第15話 戦場の端
第15話 戦場の端
まだ、痛む。
身体も、気持ちもだ。
レオンは天井を見つめたまま、小さく舌打ちした。
「……ちくしょう」
同じ病室には、まだ回復しきっていないやつもいる。
寝息、うめき声、寝返りの音。
どれも生きている証拠だ。
そして同時に、動けない音でもあった。
自分だけが、ほんの少しだけ回復が早い。
それが、妙に落ち着かない。
(あの場所に……行きたいが)
あの男の“場”。
剣も怒号もない、戦場の端の、奇妙な空間。
だが今の自分では、そこまで歩く自信がない。
レオンは上体を起こし、しばらく考え――諦めたように息を吐いた。
「……ずっと寝てたら、心まで腐るな」
外の空気でも吸うか。
そうして、レオンはふらつきながら外に出た。
少し歩いた先で、がれきの山が目に入った。
見覚えがある。
「……ああ」
あの戦闘だ。
もう少しで、ここで死ぬところだった場所。
レオンは苦笑しながら、瓦礫を見渡す。
「……何か、使えそうなもんは……」
無意識だった。
探す理由も、使い道も、はっきりしない。
ただ、空手で戻る気になれなかった。
その時だ。
ずっしりとした木材が、目に入った。
「……お、これは」
太く、重く、簡単には折れそうにない。
「なかなか……何かに使えるかもな」
そう呟き、手をかけた――その瞬間。
「おい、おぬし」
背後から、声。
「その木材、ワシに譲ってくれんか?」
レオンは振り返りもせず、即座に返した。
「は? 何言ってんだジジイ」
「ジジイではないわ! 若造が!」
食い気味の反論。
「ワシにはノクスという立派な名前があるんじゃ!」
レオンは思わず振り返った。
「若造じゃないわ! こっちもレオンという立派な名前があるんじゃ!」
――言った後で、固まる。
「……あ」
語尾が、完全に引っ張られていた。
ノクスは腕を組み、満足そうに頷く。
「うむ、名乗りは大事じゃ」
少し間を置いてから、真面目な声に戻る。
「大体おぬし……どう見ても怪我人じゃろうが?
そんな大きな木材、どうにもできんじゃろう?」
レオンは振り返らない。
「うるせぇな。これくらい、まだ――」
言葉の途中で、木材が一度地面に落ちた。
土煙が上がる。
「ほら見い。腕も震えとる」
「……震えてねぇよ」
言い切るが、声に張りはない。
レオンはもう一度木材に手をかける。
歯を食いしばり、無理やり持ち上げた。
「今やらなきゃ、あとで面倒になる」
それはノクスに向けた言葉というより、
自分自身に言い聞かせるような声音だった。
ノクスはしばらく何も言わず、その様子を見ていた。
戦場ではよくある顔だ。
まだ動けると思い込んでいる者の顔。
「……のう」
静かな声で、ノクスが言う。
「それ、何に使うんじゃ?」
レオンの手が止まった。
「……は?」
「木材じゃ。ずいぶん重たいもんを選んどる。
何を作る気じゃ」
数秒、沈黙。
レオンは木材から手を離し、息を吐いた。
ようやく、ノクスの方を見る。
「……修理だよ。
戦場の端にある、あの場所」
ノクスの目が、ほんの少しだけ見開かれた。
「……ほう」
「壊れたままじゃ、使えねぇだろ」
「使う、とな」
ノクスはゆっくりと歩き、レオンの横に立つ。
「そこはな」
そう前置きしてから、言葉を選ぶように続けた。
「戦わん者が立っとる場所じゃ。
湯があって、椅子があって、
剣を置いた連中が、黙って座っとる」
レオンは目を見開いた。
「……なんで、あんたがそれを知ってる」
「前に、少しな」
ノクスはそれ以上語らない。
「戦場の真ん中では、誰も休めん。
端っこに、そういう場所があってもええ」
レオンはしばらく黙っていた。
視線は木材に戻り、そしてノクスに戻る。
「……あんた、その場所のこと」
「名前も知らん」
ノクスは肩をすくめる。
「ただ、必要だと思っただけじゃ」
レオンは苦笑した。
「……参ったな」
そして、木材を軽く叩く。
「持ってけよ」
「いいのか」
「どうせ今の俺じゃ、運べねぇ」
そう言った瞬間、レオンの膝がわずかに揺れた。
ノクスは見逃さなかったが、何も言わない。
「その代わり」
「なんじゃ」
「……ちゃんと使え。
無駄にしたら、殴る」
ノクスは短く笑った。
「殴られんようにするわい」
木材を担ぎ上げるノクスの背中を、
レオンはしばらく見送っていた。
戦場はまだ騒がしい。
だが、その端では、確かに何かが作られ始めていた。




