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第12話 戻れなかった理由

第12話 戻れなかった理由


戦場は、終わる気配を見せなかった。


ノアは、呼吸の仕方を忘れかけていた。

正確には、「楽に吸う」ことを諦めていた。


吸えるだけでいい。

吐ければ、まだ生きている。


「……まだ来るぞ」


声を張り上げる余裕はない。

それでも言わなければならなかった。


レオンは、震える手で剣を握り直した。

血で滑る柄を、剥がれかけた皮膚で無理やり固定する。


撤退は――難しい。


敵の数が減らないわけじゃない。

だが、減る速度より、消耗の方が早い。


「……クソ」


ノアは地面を蹴り、盾を前に出す。

衝撃が腕を貫き、痺れが残る。


このまま続けば、

どこかで崩れる。


それが「今」でない保証は、もうなかった。




――その時、戦場から遠く離れた場所で。


俺は、剥き出しの机の上に置いた「手」を見つめていた。


外では遠雷のような地響きが絶え間なく鳴り響いている。


だが、この指先から伝わる机の感触だけは、

微塵も揺らがせてはならない。


それが、俺の戦いだった。


彼らがいつ戻ってもいいように、

ただ、この場所の「水平」を維持し続ける。


俺は、微かに傾いた椅子の位置を直した。


数ミリの修正。


その静寂を、地平の先から届いた巨大な衝撃音が食い破った。




――再び、戦場が動き出す。


戦場の空気が、わずかに歪んだ。


音が消えたわけじゃない。

だが、殺気の向きが変わった。


赤が、視界を切り裂く。


続いて、銀。


「……来たぞ」


ノアの声は低かった。

安堵と緊張が、同時に混じる。


《紅と灰》。


エリスは言葉を発さず、踏み込んだ。

次の瞬間、敵の前列が崩れる。


力任せではない。

正確で、速く、迷いがない。


ソフィアは一歩遅れて前に出る。

その遅れは、計算だった。


抜けた隙間を埋め、

崩れた陣を一気に押し返す。


「……はは」


レオンが、かすれた声で笑った。


「やっぱり……別格だな」


ノアは答えなかった。

答える余裕がない。


だが、背中にかかる圧が軽くなるのを感じていた。


押されていた戦線が、戻る。

いや、押し返している。


敵が、下がる。


撤退路が――見えた。


「今だ!」


誰が言ったかは分からない。

だが、全員が同じ方向へ動いた。


逃げるためじゃない。

生きて戻るためだ。


撤退は、成功した。


代償は、重かった。


ノアは地面に膝をつき、

しばらく立てなかった。


レオンは剣を地面に突き立て、

それに体重を預けている。


エリスは立ったまま、深く息を吐いた。

肩が、わずかに上下している。


ソフィアは、無言で装備を外す。

その動きは静かだが、確実に疲労を帯びていた。


怪我はない。

致命傷もない。


だが――


誰も、余力を残していなかった。


夜が更ける。


血の匂いが、風に薄まっていく。


誰も、口にしなかった。


「あそこに行きたかったな」


その言葉を。


言わなくても、分かっていたからだ。




――戦場の端の、静かな場所で


俺は、外に広がる闇を見つめていた。


遠くの空が、戦火で赤く染まっている。


再び丁寧に机を拭き上げた。


明日、彼らがボロボロになって戻ってきた時、

そこが「いつも通り」でなければならないからだ。


椅子は、四つ。完璧な水平を保ったまま。

ただ、夜を迎えた。


それは、誰も来なかった日ではない。

四人が、今日を生き延びたという報告だった。

誰も来なかった日ではなく、

四人が、今日を生き延びたという報告の日。


その続きを、

また見届けたいと思えたなら、

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