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第6話 そこにある場所

第6話 そこにある場所


その日も、

二人はそこにいた。


先に来ていたのは、

いつもの男だ。

椅子に腰を下ろし、

視線をあちこちに動かすこともなく、

ただ静かに座っている。


少し遅れて、

もう一人が現れた。


瓦礫を踏み越え、

慣れた足取りで近づいてくる。


「……いたか」


短くそう言って、

男は椅子に腰を下ろした。


机の上には、

あの木のコップが置かれている。


男はそれを一度手に取り、

中を覗き、

それから元の位置に戻した。


「湯、残ってるか?」


俺は頷き、

背後のかまどに向かった。


石積みのかまど。

灰の広がり一つ、

昨日と変わらぬ状態に整えてある。


火はもう、

起こし慣れている。


水筒を火にかけ、

温まるのを待つ。


その間、

二人の声が聞こえた。


「今日は遅かったな」


ノアが、前を向いたまま言った。


「使える板があった。……それだけだ」


レオンが肩をすくめる音がした。


「……そうか」


二人は、

それ以上は言葉を続けなかった。


それ以上、言葉は続かない。

昨日の戦果も、明日の生存も、

ここでは無意味な情報だった。


湯が温まったのを確認し、

俺はコップに注ぐ。


それを机の上に置くと、

レオンが受け取り、

一口飲んだ。


「……ああ」


短い声だった。


隣の男が、

それを横目で見る。


「羨ましいか?」


レオンが言うと、

男は少し間を置いてから答えた。


「……少しだけな」


「なら、次は持ってこい」


ノアは小さく、吐息のような笑いを見せた。


「……考えておく」


俺はその様子を見ながら、

机の位置を整えた。


二人とも、

それ以上何も言わない。


だが、

空気は重くなかった。


名前が呼ばれ、

返事があり、

湯がある。


それだけで、

この場所は、

もう「偶然」ではなくなっていた。


レオンが、

ふと思い出したように言った。


「なあ」


俺は顔を上げた。


「ここ、名前はあるのか?」


俺は、少しだけ考えてから、首を振った。

名付けるという行為が、この場所を

「どこかに存在する特定の何か」

に固定してしまう気がしたからだ。


「そうか」


レオンはそれ以上追及せず、

コップを置いた。


隣の男が、

静かに言った。


「ノアだ」


俺は一瞬、

何のことか分からず、

彼を見る。


「俺の名前」


そう言って、

ノアは視線を落とした。


俺は、

それを覚えた。


名乗る必要はない。

だが、

聞いてしまった以上、

忘れる理由もなかった。


名が、泥の中に沈んで消えるのを、

指先で掬い上げたような感触だけが残った。


二人は、

しばらくして立ち上がった。


戦場の方へ戻っていく。


去り際、

レオンが振り返る。


「また来る」


断定だった。


俺は何も答えず、

机の位置を、

ほんの少しだけ整えた。


今日も、

俺はここにいる。

今日も、ここにいます。

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