第14話 最初の店の話
第14話 最初の店の話
老兵は、長いこと戦場にいた。
剣を振るうのも、盾を構えるのも、
今では体が先に動く。
だが――
最初から、そうだったわけじゃない。
若い頃、
老兵は剣よりも、木を握っていた。
店を持っていた。
大きくはない。
看板も、派手な装飾もなかった。
初めて自分で開いた店だ。
壁は歪み、
床はきしみ、
並べた椅子も、どれも少しずつ傾いていた。
それでも――
あの場所は、確かに「店」だった。
戦場の端で、
あの男の前に立った時。
長机と、
ボロボロの椅子を見た瞬間。
老兵の胸の奥で、
何かが重なった。
――ああ。
立派じゃない。
誇れる出来でもない。
だが、
「誰かが来る場所」だ。
だから、思わず口に出た。
「……ここは、店か?」
男は、少しだけ考え、
よく分からないまま、頷いた。
その反応が、
やけに懐かしかった。
老兵も、昔はそうだった。
「店をやっている」と言い切れるほどの自信もなく、
ただ、木を削り、
椅子を作り、
机を直していた。
いつの間にか、
評判が立ち。
「一流」と呼ばれるようになった。
だが――
それは、ある日、終わった。
戦が起きた。
街は燃え、
店は壊れ、
戻る場所は消えた。
家族も、
二度と帰らなかった。
志願した理由は、
よくある話だ。
憎しみ。
後悔。
行き場のなさ。
それでも。
あの場を見てしまった。
戦場の端で、
誰も戦っていない場所。
湯があり、
椅子があり、
誰かが座る場所。
気づけば、
老兵の手は動いていた。
誰に頼まれたわけでもない。
「……ワシとしたことが」
そう呟いて、
それでも、手は止まらなかった。
歪んだ脚を直し、
軋む継ぎ目を締め直す。
年甲斐もない。
今さら、
何をしているのか。
だが。
胸の奥に、
こみ上げるものがあった。
怒りでも、
悲しみでもない。
――あの頃の、自分だ。
最初の店。
最初の椅子。
最初に、誰かが座った時の感覚。
最初に座ったのは、
雨宿りに来た、名も知らぬ男だった。
老兵は、
自分が変わっていることに気づいた。
あの場を知ってしまったから。
もう、
戦うだけの自分ではいられない。
「……椅子だけじゃ、足りねぇな」
ぽつりと、
誰にでもなく呟く。
老兵は、
戦場の方を一度だけ振り返った。
向かう先は、
戦場の中心じゃない。
戦場の端。
あの男のいる場所だ。
それから、
何も考えずに、歩き出す。
立派な話でも、
誇れる物語でもありません。
それでも、
「誰かが来る場所」だと思えたなら。
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