第4話 見ている者
第4話 見ている者
戦場では、
立ち止まる余裕のある者ほど、
周囲をよく見ている。
俺がその光景に気づいたのも、
敵を追いきれずに、
一度引いた直後だった。
戦場の端。
長い机と、
その向こうに立つ男。
そして――
椅子に座っている、一人。
一瞬、
目を疑った。
心臓が、嫌な跳ね方をした。
昨日までは、
誰も座っていなかったはずだ。
だが、あそこに座っているのは「疲れた兵士」などではない。
この戦場で最も鋭い刃を持つ男が、
まるで魂を抜かれたように、
ただの「一人の男」としてそこに収まっている
疲れた兵士が
一時的に腰を下ろすことはある。
だが、
あそこはそういう場所じゃない。
机を挟んで、
二人は向かい合っている。
そこだけが、世界の法則から切り離されていた。
硝煙も、返り血も、憎悪も、
あの机の手前で透明な壁に阻まれたかのように、
一歩も中へ踏み込めていない。
話している様子はない。
武器も置かれていない。
緊張も、指示もない。
それなのに、
戦場の中で、
そこだけ時間の流れが違って見えた。
何をしているんだ。
そう思うより先に、
視線が離れなくなっていた。
「……なんだ、あそこは」 喉が、不自然に乾いた。
近づけば、自分もあの「静寂」に呑み込まれてしまうのではないか。
今守っている軍規や、握りしめている剣の価値が、
あの男の前に立った瞬間に霧散してしまうのではないか。
そんな、根源的な恐怖が背筋を撫でた。
座っている男は、
何かを待っているようでもなく、
休んでいるようにも見えない。
ただ、
そこに居る。
机の向こう側の男も、
相変わらず動かない。
呼び止めもしない。
追い払わない。
だが、
誰かが近づくことも拒んでいない。
奇妙な距離だった。
近づけば、
何かを求められそうな気がする。
だが、
何も渡されない気もする。
俺は、
一歩、距離を取ったまま立っていた。
声をかける理由はない。
だが、
無視する理由も、見当たらなかった。
戦場の音が、
また一段、大きくなる。
座っている男は、
立ち上がらない。
机の向こうの男も、
何も変わらない。
それでも、
確かにそこには、
「居場所」があった。
俺は戦場に戻る。
重い足を無理やり動かし、
再び死の臭いがする方へと背を向けた。
だが、
あの光景を見てしまった以上、
――もう、知らなかった頃には戻れない。
戦場の端に、唯一、まともな空気が残っている。
戦場の端に、
誰かが座っている。
その事実だけが、
呪いのように、あるいは祈りのように、
頭の中に残り続けていた。
誰かが座っている。
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