第2話 立ち止まった理由
第2話 立ち止まった理由
剣を振るうたびに、腕が重くなっていく。
敵の数は減っているはずなのに、
戦場の音だけは、途切れる気配がなかった。
前に出ろ。
遅れるな。
足を止めるな。
分かっている。
分かっているはずだった。
それでも、
視界の端に妙なものが映った。
戦場の端。
瓦礫と土煙の境界に、
一本の線が引かれたように「それ」はあった。
長い机。その向こう側に立つ、武器を持たない男。
男は、狂っていた。
この殺戮の最中にあって、
彼はただ、机の端に積もった灰を指先で静かに拭っていた。
その動作には一点の澱みもなく、
まるで時計の歯車のように正確だった。
武器を構えていない。
指示も出さない。
こちらを見ているようで、
特定の誰かを見ているわけでもなさそうだった。
何をしているんだ。
そう思った時点で、
俺の意識はもう、戦場から外れていた。
足が、止まる。
理由は分からない。
疲れていたからかもしれない。
仲間の叫びから、ほんの一瞬だけ距離を置きたかったのかもしれない。
机を挟んで、
男は向こう側に立っている。
こちら側には、空いた椅子が一つだけ置かれていた。
座れ、と言われてはいない。
だが、追い払われてもいない。
戦場の音が、少しだけ遠くなった気がした。
ここに長く居てはいけない。
そんなことは分かっている。
まだやるべきことも、戻る場所もある。
それでも、
視線は自然と椅子に落ちていた。
男は動かない。
視線も、言葉も、要求もない。
ただ、そこに立っている。
数秒だったのか、
それとももっと短い時間だったのか。
正確なことは分からない。
俺は、椅子には触れなかった。
あまりにも正しく置かれたその椅子に、
血と脂にまみれたこの身体を預ける勇気がなかった。
ここで腰を下ろせば、二度とこの地獄には戻れない。
そんな根源的な恐怖が、俺の足を縫い止めていた。
それでも一度だけ、
深く息を吸い込んでから、
戦場の方へと向き直った。
背後で何かが変わったわけではない。
だが、
戻る前と戻った後では、
感覚が少しだけ違っていた。
振り返らずに歩き出す。
背後にあるのは、救いではない。
ただ、自分を「人間」として数えない、
冷徹で空虚な秩序の場所。
戦場の端には、
まだ、あの場所が残っている。
その存在が、呪いのように頭から離れなかった。
この場所が残っている。
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