第4話◇親友のお友達
日曜日の朝、私は約束通りかなめと一緒にいた。
「今日お手伝いするサークルさんはね。二次創作……アニメや出版社から出ている本やゲームやドラマみたいな、元ネタがある同人誌を作るんじゃなくてね。オリジナル、一次創作メインで活動している人なの」
「そうなんだ」
電車を降り、目当ての即売会への会場に歩いて向かいながら、今回お世話になるお手伝い先について説明してもらう。
「ペンネームはタザキシンヤさん。みんなシンヤさんって呼んでるけど、すっごいかっこいい漫画を描く男の人でね。私もX経由で知ったんだけど、noteのアカウントもあったから、フォローして……」
興奮気味に語るかなめ。
毎度面倒くさくて放り出してしまう私とは違って、まめな性格のかなめは色々なSNSのアカウントをしっかり管理していて、それぞれの友人たちと交流している。
今回手伝いをするというその人も、そうやって知り合った人らしい。
へぇ、タザキシンヤさん、男の人なんだね……と思ったところで、うん?と私は察してしまった。
何だかちょっとかなめのこの感じ、これまでの歴代の好きになった男の人のことを話す時のかなめの言動に、似てる気がする………かも?
そのタザキさんとは、会場のサークル入場口近くで待ち合わせをしている、ということだった。
「あっ。いた。シンヤさーん!!おはようございまーす!!」
さっそく相手を発見したかなめが駆け出しながら挨拶したから、私もそのまま追いかける。
かなめの声と姿に、その人が「おー。おはよう~」とヒラヒラと手を振って応えた。
タザキシンヤさんは三十代半ばくらいの短髪で長身の男の人だった。
ちょうど朝日が差してきたせいで眩しいのか、横長のオーバル型の眼鏡の奥、両目が細められている。
すでに一仕事終わらせてきた後の人のように気だるげだった。
少し眠いのかもしれない。
「おはようございます、今日はよろしくお願いします!!」
「よろしくお願いします、こちらこそ」
職場以外で年上かつ長身という男の人と会話したことはなくて、気圧されつつも、私も頭を下げる。
同行者がいるというかなめの話はしっかり通っていたようで、問題なく先方からも丁寧な挨拶が返って来た。
「あの……私までサークルの方用の入場チケットを譲って頂けるみたいで、よかったんですか?」
私はまず、気になっていたことを訊く。
「スバるんは?今日はポストカード委託するついでに売り子する、って話でしたよね?」
かなめも気になっているようだ。
この同人誌即売会は一スペースにつき三枚の入場チケットがついているそうだ。
サークル主のタザキさん。
売り子の手伝いのかなめ。
そしてもう一人の売り子さん。
もうすでに全てのチケットが割り当てられているはずだった。
だから、元々はかなめだけがサークルチケットを受け取るはずで。
私は一般参加の列にのんびり並ぶつもりでいた。
それが今朝になって、二枚分渡せるようになったとかなめに連絡が来ていた。
となると、そのもう一人の売り子の人はどうしたの?という話になる。
「ああ、全然、大丈夫。ちょうど一枚余っちゃったから」
安心させようとしてくれたのか、タザキさんの表情が笑顔になる。
理性的でクールに見えていた顔つきが、くしゃっと笑いの形になると、さっきよりずっと親しみやすくなった。
「アイツはレイヤーの姉とコスプレの入場チケットで入ることになって、いらなくなっちゃったんだよ」
「あー、そっか。AKARIさんが一緒なんだ~」
「コスプレ?」
かなめが納得顔になり、私が首を傾げたその時だった。
「ごめんっ、シンヤ兄、遅れた!!」
声が響く。
よく通る声だった。
振り向くと、全力で走って来ました、というふうに息を切らした男の人がもう一人、そこに立っていた。
背中にはリュックサック、肩には大きめの帆布のトートバックをかけていて、トートバッグからは筒状の入れ物がピョコンとはみ出している。
走ったせいで乱れたらしく、長めの前髪がばさりと彼の顔にかかっていて、だいぶ見た目が暑苦しい。
そしてTシャツの首元をパタパタと扇いで風を送っているあたり、実際にひどく暑そうでもあった。
実際、私が家を出た時よりも、気温が上がってきている様子。
頬に当たる日光も、まだ午前中なのに「温かい」から「熱い」になりかけだ。
今日もしっかり暑くなりそうだ。
「ああ、やっと来た。スバル、お前結局、何種類って言ってたっけ」
「五種類を一枚ずつ、一セットにしてる」
「あー、じゃあ現物サンプルも掲示した方がいいな。一セット潰していいか?」
「うん。ポスターと在庫はこのトートバッグの中。全部お任せで、いい感じにやっといてくれると助かる」
その場で慣れた感じで打ち合わせを開始する二人を、私はほええ~なんて顔をして見守る。
サークルさんってサンプルやポスターの展示とか、在庫やお金以外にも色々考えてるんだなぁ、とか思いながら、これまでの数度の売り子お手伝いを思い起こす。
すると、あんまりそちらを見てしまっていたからか、スバルと呼ばれたその人と目が合った。
「あっ、おはようございます。神原さん、と……」
ペコッとお辞儀をされて。
「やっほー、スバるん久しぶりー」
かなめが挨拶を返している。
続けてこちらを見返されることで「私に対しての会釈でもあったのか?」とようやく気づいて、私もそのまま、まるでオウム返しみたいに頭を下げた。
「堀紗由美です。初めまして、おはようございます」
神原、というのはかなめが同人活動をする時用のペンネーム「神原枢」のことだ。
カンバラクルルさん。
本名は「田所かなめ」なんだけど、同人誌即売会ではそっちで通っているので、私もここでは意識して「くるる」呼びをする。
でも私にはペンネームなんてないから、ひとまず本名をそのまま名乗った。
「ほりさゆみさん……堀さん……初めまして」
確認、そして意識して記憶するように私の苗字を復唱している彼は、見たところ私よりも少し年下のようだった。
大学生くらいだろうか。
何でか、その声に少し緊張感があった。
そんなに私に対して緊張しているのだろうか。
初対面だから?
少し疑問に思った、その時だった。
「スバル、そろそろ行くわよ!!」
また、綺麗な声が響いた。
先程の彼の声と同じくらいよく通る、しかし今度は、少し迫力がある女性の声だった。
「ヒッ!?」
呼びかけられて、飛び上がる勢いでびっくりしている彼のその背後。
私やかなめと同じくらいの年齢の、けれども、私よりずっと大人っぽく見える女の人が、仁王立ちになっていた。
……わぁ、すっごい、美人さんだぁ。
前下がりストレートボブの、思わず見惚れるくらいの美貌とスタイルの女性だ。
「AKARI」
シンヤさんが口走ったことで、私はその人の名前を知った。