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第6話◇真っ黒悪役仮面?にいちごの飴ちゃん

 それ以後、私とかなめは延々と売り子をして、減った在庫の品出しを繰り返した。

 タザキさんもお金の管理や話しかけてきたお客さんの対応に追われていた。


 スペースに訪れる人の量が落ち着いて交代でスペースを回る余裕ができたのは、開場から一時間半ほど後だった。


「しばらく散策してきなよ」


 タザキさんとかなめが言ってくれたから、私はありがたく休憩させてもらうことにしたわけだけど。

 たまたまコスプレ撮影ゾーンの近くを通りかかった時、見覚えがある女性の姿が視界に入った。


 肩上までの直毛の黒髪にエクステで真紅のメッシュがひと束入った髪型。

 ファンタジックな軍帽と軍服のようなジャケットの衣装は、どちらもベースは白で差し色は黒。

 帽子の前面やジャケットの胸には金糸で紋章が入っている、凝った衣装だ。

 あれは、さっき会ったAKARIさんのようだ。


 そしてその横にもう一人、いる……。


 けれども、その顔も体型も、一見全く分からない。

 悪役敵キャラそのもののような、顔全体を覆うピエロのような仮面をつけている上に、ゆったりとした黒のローブの衣装。

 腰まである銀の長髪のウィッグを被っている。


 きっとあの人、なんだろうなぁ、中身は。

 AKARIさんと一緒にいるという、その状況証拠的に。

 たぶん。


 かつて「アイドル『SOLUNAR』の東雲洸」だった人。

 それはファンに見つからないようにするため、あえてそういうキャラクターを選んだのかな、と思われた。


 すると、「あれ、今、仮面が私の方を見てる?」と思った瞬間、本人が自分からこちらに向かってやってきた。


「あの、スペースの方は、大丈夫でした?」


 そのひそめた声色で、想定した通りに彼で間違いないと分かった。

 身分確認をさせることで安心させようとしてか、指先で仮面を少しずらすようにして顔を覗かせている。

 少し心配そうな顔だった。

 なので、こちらも普通に対応する。


「あ、はい。ピークの時間は過ぎたので。ポストカード、十分くらい前の時点で、五部売れてましたよ」

「うわ、シンヤ兄の本ならともかく、委託の俺のものまでお任せしててすみません。神原さんのお友達なのに」


 予定変更で設営を手伝えなかったことや、タザキさんに渡した自分の在庫のことをずっと気にしていたのだろう。

 察して伝えると、ようやくほっとした様子だった。


「姉ちゃん。俺、シンヤ兄のスペース行ってきていい?」


 状況を聞いてますます見に行きたくなったのか、彼は背後のAKARIさんを振り向いて確認する。

 けれども、その希望はすぐに却下されてしまった。


「だめよ。まだ全然枚数撮れてないもの!!せめてここでしっかり撮らないと、あんたの今年の写真、0枚じゃないの!!」


 その衣装が凛々しい女性軍人風だからか、キャラの小道具としてちょうどムチっぽいものを手にしているからか、AKARIさんのその否定には妙な迫力が出てしまっている。


「あんたの仕事もプライベートも、ずっとファイリングするのがお母さんの生きがいだったのに!!棚のファイル置いてるところ見ながらしんみりしてた、って言ったでしょ!?」


 ただ、次の彼女の台詞は、口調こそ厳しいものの、中身はいくらか優しいもののようだった。


 そっか……。

 こんなに強めに言ってるの、ちょっと怖いかもって思ったけど、お母さんのための撮影だったんだ。


 確かに、有名芸能人の露出度から、写真さえろくに撮らない状態になったら、家族としては心配になるのかも……。


 仮面の彼も、表情は見えないものの、気持ちうつむいた様子になる。

 母や姉を心配させているという事実に、おそらくシュンとしているのだと思われた。


 たとえ情報不足の私でも、「たとえ周囲を心配させると分かっていても、すっぱりアイドルをやめたくなる・写真を撮られたくなくなるほどの何かが、彼にはあったようだ」ということは、さすがに理解した。

 さっきのかなめやタザキさんからの事情説明と、今見聞きした情報から、軽く想像しただけだけども。


 長身なのに、今は心なしかその身を小さくしている様子の彼。

 AKARIさんはそんな弟の背中を、ポンポンとなだめるように軽く二度叩く。


「セルフィーだったらまだいける?緊張解けるかしら?」


 けれども、そこで写真を撮ること自体を諦める、という選択肢は彼女にはなかったらしい。

 ジャケットの内ポケットからスッとスマホを取り出したと思ったら。


「はい、じゃあ、あなたも入って。真ん中ね」


 何でか、私まで彼女に腕を掴まれていた。

 通路に立っていたはずが、そのままコスプレゾーンの中に誘導されてしまう。


「えっ、えっ?」


 躊躇っているうちに「はい、ここに立って」というように肩を押されて、立ち位置を示されてしまった。


「スバル、あんたはこっちね」


 私を中心に挟んで、右側にAKARIさん、左側が彼。


 な、何だかファンタジーの世界に異世界転移してしまった一般人、みたいになってしまっているような……。


「ちょっ、姉さんっ、その人は俺の友達じゃなくて、シンヤ兄の友達の、さらに友達の人でっ……」

「細かいことはいいのよ!!だったらあんたたち、はいっ、今この瞬間から友達よ!!私が認定してやるわ!!」


 私や弟の戸惑いはそっちのけでこう宣言して、まさに今撮る態勢でスマホを構えている。


「えっと、あの、すみません、姉が巻き込んでしまって」

「い、いえ」

「ほらっ、笑いなさい、二人とも!!」


 えっ、ええ~。

 そんな無茶な。


 と思いつつも、一応私は笑顔を作る。

 三人で収まるためにと自然と寄り集まって二人に肩を抱かれる状態になってしまい、「困ったな、どうしよう」という心の動きが全面に出てしまった笑い顔になってしまったけれど。


 あまりにも、距離が近い。

 家族やかなめ以外の人とこの距離感を体感したことはなかった。

 ここまでバッチリとコスプレをしている人と写真を撮ったのも初めてだ。


 コスプレイヤーさん基準ではこれくらいが普通なんだろうか、それとも、AKARIさん自身が常にこのノリなのか。

 撮影音が五回くらいなっているその間、ただひたすら、へらりと固まった笑顔を保ち続けるしかなかった。


「ふふん。悪くないじゃない。あなたが来てくれたっていうイレギュラーが起こったおかげでいい感じに緊張が緩んだみたいね、この子も。ありがとう、助かったわ!!」

「は、はあ。だったら、よかったです……?」


 肩を解放されてほっと息をつく私に、満面の笑みを向けてくるAKARIさん。

 満足がいく写真が撮れたみたいだ。


 私がいない方が、姉と弟の家族写真として二人のお母さんは喜んだのでは……とは思った。

 けど、気になるなら、編集してサクッと消して頂いたらいいと思うし、いいか……と私は自分を納得させる。


「この調子で、こっちでもモリモリ撮るわよ!!まずはアニメの第三話、ふたりの対決シーンのところからねっ」


 気を良くしたAKARIさんは、今度はもっと大きめのカメラを手にして、弟ににっこりと微笑んでいた。

 それなりに役に立ったみたいだし、私はお役御免かな。


「そしたら、私はこの辺で……」


 そう考えた私は、姉弟の水入らずをこれ以上邪魔するのに気が引けて、この場から立ち去ることにする。


 ありがとうね~、と明るく応えた姉と対照的に、小さく「うう……」なんていう、挨拶とも悲鳴とも分からない声を漏らしている弟。

 また緊張が戻ってきてしまったのか。


 さすがに、少し不憫に思えた。

 なので、私は肩掛けのバッグから、飴玉の小袋をひと掴み取り出す。


「あの。これ、あげます。撮影、頑張ってくださいね?元気出して」


 せめてと思って、黒の革手袋の手のひらに、ころりとそれを、三個ほど握らせた。


 これは私の、お祖母ちゃんから学んだ処世術のひとつだ。

 子供の頃、私が悲しかったり辛かったりした時、いつもお祖母ちゃんはこうして、私の手に飴を握らせてくれた。

 だから自分も、学生時代だけでなく今の職場でも、他の人が辛そうにしていた時は、そうすることにしている。


 私はあまり人に優しくできないようだから、せめてこれだけでも渡したい。

 たとえただの自己満足でしかないとしても。


「あ……ありがとう?」

「それじゃあ」


 私が頭を下げると、彼もぺこりと頭を下げて、早足で姉の元へと戻っていった。

 ピンクのパッケージをぎゅっと握りしめたまま。


 うーん、黒のダークな悪役仮面には、ちょっと鮮やか可愛すぎたかもしれないな、イチゴ味……。


 その背中を見届けて。

 私も、私の「本日の課題」に向き合うことにする。

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