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『苗床患者』

商いで賑わう表道。その片隅にある簡素な薬屋に、今日は珍しく客人が訪れる。


「風邪薬1つと、傷薬を2つお願い」


「すみません!傷薬が今調合中でして。多分もうすぐ出来ると思うので、少し見て来ますね」


客人を待たせないように小走りで向かう。調合室に籠る彼女はあの日以来、人が変わってしまった。

魔女になった、あの日から。


「彼岸!薬出来てる?」


調合室の扉を開け、視界いっぱいに広がる黒い稲妻。部屋中に伸び散らかしたその触手は一度に大量の薬を効率良く調合しており、その隙間から見える部屋の奥、彼岸と呼ばれた女性はもう1本触手を伸ばすと、既に出来上がっている薬を籠に入れ差し出した。


「ねぇ、せめて目合わせて頷くくらいしたらどう?塩対応結構効くんだけど」


彼岸は自身を呼んだ彼女の方に顔を向けると、口を開く。


「ただでさえこんなにたくさんの事を1人でやってるんだから、あんたに応対する余裕まであると思う?」


「はぁ......まぁ、拾ってもらった身だから文句言える立場じゃないけどさ。」


彼女は彼岸から籠を受け取ると、扉を閉め急いで表に向かう。


「すみません!お待たせしました!」


「ありがとう葡萄ちゃん♪にしても、たった2人でこの店経営するの、大変じゃない?」


「こう見えて私達、体力には自信があるので、意外とどうにかなってます♪」


「そりゃあ心強いねぇ。そうだ、今度船継場の近くで宴会やるんだけど、よかったらあんたもどうだい?」


「!!是非!行かせていただきます!!」


「そりゃあよかった!じゃあ明後日の夜いらっしゃい」


そう言いながら客人は薬を受け取り、代金を払うと、薬屋の出口に向かう。


「はい!お大事になさってください!」


仕事の疲れを忘れる程の上機嫌で、客人を見送る。


「...行くにしても、彼岸はどうしよ。まぁ、あのこ夜はいつも忙しそうにしてるし、誘うのはやめておいた方がいいかもしれな―――」


「誘うのはなんだって?」


珍しく調合室から出て来たと思ったら、面倒な事を聞かれた。


「なんでこう言う時だけ勘が鋭いわけ?」


「別に、あんたがあたしの塩対応が効いてしょんぼりしてるかもなって、気遣って来てやっただけよ。今日の分は終わったし、明後日だったら空けれるわ。んで、あんたはどうしたいの?」


「え?」


彼岸は引き出しの中に薬をしまいながら、淡々と述べる。


「だから、あたしも行くって事よ。迷惑かしら?」


「いや、別にそういう訳じゃないけど......」


「じゃあ、何?」


「あんたに拾われてから、あんたが何か口にしてるの見た事無いんだけど、普段どうやって生きてるの?」


「あぁ、そういや言ってなかったわね。丁度店閉める時間だし、片付けたら奥にいらっしゃい。」


そう言うと彼岸は再び、廊下の奥に消えて行った。


「......本当に、別人になっちゃったの?いや、思い返してみれば大して変わってないか。」


先程までの上機嫌が、彼岸によって崩される。葡萄は表の戸を閉め、棚の引き出しに薬をしまい鍵をかけると、建物の2階に向かった。



〈薬屋、2階、彼岸の部屋〉



葡萄が彼岸の部屋に入ると、彼岸は部屋を密閉し、触手を少しだけ伸ばして口を開く。


「今のあたしは、言ってしまえば半分死んでるようなものなの。だから、食事や睡眠の必要も無いの。」


「それ...ゾンビって事?」


「かもね、それで、その事情もあって、食費が私の分浮くから、普段はあんただけに食べさせてたのよ。」


「......人としての生活が、恋しかったりしないの?」


「まぁ、感覚が無くなった訳じゃないから、食べ物を食べておいしいって思えるのは変わってないわ。薬屋だけじゃ資金繰りに限界があるけど、他の事やろうにも、これの事がバレるのも時間の問題になるって事で、今のあたしはあんたを養うので精一杯ってだけよ。」


「そんな事なら、あたしを拾わなけりゃよかったじゃない。」


「ほっとけなかった。それに、あんた自分でそれいってて辛くないの?」


「......辛い。」


「じゃあ、理由はそれで十分よ。」


「...もしかして今私、告られた?」


「分かったら手洗って来なさい。晩飯作ってあげるから。」


そう言うと彼岸は戸を開け、1階に向かった。葡萄はしばらく赤面し、それは食事中も収まる事は無かった。



〈数日後、船継場前〉



「彼岸!はやく!」


「分かってるわよ。来たことあるんだから。」


彼岸は触手の生えている左肩から、人の腕の形を模して作り、白い手袋をはめながら彼女の後を歩く。

私も最初は驚いたが、今となってはすっかり見慣れてしまった。当人曰く、触手はどれだけ伸ばそうが砕こうが、痛みどころか何の感覚も無いらしい。



〈十数年前...〉



私は、彼岸とは幼馴染。と言っても、学び舎でしか会わないし、肝心の彼女はいつも授業をサボってる。眠い目を擦りふと窓の外を見れば、いつも同じ樹の上で寝転がっていた。

彼女と違って私は優等生で、今でも授業の内容はほとんど覚えてる。彼岸がどうなのかは知らないが、少なくとも今立場が逆転してしまっているのは確かだった。



〈時は進み数か月前...〉



私達は大人になった。それぞれ違う道を歩んでいた。私は色んな悪い大人に騙されて、あっという間に一文無し。知識はあっても、世渡りする知恵は備わって無かった。

ある日の夜のお話。満月の下、道端に座り込み、泣く事しか出来なかった私を、黒い影が包み込む。そう、死神が迎えにでも来たのね。どうせこんな人生、何の価値も無いんだから、いいわよ。さっさと連れてって。


『......』


影は私を抱えると、自身の巣へと私を持ち帰った。

巣の中に寝かされ、ガサゴソと物音がした後、再び私を持ち上げて、今度は私の身ぐるみ引っぺがして―――え?


―――それで、私は体を洗われた。気が付けば綺麗な服装で、目の前には御馳走が並んでいた。私に優しくする人間は皆、何かしら裏があったから、この死神も何か私にするつもりだと思って、その時初めて、彼女の顔を見た。黒い触手が袖から延び、目つきの悪い、だけど、どこか慈愛の籠った眼差しを送る彼岸が立っていた。驚いた様子の私を前に、彼岸は表情1つ変えなかった。


『この事を誰かに喋ったら、今度こそあんたの命は無いと思いなさい。それが、あんたを養う条件よ。』


それから、彼岸は私に、魔女になった経緯、自身の持っていた妖刀の事を教えてくれた。



私だから良かったけど、他の人が見たら、彼岸をただの化け物だと思うでしょうね。


「あら!葡萄ちゃんに彼岸さん!随分とお早い到着で」


船継場に着いた2人を、先日の客人が迎える。


「そりゃあ久しぶりの御馳走だもん!貰えるものは何でも貰うのが私達だからね♪」


「あたしまで含めないでくれる?」


「そうかい、じゃあ遠慮なく今夜はたらふく食べて行っておくれ」


「はい♪」


月が昇り星が照る。それよりも明るい行灯に囲まれ、賑やかな雰囲気の中2人は料理にありついた。

この日は2人にとって、大切な思い出の一部となった。



〈翌日、薬屋〉



何やら外が騒々しい。彼岸が外で何かやらかしでもしたのだろうか?


調合室に向かうと、触手を1本も伸ばさず黙々と机に向かう彼岸が居た。葡萄が彼岸に騒ぎの原因を問うと、彼岸は筆を置き、机を背にして机に寄り掛かった。


「まつりごとの神子が、殺された。」


  続く。

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