口コミで私の評価を下げようとしたから、口コミで滅びることになってしまったわね
貴族は魔法を習うことができ、魔法を使えるようになった貴族の子女は、十五、六になると大きな都で店を開くことが多い。
店が評判になればそれは貴族としての実績になるし、いわゆる伴侶探しにおいてもいい材料になるからだ。
この私、子爵家の令嬢ミティーラ・アンフィルも、幼い頃から治癒魔法を習ってきたので、晴れて王都で診療所を開くことにした。
ローブ姿で、橙色の髪をなびかせ、診療所の看板を出した時は、「これで私も一国一城の主ね」なんて気分になれた。
王都では同時期にもう一人、私のように診療所を開こうとする令嬢がいた。
伯爵家令嬢ラルファ・ニーヴェン様だ。私より格上ということもあり、私は手土産としてクッキーの入った箱を持って挨拶に行く。
ラルファ様は波打つ金髪と赤いドレスの派手な人だった。
さっそく挨拶すると――
「ふん、子爵令嬢如きに挨拶される筋合いはないわ。消えなさい」
つれなく追い返された。クッキーも受け取ってもらえなかった。
「なによ」と思ったけど、ここで怒っても仕方ない。私は素直に引き返した。
高級なクッキーを自分で食べることができてラッキー、と思うことにした。
***
診療所の出だしはひとまず好調だった。
肩こりや腰痛を訴えるお客がちらほらやってきて、私はそれを治癒魔法で治療する。
腕には自信がある。
このまま続けていれば、私の診療所はもっと評判がよくなっていく。そう信じていた。
ある日、街を散歩していると、バタバタとお城の高官らしき人々が駆けてきた。
「まったく、どこに行かれたのか!」
「大事な時期だというに……」
「殿下に変身魔法を使われたら、もう見つけられん!」
なんだか大変なことが起こってるみたい。
変身魔法か……私は使えないけど、もし使えたら鳥になりたいなぁ、そんなことを考える。
王都での日々を楽しんでいたが、すぐに壁は訪れる。
客足がいきなり途絶えてしまったのだ。
一日中店を開いていても、お客が一人か二人、誰も来ないなんて日も出るようになった。
(どうしてだろう……)
思い悩むことが増えた。
一度、ラルファ様の診療所を見に行ったことがある。
行列ができており、大盛況だった。
魔法の腕では負けてないと思うんだけど……身分だろうか、それとも私の見た目だろうか。
思考が卑屈に落ちていることにも気づく。
王都での家屋の賃料は安くない。このままじゃ実績作りどころか、診療所を閉めなきゃいけなくなる。
そうなったら、貴族令嬢としては大幅な“減点”となってしまう。
赤字になってしまっている帳簿を眺め、私はため息をついた。
***
そんなある日のことだった。
診療所に浮浪者のような老人がやってきた。
よぼよぼで、ボロを着て、腰も曲がっている。
「体じゅうが痛くてな……。治療……してもらえんかのう?」
私が診察室に招こうとすると、老人は言った。
「ただしワシは……金は持ってないんじゃ。それでもよいか?」
お金がない――たとえ暇だったとしても、普通なら断るべき状況だ。商売は時として冷酷であらねばならない。
だけど、私は思い返す。
私が治癒魔法を会得したのはなんのため?
お金のため? 名声のため? 社交のため? 将来いい男と出会うため?
――違う!
怪我した人や、病気の人を、助けるためだ。彼らに笑顔を取り戻させたいからだ。
そのことを思い出させてくれたこの老人に感謝の念すら抱いた。
「お金はいりません。どうぞ」
老人の肩、背中、腰、などに癒しの光を当てる。
だけど、ところどころ凝ってはいるけど、症状が老人のそれではない。
つい問いかけてしまう。
「あなた、本当におじいさんですか?」
すると、老人はシャキッと立ち上がった。
「ふふふ、鋭いのう。見事! さらばじゃ!」
見事なフォームで、勢いよく走って出て行ってしまった。
なんだったんだろう……。
***
数日後のお昼、お客が来た。
明るめの金髪で青い目を持ち、白シャツを着た、爽やかな風貌の青年だった。
「こんにちは、ちょっと体を診てもらうことってできる?」
「できますよ! こちらへどうぞ!」
青年を診察室に連れていき、さっそく体の様子を診てみる。
「……!」
――すぐに分かった。
見た目こそ違うけど、根本的な“体の作り”が全く同じ。
この青年は――
「あなた……ここに来たのは初めてじゃありませんよね」
「……なんのことだい?」
しらばっくれるつもりね。じゃあ、核心を突いてやろう。
「あなた、この間来たおじいさんですよね」
青年はしばらく黙っていたけど「やるね」と答えた。これ以上はごまかせないと思ったのだろう。
「いやー、お見事。よく分かったね」
「どんなに姿形が変わっても、根本的な体の作りは同じでしたから。同じ人が色んな着ぐるみを着ても、結局中身そのものは変わらないように」
「なるほど。素晴らしい目と腕だ」
「ありがとうございます」
「はい、この間の治療費。おかげですっかり体が軽くなったよ」
青年は老人の時の治療費を支払ってくれた。
「ところで、僕はリンツって言うんだ。君は?」
「ミティーラ・アンフィルと申します」
しばらくは私の治癒魔法について話し、話題は診療所の経営に移っていく。
「ところで、お客が全然いないみたいだね」
「はい……。やはり私の腕が悪いからでしょうか」
「違うね。少なくとも、君の治癒魔法は王国でもトップクラスといっていい。僕も治療を受けたからよく分かる」
「本当ですか!? じゃあ、なぜお客が来なくなってしまったんでしょう……」
褒められて、私の中で喜びと疑問が浮かぶ。
「考えられる原因は“口コミ”かな」
「口コミ?」
「王都にはね、『評判箱』っていうのが設置されていて、そこには色んな店の感想を書いた紙を入れることができるんだよ。あそこのライスは美味しかったとか、あの店のサービスはよかったとか。で、それらは大広場に掲示される。街の人はその評判を見て、どこに行くか決められるわけ」
「そんなものがあったんですか……」
「さっそく見に行ってみようか」
***
大広場の掲示板に貼られた私の診療所の評判を見て、私は愕然とした。
「な、なにこれ……?」
信じられない光景が広がっている。
『あの診療所のせいで、さらに腰がおかしくなった』
『ミティーラという令嬢は露骨に庶民を見下していて、不愉快』
『症状が悪化するだけだから、絶対行かない方がいい』
こんな評判が書かれた紙がいくつも貼られている。
どれもこれも心当たりのないものばかりだ。
リンツさんも苦い顔をしている。
「やはり身に覚えはないようだね」
「ありませんよ! こんな……どうして……!」
こんな悪評が広まっているのなら、お客が来ないに決まっている。
いったい誰が、なんのために、こんなことを。ひどい、ひどすぎる。
「『評判箱』は、基本的にはポジティブな意見を書くようにという決まりになっているし、ましてや嘘の悪評を書くことは罪にもなりかねない。しかし、こういったことが起こってしまっているのも現状だ」
本来は色んなお客が色んなお店を褒めて、経済を活性化させるためのシステムが、根も葉もないことを書いて、足を引っ張ることにも使われてしまっているということか。
「すでに貼られている紙を誰が書いたか、これを特定することは難しい」
「それは……そうですね」
「だけど、犯人を見つけ出す方法は……あるよ」
「え……?」
リンツさんの瞳は鋭く頼もしい輝きを帯びていた。
***
日中、診療所に少し人相の悪い男がやってきた。
「姉ちゃん、ちょいと治療して欲しいんだが」
「分かりました。では、診察室に入ってください」
部屋に招くと、男はいきなり体を寄せてきた。
「なぁ、ちょっと体を触らせてくれよ。腕とかさぁ、胸とかさぁ」
私は距離を置く。
「なにを言うんです。ここはそういうことをする場所では……」
「いいのかよ? 拒否したら『あの診療所はひどい場所です』って書くぜ?」
「……!」
とうとうこんな人間まで現れた。
口コミという評判を人質に、自分の要求を通そうとしている。
だけど、そこにもう一人の男が入ってくる。
「おおっと、なにをしている?」
男よりも遥かに屈強そうな大男がのしのしと歩いてきた。男は目を丸くする。
「……え」
「この診療所の用心棒だ。それ以上無茶すると、痛い目にあってもらうことになるぜ」
「すっ、すいませんっ!」
男は青ざめ、一目散に逃げ出した。
さて、この大男は、私が雇った用心棒などではない。
「これでよし」
大男が元の姿に戻る。
リンツさんが魔法で化けた姿だった。この人の変身魔法は凄まじくハイレベルだ。
「後はあいつを追えば、黒幕のところに案内してくれるはずだ」
「でも、上手く尾行できますかね?」
リンツさんが私に右手を差し出した。
「僕の手を握って」
「……? はい」
リンツさんの手を握ると、私とリンツさんの体が小さな鳥になった。
私としてはリンツさんと手を繋いだままなんだけど、姿形は二人で一羽の鳥になっている。なんとも不思議な感覚だった。
リンツさんと二人で“小鳥の着ぐるみ”に入っているという感じだろうか。
「こんなこともできるんですね……」
「手を繋いでいればね。これなら怪しまれずに尾行することができる」
鳥になった私とリンツさんは、男を追いかけた。
いつだったか、変身魔法を使えたら鳥になりたいなぁ、なんて思ったことを思い出す。
あっさり願いが叶ってしまった。
だけど、喜びも束の間。男の行き先は衝撃的だった。
(あれは――そんな……!)
伯爵令嬢ラルファ・ニーヴェン様が営む診療所に、男は入っていった。
リンツさんは「この姿なら怪しまれない」と、診療所の窓に近づく。
すると、鳥の姿のまま、中の様子を窺うことができた。
ラルファ様が数人の男たちとなにやら会話をしている。
「なんですって? 用心棒を雇っていた?」
「はい……それで、セクハラってやつはできませんでした」
「ふん、あの女にそんな金があるとはね。まぁいいわ、だったら引き続き『評判箱』にあの診療所の悪評を入れ続けるのよ。いいわね!」
「は……はいっ!」
「ふふふ、敵を叩き潰すにはやっぱりこういう手に限るわ」
黒幕はラルファ様だった。彼女は男たちを雇って『評判箱』に私の診療所の悪評を入れさせ、評判を落としていたのだ。
リンツさんはため息をつく。
「まあ、こんなことだろうとは思ったけどね」
「え……?」
「僕は老人の姿でこの診療所にも来たことがある。結果は門前払いだったよ。汚い言葉まで浴びせられてね。腕前も今一つのようだ。それだけならまだしも、彼女は他にも色々とあくどいことをしているみたいだ。それでも外面はいいから、診療所自体は繁盛しているけどね」
リンツさんはラルファ様に目星をつけていたんだ。
すると、ラルファ様の指示で男たちが動き出した。
「よし、後はあの男たちを捕まえれば、事件は解決したも同然だ」
男たちはあっさり捕まえることができた。
リンツさんがお城の兵士に頼んでくれて、『評判箱』で彼らを待ち伏せして、捕まえたのだ。
リンツさんは男たちに忠告する。
「『評判箱』に嘘の悪評を書くことは罪になる。知っているはずだな」
「は、はい……。すみませんでした……!」
「さて、どうしようか、ミティーラ。このまま彼らを牢屋に送ることもできるし、なんなら仕返しに、彼らを使ってラルファの診療所の悪評でも広めてみるかい?」
せっかくの提案だったけど、私は首を横に振った。
「……いいえ」
私は男たちにあるお願いをした。
そのお願いは、その場にいた全員を驚かせるものだった。
*** ~ラルファ・ニーヴェン視点~ ***
ふふふ、このところ私の診療所はますます好調だわ。
このままいけば、ますます私は大儲けできるし、社交でも有利に働くはず……。
きっと公爵家、いえ王子クラスの男と結ばれることだって夢じゃないわね。
――だけど、あるお客からこんなクレームが入る。
「この診療所はどんな体の痛みも一瞬で治せるんじゃなかったのか? 全然期待外れじゃないか!」
「……え!?」
どんな体の痛みも一瞬で――できるはずないじゃないの。
こんなことが頻繁に起こるようになった。
みんな、私の治癒魔法に過剰な期待を寄せてくる。
「ここならどんな不治の病も治せるらしいが……」
「頭がよくなる治癒魔法を頼むよ」
「一生腰痛にならない体にしてくれ!」
できるわけないでしょ、そんなこと! バカじゃないの!?
いったいなにが起こっているの……?
評判が上がったのはいいことだけど、いくらなんでも要求が高すぎる。
治癒を施しては「評判ほどじゃなかった」「大したことなかった」と言われる日々。
ある日イライラが最高潮に達していたところに、また一人客が舞い込んできた。
「少し体を診てもらいたいのだが……」
「うるさいわね! 今忙しいのよ! できるわけないでしょ、このバカ!」
「……ッ! なんという態度だ……!」
見ると、その方は誰もが顔を知る王国の重臣の方だった。
「もういい。他の診療所に行こう」
「ま、待って! お待ちを! ああっ……!」
私は期待外れの治癒魔法使いとして、重臣に無礼を働いた令嬢として、拭えない汚名を背負うことになってしまった。
お先真っ暗。まさにこういう時に使う言葉だと思い知った。
***
――この私ミティーラが、男たちに依頼したのは、ラルファ様の診療所を『評判箱』を通じて褒めまくることだった。
いっそ「なんでも治せる診療所」なぐらいに。
結果、ラルファ様の店には大勢の客が殺到。彼女がそれに応えられることもなく、高すぎた期待はそのまま失望へと変換される。
しかもラルファ様は重臣に暴言を吐き、診療所を畳むこととなった。
口コミを悪用した彼女は、自らも口コミで滅ぶことになってしまったわね。
程なくして私の診療所には客足が戻り――リンツさんが言う。
「君のアイディアには驚いたよ。あのラルファはもう社交界に居場所はないだろう」
「あなたに連れられて『評判箱』を見た時、思ったんです。あそこで悪評を広められるのも怖いけど、同時に過剰な高評価をされるのも怖いなぁって」
「『評判箱』のシステム、どうやら色々欠点があるようだ。大いに改善の余地があるね」
「そうですね。少なくともラルファ様や私がやったようなことはできないようにする仕組み作りが必要ですね」
「それにしてもそこに気づくなんて、君は治癒魔法だけでなく、頭脳にも優れているようだ」
「ありがとうございます」
そして、気づいたことはもう一つあった。
「リンツさん……いえ、リンツ様」
私は呼び方を変えた。
「……!」
「あなたはひょっとして、王国第三王子リンツ・ドゥ・リング殿下なのではありませんか?」
リンツ様が髪をポリポリとかく。
「やはりお見通しか」
「以前、“変身魔法に長けた殿下”というお話を聞いたことがあって、それを思い出して、調べたらすぐに分かりました」
リンツ様は真面目な顔になる。
「僕も変身魔法を駆使して色々やったからね。下の者にも迷惑をかけた。だけど酔狂で、変身魔法を使って王都を見回っていたわけじゃない。僕は人を探していたんだ」
「人を……?」
「僕は将来的には、ある領地を任されることが内定している。そこはポテンシャルこそあるが、開発はまだまだこれからという土地でね。ぜひ、そんな場所で活躍できるような人材を探していたんだ」
私の胸が高鳴る。
「君の治癒魔法。いや、それだけじゃない。君の聡明さ、そして見ず知らずの老人にも治療を施す君の優しさが必要だ。どうか、この僕に手を貸してくれないか? できるなら……伴侶として」
私はうなずいた。
「ぜひお供させてください」
私としても、王都はすでに他にも多くの治癒魔法使いがいるから、自分の力を発揮する場所としては物足りないと感じていた。
こういった挑戦は望むところだ。
なにより、私もまたリンツ様を好きになってしまっていた。
二人で小鳥になって空を飛んだ時の楽しさ気持ちよさは夢に出るほどだ。
私は決心した。
私の治癒魔法の評判は王都では十分広まったから、今度は新天地でも広めてみせる。
愛しのリンツ様とともに――
おわり
お読み下さいましてありがとうございました。




