第11話 誰も来なかった日
第11話 誰も来なかった日
その日は、
誰も来なかった。
戦場の音は、いつも通りあった。
剣戟。怒号。
遠くで崩れる音。
誰も座らない椅子を確認する。
泥に汚れることもなく、
位置が数ミリも狂うことはなかった。
それは、
「利用されなかった」という事実を物理的に証明していた。
俺は、
火を起こした。
客が来るからではない。
夜明けとともに火を熾すのが、
この場所の仕様だからだ。
理由はない。
来るかどうかは、関係なかった。
水筒をかまどにかけ、
湯が温まるのを待つ。
湯ができた。
俺は、
コップを一つ、机の上に置いた。
いつでも注げるように。
いつでも、そこが「席」として機能するように。
誰からも要求されない準備を、俺は完遂した。
しばらく、
そのまま立っていた。
時間が過ぎる。
戦場の流れが、少し変わる。
前線が押し戻され、
人の動きが遠ざかっていく。
それでも、
誰も来ない。
俺は、
椅子を片付けなかった。
「今日は終わりだ」と
判断する理由がなかったからだ。
この場所は、
来る人がいて成立するものじゃない。
在ることで、
成立している。
だから、
誰も来なくても変えない。
机はそのまま。
椅子も、そのまま。
湯は、少し冷めた。
やがて、戦場の音が遠くなる。
俺は、ぬるくなった湯を地面に捨てた。
温め直すという妥協はしない。
次に来る者が誰であれ、
提供されるのは「今、沸いたばかりの湯」でなければならないからだ。
俺は、火を落とした。
机も、椅子も、不変のままだ。
「誰も来なかった」という結果は、
この場所の価値を一切損なわない。
明日も、
俺は同じ手順で火を熾し、同じ角度で椅子を並べる。
この場所が「空席」であることを維持するために。
誰も来なかった日。
ただ、
そういう日だった。
俺は、
戦場の端で立ち続けながら、
次の日のために、
何も変えずに、ただ幕を引いた。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
誰も来なかった一日にも、
変えなかった理由は、
きっと、この先の話の中に続いていきます。
もし、
またこの場所の続きを見届けてもいいと思っていただけたなら、
ブックマークで印を残してもらえたら嬉しいです。




