第13話 店と呼ばれた場所
第13話:店と呼ばれた場所
戦場の端。
いつもの場所で、俺は湯を沸かしていた。
誰もいない。
椅子は四つ並んでいるが、どれも空いている。
それでも、手は止めなかった。
ここでは、それが普通だった。
その時――
足音がした。
重い。
だが、急いではいない。
振り向くと、年配の兵が立っていた。
鎧は古く、ところどころ補修の跡がある。
剣よりも、腰の工具袋の方が目立っていた。
「おまえさん」
声は低く、少し掠れている。
「ここで何しとるんじゃ?」
俺は答えなかった。
答える言葉を、持っていなかった。
老兵は、机と椅子を一通り眺める。
「……戦場の真ん中で、随分と妙なことをしとるのう」
少し間を置いて、続けた。
「戦わんのか?」
「……戦わない」
それだけ言った。
老兵は、鼻を鳴らした。
「そうか」
否定もしない。
興味を失ったわけでもない。
ただ、また周囲を見る。
「ここはなんだ?」
一歩、机に近づく。
「もしかして……おまえさんの店か?」
店。
その言葉が、頭の中で一度転がった。
店か、と聞かれても、実感はない。
だが――
「……そう言われると、そうなのかもしれない」
老兵は、ふん、と小さく笑った。
「随分とボロい店じゃのう」
「こんなので、客が来るんか?」
返す言葉はなかった。
来るかどうかは、俺が決めているわけじゃない。
老兵は、椅子の一つを軽く叩いた。
叩かれた椅子が少し動く。
「なんじゃこの椅子は。
……水平も出ておらん。これでは、客の心は休まらんぞ」
「ガタガタじゃないか」
誰に向けるでもなく、独り言のように言う。
「なっとらんわ」
と独り言をこぼし、老兵は工具袋を開けた。
その中身が見えた瞬間、俺は息を止めた。
中から出てきたのは、古いが手入れされた道具だった。
殺しの道具ではない。
生かすための、
あるいは整えるための鉄が、そこには並んでいた。
「おまえさん、これ、使わせてもらうぞ」
老兵が指さしたのは、
レオンが残していった、泥にまみれた端材だった。
「……構わない」
老兵は頷き、何も言わずに作業を始めた。
削る。
組む。
締める。
動きに無駄がない。
遠くで上がる爆音さえ、
彼の振るう鉋のひと削りが、
遠くへ追いやっていくようだった。
椅子は一つずつ、形を取り戻していく。
歪みは消え、
脚は地を掴み、
座面は、逃げ場のない者を受け入れる「器」になった。
四つ。
すべて。
「……これで、ええじゃろ」
老兵は立ち上がり、腰を叩いた。
「店なら、椅子は大事じゃ」
それだけ言って、去っていった。
名前も聞いていない。
振り返りもしなかった。
俺は、椅子を見る。
同じ数。
同じ位置。
だが――
少しだけ、違っていた。
――今日は、誰も来なかった。
それでも。
戦場の端には、
初めて「店」と呼ばれた場所が、
確かに残っていた。
誰も来ない日も、
それでも、
「店」と呼ばれた場所が残ったなら。
その場所に、
また戻ってきたいと思えた時、
ブックマークを置いてもらえたら嬉しいです。




