いている。
「お、お姉ちゃん、どうしよう……」
「うーん、気づかないふりをしたいけど……」
しかし、このまま無視して帰るのも後味が悪い。
リオネは、いざとなれば鞄を投げて応戦するつもりで、そろそろと暗闇へ近づいていった。
「ネズミいそう……変な虫いそう……」
「ミカエル、嫌なことばっか言わないで」
ミカエルはリオネの服を後ろからぎゅっとつかみ、声を震わせている。
カタン……
二人の肩が同時にビクッと跳ねた。
音のした方へ視線を向けると、黒い布のようなものが目に入る。
「え……男の子……?」
リオネが見つけたのは、焼け焦げたローブをまとった、ミカエルと同じくらいの年の少年だった。
両腕は焦げて皮膚に貼りつき、そこから嫌な臭いが漂っている。
ひどい火傷を負っているのが一目でわかった。
「お、お姉ちゃん、どどど、どうするの……?」
「どうすると聞かれても……」
二人が混乱していると、来た道とは反対側から、ローブを深くかぶった人影がふらふらと近づいてきた。
だが、その足取りとは裏腹に、明らかな敵意がこちらに向けられている。
手には赤黒く光るナイフ。
ローブの首元には龍のような生き物が描かれた紋章が入っていた。
ミカエルは完全にパニックに陥り、声にならない声を上げた。
「お、お、おね、!!!!!」
リオネも、鞄を投げてどうにかなる相手ではないと悟り、必死に頭を回転させる。
少年は火傷がひどくて動けそうにない。
二人で抱えて逃げるのも無理だ。
進退窮まったその瞬間、リオネは鞄の中の物を片っ端から投げつける決意をした。
念のために持っていたミカエルの未加工の石を手のひらいっぱいに掴み、
無我夢中で不審者へ投げつける。
「こっちに来ないでー!! あっち行ってーー!!」
リオネの投げた石のうち、赤い石が不審者に当たった瞬間、ボッと火が上がった。
「!!!」
相手も驚いたのか、ナイフを取り落とす。
続いて黄色い石が当たると、雷のような光がバチバチと弾け、不審者の手足が震えだした。
リオネは恐怖のあまり、相手をまともに見ずに次々と投げ続ける。
父が面白半分で作った龍のチェス駒までポンポン投げた。
ミカエルとリオネは恐慌状態で、龍の駒が不審者に当たった瞬間、
色づいて噛みついたことに気づいていない。
ただ、うずくまっていた少年だけが、その光景を目を見開いて見ていた。
あまりにも予想外のことが続いたのだろう。
不審者はローブを脱ぎ捨て、足早に姿を消した。
「あ、あれ……? いなくなった……?」
おそるおそる辺りを見回したリオネは、不審者が消えていることに気づいた。
ミカエルも、しわくちゃになるほど握っていたリオネの服をようやく離す。
「あ……本当だ。あ、男の子は大丈夫?」
二人はハッとして少年に駆け寄った。
「あなた、大丈夫?」
「……大丈夫そうに……見えるか?」
ローブは溶けて皮膚に貼りつき、肉が露出している部分もある。
二人が今まで見たことのない惨状だった。
少年も痛みに耐えきれず、丸まって震えている。
「お姉ちゃん、どうしたら……」
「とりあえず冷やさないと」
(確か直接水をかけちゃいけないんだっけ……?
使ってない布巾があったはず)
リオネは、母が「リオネはベリーが好きだから」と
刺繍してくれた布巾を少年の腕にかけ、
帰りのために汲んでいた飲み水を少しずつ布巾に染み込ませていく。
「いっ……!!」
少年は目をぎゅっと閉じ、痛みに耐えた。
ミカエルは心配そうに少年の肩に手を添え、身体を支える。
水を使い切ると、リオネは次にどうするか考えた。
「このあたりにお医者さまっていたかしら?」
「市の周りでは見てないなぁ……」
二人の会話を聞きながら、少年は自分の腕に違和感を覚えた。
濡れた布巾をそっとめくる。
「あ、だめよ! 布巾を取っちゃ――」
リオネが止めようとしたが、少年はためらわず布巾を外した。
火傷の部分に、ピンク色の新しい皮膚が膜のように張っている。
出血も止まっていた。
「……あなた、人間よね……?」
リオネが思わずつぶやくと、
「俺に……何をしたんだ……?!」
少年も混乱した声を上げた。
三人の間に沈黙が落ちる。
「とりあえず、家に帰ろう。君はどうする?
あいつら、まだ追ってくるの?」
「だろうね。よっぽど俺のことが気に食わないみたいだから」
「どこか守ってくれそうな人とかいるの?」
「……」
少年は黙り込む。
ミカエルは不安げにリオネを見上げた。
「うちに来たって、あんな変なのがいっぱい来たらどうにもならないわよ」
「でもかわいそうだよ。こっそり連れて行ってあげようよ。
火傷もまだ治ってないんだしさ」
「うーむ……」
リオネは弟と同じ年頃の少年を見て、一瞬迷った。
だが、ここで見捨てるのはどうしても気が引けた。
「わかった。とりあえず私の服を貸すから着替えて。
念のためワンピースも持ってきておいてよかったわ。
それでいいかしら?」
「……迷惑かけて悪い」
「私はリオネで、この子がミカエル。あなたの名前は?」
「……ギース」
「ギースね。よろしく」
着替え終えると、リオネたちはようやくはギースの顔を
正面から見ることができた。
(汚れてるけど、銀髪…?珍しいわね
しかもローブに紋章が…さっきの変なのと同じ…?)
瞳の色も赤に近い。
リオネはギースにキャスケットをかぶせ、
三人は足早に村へ向かって歩き出した。
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ギースは、とりあえず追手が去ったことにほっとしていた。
自分ひとりだったら、到底追い払うことなどできなかっただろう。
度重なる攻撃で魔力を失い、こんな姿になってしまっているのだから。
(変な二人だ……一体どうなってるんだ……)
見た目はどこにでもいそうな姉弟。
少しお人よしすぎるくらいだ。
(しかも二人とも、魔法が発動したことに気づいてないみたいだし)
ギースが悶々と考えていると、家が近づいてきた。
(……結界が張られてる?! こんな辺鄙な村の家に?)
家全体から魔力が感じられる。
だが、ギースが今まで触れてきた悪意ある魔力とは違い、
どこか温かみのある魔力だった。
(全くわからん……家の前に龍の置物?もあるが…)
ギースは考えるのを放棄した。
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「二人ともお帰り! 売れ行きはどうだった?」
「あー、完売したわよ! さすが我が家の商品たち!」
リオネはどう切り出すべきか迷いながらドアを開けたが、
その隙にミカエルがギースの手を引いて家に入ってきた。
「お父さん、お母さん、この子が街で火傷してて……
疲れてるみたいだったから、家に招待したんだ。……ダメかな?」
突然の来客に両親は驚いたが、
「今日は二人がお買い物してきてくれたし、お客さまをおもてなしできるわね」
と、母がにっこり笑った。
その日の夕飯は、昨晩とは打って変わって一気に豪華になった。
パンは柔らかく、その上には新鮮な野菜、とろりとしたチーズ、薄切りの塩豚がのっている。
塩豚はスープにも使われ、昨日の薄味が嘘のような濃厚な味わいになっていた。
「「「「「いただきます!」」」」」
五人が一斉に食べ始める。
特に子どもたちは、あまりの美味しさに目をぎゅっと閉じて味わっていた。
「おいひい……ほんとうにおいしい……
生きてるって幸せ……」
ミカエルがとろけるような声でつぶやく。
「ギースは食べられそう? 口の中とか、怪我してない?」
「いや、大丈夫。久しぶりにまともな食事で……ありがたい」
ミカエルと同じ年頃に見えるのに、ギースの話し方はどこか大人びている。
(とりあえず、お腹いっぱいにならないと元気も出ないしね)
リオネは、もりもり食べるギースを温かい目で見守った。
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次の日になり、また日常が戻ってきた。
両親は畑へ出かけ、リオネは家のことをこなし、
ミカエルはその手伝いをしつつ、近くの川や山で綺麗な石を探す。
ギースの腕の火傷は、さらに回復していた。
肌の色にまだ差はあるものの、ひきつる様子もなく、痛みもほとんどない。
「ギースも一緒に石を見に行く?」
「……隠しておいたほうがいい場所なんじゃないのか?」
「そんな隠すほどのものでもないよー。
お姉ちゃーん! ギースと石見てくるねー!」
「はーい! 気をつけてね。お昼までに戻ってくるのよー」
「はーい!」
ミカエルとギースは袋と、いらなくなった布をベルトに下げて川へ向かった。
「……今さらだが、子どもだけで川に来ていいのか?」
「前はお父さんと来てたけど、もう慣れてきたからね。川に入るわけじゃないし。
あ、着いたよ」
着いたのは、なんの変哲もない川辺だった。
どの石も川の流れで丸くなっているが、特に綺麗なものは見当たらない。
「おー、あったあった」
ミカエルはしゃがみ込み、ひょいと一つの石を拾い上げた。
「最近、真っ赤な石もよく売れるんだよね」
ギースがのぞき込むと、手のひらに乗る茶色い石の裏側に、
真っ赤な地に白い縞が入った石が隠れていた。
(…これは魔石では?)
「きれいだな……どうやって見つけたんだ?」
「磨くともっと綺麗になるよ。適当に見てたら見つかるよ」
(…適当に?一般的に数日探して取れるかどうかなんだが…)
その後もミカエルは、黒い石の中に透き通る黄緑色の石が入ったものや、
白い石の中に透明な石が入ったものを次々と見つけていく。
しかしギースは、その間に一つも見つけられなかった。
「僕、赤ちゃんの頃からしてるから……」
ミカエルはギースの肩に手を置き、慰めるように笑った。
「時間がある時はここで石を磨いてるんだー」
ミカエルは拾った石を手に、家の横にある作業場へギースを案内した。
「大きいのは砕いて大きさを調整するよ。力が足りないから、お父さんに手伝ってもらうけど」
ギースはミカエルの説明を聞きながら、作業場の一角に置かれた“ある物”をじっと見つめた。
「あれは……?」
「え? これ? 穴を空ける道具だよ」
ミカエルが手に取ったのは、無色透明の石がらせん状になった、手持ち部分の長いドリルだった。
(これ……どう見ても純度の高い魔石を高度に加工したものだろう…!)
「こんな道具、見たことない」
「そうなの? お父さんに“石に穴開けたい”って言ったら、くれたんだよね」
「……へぇ……」
「見ててね」
ミカエルは磨き終わった石を板と板の間に固定し、ドリルを石の上にぴたりと当てた。
手のひらで持ち手を回転させると――
数分もしないうちに、石に穴が貫通した。
「ね?」
(何が“ね?”なんだ……?!)
「早いな……」
「他の人の作業、見たことないからなー」
その時――
「ミカエル! ギース! お昼ご飯よー!」
リオネの声が作業場に響いた。
「え? ミカエルがすごい?」
「そうだ。数多の石からお目当ての石を探し当てて、ものの数分で加工する。普通じゃないだろう」
「そうなの? でも小さい頃からしてるし……ねえ」
リオネは特に気にする様子もなく、食事を続けた。
「あ! そうだ、お姉ちゃん。ギースに赤い石をあげたいんだ。お守りに。あとで紐に通してくれる?」
「いい考えね。いいわよ」
食事が終わると、リオネはギースに色とりどりの組みひもを見せた。
紐は複雑に編み込まれたり、結ばれたりしていて、どれも丁寧に作られている。
「髪が銀に近いし、光沢のある白に赤い石がかっこいいんじゃない?」
「確かにー!」
リオネは慣れた手つきで紐に石を通していく。
その瞬間――リオネの両手から、ふわりと魔力が溢れた。
ギースはそれを見逃さなかった。
(!! ……この姉弟は一体……)
「はい、できあがり。ベルトに通しておいてね」
「……ありがとう。大切にする。
……いつもこんな感じで作っているのか?」
「そうね。家族でそれぞれ得意なものを作っているというか」
魔力にまったく気づかず、のほほんとしている二人を見て、ギースは一気に脱力した。
(本当にどうなってるんだ……?!)
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その夜。
両親は近所の出産の手伝いで泊まりに出かけていた。
ミカエルの横で寝ていたギースは、家の周囲に張られた結界に揺らぎが生じたのを感じて目を覚ました。
(……もう居場所がばれたか……!)
静かに起き上がり、カーテンの隙間から外をうかがう。
(あいつらも、この家の結界に気づいているはず。どう出てくるか……)
「うわ、何人もいる」
いつの間にか起きていたミカエルが、嫌そうに顔をしかめた。
「すまない、俺のせいだ。よくわかったな」
「家の周りにも石を置いてるからね。踏むと、かすかに音がするんだよ。不審者よけなんだけど」
「ミカエル! ギース! なんか外にいる!」
リオネも音に気づいたのか、ミカエルの部屋に飛び込んできた。
「俺の魔力はまだ十分じゃない。けれど、追い返すことはできるはずだ」
「え! ギースって魔法使えるの?!」
「そういえば全然そのあたり聞いてなかったわね」
二人の呑気な反応に、ギースは思わず苦笑した。
「とりあえず、この家は結界があるから安心だと思う」
「?」
二人が同時に首をかしげるのを無視して、ギースは続けた。
「俺が出ていけば、あいつらもリオネやミカエルには手を出さないはずだ」
「危ないよ!」
「そうよ! ギースだって、あんなにぼこぼこにされてたじゃない!」
「しかし……」
その時、部屋の隅に置いてあった“今日拾った石”が目に入った。
ギースはそれを手に取って握ってみるが――
思ったほど魔力を感じられない。
「リオネ、少しこの石を持ってみてもらえないか?」
「うん……?」
リオネが石を手に取った瞬間、炎のような魔力の光がゆらゆらと立ち上った。
(すごい……)
ギースは感嘆しつつも、すぐに作戦を組み立てる。
「実は話してなかったんだが……リオネがこの前、俺を助けてくれた時に石を投げただろう?
あの石には、魔力がこめられていたんだ」
「え? 魔力??」
「俺が触っても少ししか反応しないが……
リオネが今持っている石は、明らかに炎属性の魔法が出るようになっている」
「お姉ちゃん、魔法師だったの……?!」
「いやいや、それはないでしょ」
動揺する二人に、ギースは落ち着かせるように言った。
「外にいるのは、たぶん一人が見せている分身だと思う。
本体を叩けば、他も消えるはずだ」
「お姉ちゃんに、その本体に向かって石を投げてもらうの?」
「俺がおとりになる。どれが本体か言うから、そいつに向かって投げてくれないか?」
「そんなことしたら、ギースまで燃えちゃうじゃない!」
「たぶん、俺はこれがあるから大丈夫だ」
ギースは、二人からもらったお守りにそっと触れた。
「ミカエルは、もしもの時のために、赤い石を俺に何個かくれるか?」
「わかった!! ギース、気をつけてね」
「ああ」
ギースは少し微笑み、安心させるようにミカエルの肩に手を置いた。
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「ようやくお出ましか。この前は酷い目にあわせてくれたなあ」
黒いローブを目深にかぶった六人が、まったく同じ声で同じ言葉を吐いた。
ギースは緊張を悟られないよう、努めて冷静に返す。
「この前のことを覚えているのに、また来たのか?
学習能力が足りないんじゃないか?」
「はっ。こそこそ隠れやがって……さっさと死んで楽になれよぅ」
六体がじりじりと距離を詰めてくる。
ギースは背中にじっとりと汗がにじむのを感じた。
六体すべてから、同じだけの魔力が放たれている。
(……まいったな。どれが本体かわからない)
ギースは手のひらにミカエルから渡された赤い石に力をこめる。
(ほんの少しの火でいい……出てくれ)
ギースは赤い石を目にも止まらぬスピードで飛ばした。
「お前じゃあ、その変な石を使いこなせないだろううぅぅ!!」
六体すべてに石はぶつかったが、小さな火がポッとついただけだった。
「ハハハハ、魔力がなかったら形無しだなあ!」
ギースは何を言われても冷静さを失わなかった。
六体の中の一体の頭に当たって火が付いたが、
五体にも同じように火がついた。
(アイツが本体だ……!!)
「リオネ!!! 正面……!!!!」
そう言った瞬間、ギースに向かって放たれた黒い霧が直撃し、吹き飛ばされる。
ギースは花壇にぶつかり、一瞬呼吸を止めた。
「「ギース!!!」」
リオネとミカエルの声が重なる。
「で、でてく……るな……」
リオネはその言葉も聞こえず、頭にカーッと血がのぼった。
「なんだ? 子どもかあ?」
「あんた、ギースになにすんのよーーーー!!!」
リオネが玄関に飾ってあった父親お手製の龍の傘立て(長い物ならなんでも立て)を持ち上げ、
正面の敵に向かって投げつけた。
「どおりゃあああああああ!!!」
傘立ては真っすぐに敵へ向かっていき――
途中、光を放って白い龍に具現化した。
「え……」
今回はリオネもミカエルも、はっきりと龍が現れるのを目にした。
白龍は口の中に光を溜め込むと、一気に敵へ向かって吐き出した。
「な、なんだ、これ……は?!」
光を全身に浴びた敵は、後ろに飛びのき、暗闇に紛れて逃げて行った。
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「ギース、大丈夫?!」
リオネが慌てて駆け寄る。
「ああ、衝撃のわりには怪我はないみたいだ。
……お守りのおかげかな?」
ギースは土を払いながら立ち上がった。
「どうなるかと思った……お姉ちゃんの火事場の馬鹿力がさく裂したね」
「ちょっとちょっと、そんな言い方しないでよ」
「ところで、その足元のなんだけど……」
「「足元?」」
ギースの言葉に、リオネとミカエルが同時に下を見る。
そこには――
子猫サイズの白龍が、「キュイィ?」と首をかしげながら二人を見上げていた。
「「……え?」」
二人は完全に固まった。
「驚いたな……力が強くて、完全に具現化したみたいだ」
ギースが信じられないといった風に緊張気味に話す。
「え? お姉ちゃん何したの?」
「元々はお父さんが彫ったんだから、お父さんが原因じゃない?」
「えー、どう考えてもお姉ちゃんのせいでしょう」
「まあ、どっちもどっちだけど……原因はリオネが大半の気がするな」
「えーー。ギースまでそんなこと言うの?」
三人がワイワイ言い合う横で、白龍は楽しそうにポテポテと歩き回っていた。
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次の日。
両親は帰ってきて、家の前が荒れているのを見て青ざめた。
「リオネ! ミカエル! ギース、大丈夫か?!」
「「あ、おかえりー」」
のんびりした返事に、両親はその場にへたり込んだ。
白龍はミカエルの頭の上に乗っているように見せかけながら、ふよふよと浮いている。
「ミカエル……その頭の上の……」
「なんかここが気に入ったみたい」
「まあ、重くないけど」とミカエルが言った。
ギースは両親とリオネ、ミカエルをじっと見つめると、
ローブに縫い付けてあった紋章と同じ絵柄のブローチを
取り出すと、皆に見えるように見せ、重い口を開いた。
「実は……僕はアルバ・ディヴィナの人間なんです」
「「アルバ・ディヴィナ……」」
両親の目が大きく見開かれた。
アルバ・ディヴィナは、スカーラの村と山を隔てて隣り合う国だ。
「その国の人って、あんまり外に出てこないって聞いたことあるけど?」
「市でも見たことないねー」
リオネとミカエルは平然としていたが、両親は国名を聞いただけで黙り込んだ。
ギースは静かに続けた。
「アルバ・ディヴィナは白龍が守る国だと言われている。
信仰心が強くて自分たちの土地から離れるのを嫌っている」
ギースは家に飾られた龍の刺繍や置物を見回した後、
両親をじっと見つめた。
「……もしかして、お二人はアルバ・ディヴィナ出身なのでは?」
両親は目を合わせ、ゆっくりとうなずいた。
「その通りだ。実は私も母さんも、アルバ・ディヴィナからスカーラに逃げてきたんだ」
「「えーー?!!」」
リオネとミカエルは声を揃えて叫んだ。
「逃げてきたって……どういうこと?」
父は深く息を吸い、語り始めた。
「……話せば長くなるが……
あの国では、王が崩御する前に“白竜のお告げ”を魔法師たちが聞く。
私たち夫婦は、そのお告げを聞く役目を与えられた“告げ人”だったんだ」
母が続ける。
「でも……白竜のお告げは、現王を指すものではなかったの。
それを知った側近たちに、私たちは“消されそう”になって……
命からがらスカーラに逃げてきたのよ」
「え……なんか難しくてよくわかんない」
ミカエルの素直すぎる言葉に、四人が同時に肩を落とした。
リオネがギースを見る。
「ギースはなんでスカーラに来たの? それに追われてるし……」
ギースは拳を握りしめた。
「……俺の父親が、次王の“告げ人”に選ばれたんだ。
だが父は、現王が望むようなお告げを言わなかった。
そのせいで幽閉され……
お告げを修正させるために、俺を捕まえて脅そうとしている」
「アルバ・ディヴィナは……変わらないのね……」
母は涙ぐみながら言った。
「私たちは逃げてから、なるべく魔力を使わないようにしてきたの。
でも……リオネもミカエルも、小さい頃から魔法の才能があって……
リオネは具現化や付与の才能、ミカエルは魔石を探す才能……
そろそろ二人にも話さなければと思っていたのよ」
ギースは決意を込めて顔を上げた。
「今回はリオネとミカエルのおかげで、本当に助かった。
もう少ししたら、俺の魔力も戻ると思う。
そしたら……アルバ・ディヴィナに戻って、父を助けたい。
それまで……滞在させてもらえますか?」
「もちろんよ、同郷ですもの。
結界を広げるわ。ここにいる間くらいはゆっくりしていって。
ね、あなた?」
「ああ、そうしよう」
ギースは深く頭を下げた。
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「僕が拾ってたのが魔石だったとは……不思議……」
「キュイーー」
ミカエルの言葉に、白龍が同意するように鳴いた。
リオネは家を囲むように、ミカエルが磨いた石を一つずつ置いていく。
「全然魔力とかわかんない……
ギース、こんなんで大丈夫なの?」
「ああ。あと一つ置いたら完成だ」
リオネが最後の石をポトリと置いた瞬間、
ギースには家の周囲――畑も森も含めて――が
結界の光に包まれるのがはっきりと見えた。
「自分で感じられないなんて不便よ……」
「勉強と練習を続けたら、いずれ見えるようになるさ」
ギースは優しく言った。
「……ギースの国に行ったら、勉強できるの?」
「一応、魔法師たちの学校もあるし、
師匠に弟子入りすることもある」
「ふーん……」
リオネは白龍と戯れるミカエルを見ながら、考え込んだ。
「ギースはあと何日くらいここにいるの?」
「二日か三日かな」
リオネはギースの言葉を聞きながら、
今置いたばかりの魔石をじっと見つめた。
「……私も一緒に行こうかしら。アルバ・ディヴィナに」
「……え……?」
「え?! お姉ちゃんが行くなら僕も行く!!」
「キュイキュイキュイー!!」
白龍まで大喜びで鳴く。
ギースは慌てて二人の前に立った。
「そう簡単に決めたら駄目だ。
俺は追われているし、どうなるかわからない。
今のままじゃ……守ってやることもできない」
(本当は二人と離れがたいが……)
ギースは言葉を飲み込んだ。
その時だった。
白龍が三人の頭上をぐるぐると旋回し始めた。
すると、細い糸のような光がふわりと降り注ぎ、三人の頭に触れた。
「おー、きれい……」
ミカエルが見上げた瞬間、
自分の手の中に何かがあることに気づいた。
それは――
正四面体の透明な石。
白龍の光と同じ輝きを放ち、
手のひらの上でキラキラと脈打っている。
同じ石が、リオネとギースの手の中にも現れていた。
「こ……これは……!!」
ギースは震える指で石を撫でた。
「綺麗だけど……何なのかしら……?」
その時、作業場にいた両親が光に気づき、
慌てて三人のもとへ駆け寄ってきた。
「どうしたんだ?!」
「お父さん! 白龍がこれをくれたんだよ!」
ミカエルが石を差し出すと、
父親は一瞬で顔色を失った。
「こ、これは……!!
ギース……これは……」
ギースは静かにうなずいた。
「間違いなく……次王の“告げ人”の証かと」
ギースは深く息を吸い、言った。
「昨日話しただろう。
次の王について白竜のお告げを聞く魔法師のことだ。
これは……その役目を与えられた者だけが持つ証だ」
「えええ??」
あまりの展開に、五人はその場で固まった。
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その日のうちに家族会議が開かれ、
ギースにリオネとミカエルが同行することが正式に決まった。
両親は顔が広く知られているため、
アルバ・ディヴィナに戻るのは危険すぎ、
同行は諦めざるを得なかった。
その代わり――
両親は作り置きしていた小さな彫り物や刺繍を、
これでもかというほど三人に持たせた。
ミカエルが磨いた石も、色ごとに小袋へ丁寧に詰める。
着替え、保存食、旅に必要なものを次々と揃えていった。
二日後――
晴れ渡った旅立ちの日。
「旅立ち日和ね」
「シュビもいつもより嬉しそう」
白龍の名前は“シュビ”になった。
「キュイキュイ」と鳴いているように聞こえていたが、
ミカエルには最初「シュビシュビ」に聞こえたらしい。
今日もシュビは、ミカエルの頭の上を楽しそうに飛び回っている。
「三人とも気をつけてね。どうしようもない時は戻ってくるのよ」
「お父さんとお母さんも気をつけてね」
父親は腕を広げ、三人をぎゅっと抱きしめた。
「白龍さまもいるが……油断するなよ。
俺たち二人の告げ人石はもう不要だ。
二人に持って行ってほしい。
どうか無事で」
リオネとミカエルは紫がかった正四面体の石をそれぞれ受け取った。
ミカエルは目が潤んだが、袖でごしごしと拭って父から離れた。
ギースが一歩前に出る。
「俺の魔力も戻ってきました。
二人に助けられた分……今度は俺が守ります」
父親は静かにうなずいた。
「ギースも、国のお父上がきっと心配されている。
三人で……無事に行ってきてくれ」
ギースは深く頷いた。
三人は両親に手を振りながら、
アルバ・ディヴィナへ向かって歩き出した。
シュビが三人の頭上を、光の粒を散らしながら楽しそうに飛ぶ。
こうして――
三人と一匹の旅が、今始まる。
〈完〉
なんとか書き上げました…!




