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第46話◇耳元に、宣戦布告

「でも、私の名前が本に載るなんて、今後はもうなさそう」


 私が笑っていると、不思議と、かなめと月浦さんは首を傾げて見せた。「そうかなぁ?」と言いたげに。


「えー、でも、レビュー本出すサークルもあるじゃない?商品紹介とか、旅行記とかも土地の紹介になるんだろうし」

「noteの記事をまとめたエッセイみたいな本も、よく見かけますしね」


 だから、待って待って、と私はびっくりしてしまう。


「私が自分でそういう本作って、文学フリマにサークル参加するってこと?ないよ~」


 それは私にとってはとても、突飛な想像のように思える。


「とか言ってるけどさぁ、未来はわっかんないって!!」


 かなめはいやに楽しそうに、そしてまるで有り得ることのように、その未来を語ろうとしている。


「あ。もし表紙や中身に写真使うなら、俺もお手伝いできるかも。今回の俺の本手伝ってくれたことや、迷惑かけちゃった分のお礼も兼ねて、ってことで」


 月浦さんに至っては、具体的な本の中身の話に踏み込もうとしている。

 まだそんな予定は私の中に存在していないのに。


「えっ、ええ~?そんな時来るかなぁ?ど、どうだろう~?」

「来て欲しいです!!」

「私もさゆみの本欲しい~!!私もミニイラストみたいなのなら協力できるかも」

「ちょっと、かなめっ!!完全に面白がってるでしょ!?」

「俺もイラストならいけるな」

「私もイベントや本の情報、拡散できるけど」


 こちらは完全に及び腰、しどろもどろなのに、月浦さんは食い気味に断言してくるし、その場の全員が乗っかってきた。

 さすがに私はブンブンと首を大きく横に振ってしまう。


「わあぁ、シンヤさんとAKARIさんまでそんな……!!めちゃくちゃすごい布陣じゃないですか!!いや、無理無理無理ですよ、そんなの絶対、無理ですって!!」







 そんな感じではしゃいでしまったせいか、思っていた以上に私はペース早めにカシスオレンジを飲んでしまっていたらしい。

 段々と視界がホワホワしてきている気がする。


 会計が終わり、みんなで揃ってエレベーターで降りて、ビルを出た。

 5人で駅前の方に歩いていく。

 その足元が、少し危うい。

 自分でも分かるくらいに。


「酔っちゃいました?」


 顔が熱っぽい。

 私が目元を押さえていたからか、月浦さんが訊いてきた。


 あれ?月浦さん、いつから隣にいたんだっけ……?

 よく覚えていない。

 かなめは少し離れたところでAKARIさんとシンヤさんの間にいて、今期の人気アニメの話で盛り上がっているようだった。


「まぁ、ちょっといつもより飲んじゃったかもですね」

「俺もです」


 やっちゃったかも、という気持ちでへらりと笑って見せると、月浦さんもほぼ同じようなノリで、ふにゃりと笑って返してきた。

 前髪の向こう、明らかに酔いが回った、潤んでトロリとした目になっているのが見える。

 頬も少し赤い。


 まぁ、飲みたいと思うようなことが確かに今日は起こったなぁ、とは思うので、お互い仕方ない。


 けれど、何故か、じっと月浦さんは私の顔を見てきた。

 長身だから斜め上から、まるで覗き込むようにして。


「……あの。酔ったついでに、訊くんですけど」


 少し言いにくそうに、小声で月浦さんは話す。

 歓楽街は騒がしい。

 私は一歩近づいて、耳を傾ける。


「何でしょう?」


 また次の写真集を作りたいとか、そういう話だろうか。

 そういう推理をして先を促したのだけれど、何故か、さっきより増して言いにくそうに、月浦さんは視線を漂わせた。


「さゆさんって、前に訊いたあの時以降、好きな人とか恋人とか、もういらっしゃるんですか……?」


 耳に届いたのは、とても、プライベートな質問だった。


「え、いっ、いないですよ!!」

「俺とか、対象になりますか?年下ですけど」

「へっ!?」


 私はまじまじと、その人の顔を見返す。

 一体、何を言ってるんだろうか、この人は……と。


「その顔、ってことは、やっぱり考えたこともなかった、って感じですねっ……。だったら、俺、今後は振り向いてもらえるように頑張るんで!覚悟して頂けると幸いです!」


 それは、まるで宣戦布告と言ってもいい勢いだった。

 また一歩こちらに向かって、月浦さんは距離を詰めてくる。


「え……っ?」


 少し屈んでいるのか、とても、顔が近い。

 至近距離で、私は月浦さんの表情を見ることになった。


「今回のことで、絶対に逃がしたくなくなりました。写真の方のマネージャー的な意味でも、恋愛的な意味でも」


 私の耳元、内緒話の声色で月浦さんが呟く。

 その間も、じっと見ている……。

 二つの瞳が、私を。


 さっきは単に酔いで潤んでいるだけだと感じた眼球の向こう、チラチラと強い熱を感じた。

 それはきっと、彼の私に対する「執着」の気持ちだ……。


 ぞわりと、私の胸の内に、何かの感触が芽生える。

 私が見たいと願っている、他人の執着。

 彼のそれが――明らかに、この私に、向いている。


「じゃあ、お先失礼します!」


 私が言われたことの全てを咀嚼し終える前に、月浦さんはサッと私から離れた。

 顔が、赤い。

 真っ赤だ。


 というのをはっきりと見る前に、月浦さんはそのまま駆け去ってしまった。


「……あっ、えっ」


 戸惑う私。

 ふと視線を流すと、かなめとAKARIさんがこちらを凝視していた。

 シンヤさんはというと、その場に座り込んで、ヒィヒィと呼吸困難を起こしながら爆笑していた。

 今の経緯は、完全に、三人にも聞かれていたらしい。


「あの……私が?振り向くように?って、月浦さん、言ってた?ような?」


 なので、私はまず、耳にしたことに聞き間違えがなかったかどうかを、かなめに確認してみる。


「そう。アンタ」


 かなめと、横にいたAKARIさんまでもが、大きくこっくりと、頷いて見せた。

 同時に、ひときわシンヤさんの爆笑が大きくなる。


「さっそく、他人に執着されたけど。どんな感じ?」

「私……?何で?」


 一体どうしてそんなことに?

 ここまでの月浦さんとの経緯で、何かそういう雰囲気になることって、あっただろうか。


「本当、アンタそういうところ、あるよね……」

「ちょっと、くるるちゃん。この子……思っていたよりだいぶ面白いわね?」


 首を傾げる私に、ちょっと呆れたかなめの視線と、AKARIさんの興味深いものを眺める時の視線が、注がれている。

 そして、爆笑。


「シンヤさん、めっちゃ、笑いますね……?」

「アイツがガチ告白して何も実らねぇの、初めて見た、マジか、ヒーッ!!」


 私が思わず話しかけても、シンヤさんは、本当に苦しそうに笑い続けていた。

 酔っているにしても笑い過ぎだ。

 果たして一体、何がそこまでシンヤさんの笑いのツボを押したのか。

 私か?


「はー、様子見てくる。んで捕まえて帰るわ。俺ら」

「あのバカ、絶対、無軌道に走り回って迷子なってる!!」


 まだいくらか苦し気に呼吸を乱しながらも、シンヤさんは言う。

 AKARIさんはというと、自分のスマホをその耳に当てていた。

 どうやら月浦さんのスマホにかけているようだけど、まだ出てはくれないみたいだ。

 走っていて気付いていないのかもしれない。


 私とかなめに手を振って、二人は月浦さんが駆けて行った方角へと足を向ける。

 ここで解散しよう、ということらしい。


「あはは、了解で~す。お疲れ様でした~」

「お、お疲れ様でした。また、noteで!!」


 挨拶をすると、まだ笑い顔を消せないままの状態で、シンヤさんが言った。


「まぁ、さゆさんの気持ち次第なんだけどさ。少しくらいは受け止めて考えてやってくれたら助かるかな?と親戚代表としては言っとく」

「姉としてもね。ま、主に面白いからだけど?」


 AKARIさんも同じような表情だ。


「は、はい……」


 とりあえず、私は頷いて返す。

 それを確認して、二人は去っていった。

 後には私とかなめだけが残される。


「……さて。ここから私とさゆみ、ふたりっきりの二次会となりますが?」


 いかにもニヤニヤ、という顔つきになって、かなめが私の表情を確認してきた。


「月浦くんのこと、どうするの?」


 ――どうしよう。

 正直、数分前に私と月浦さんの間で起こった、あのあれが本当に現実に起こったことだったのか、今でも混乱している。


「わかんない……考えること、いっぱい過ぎて」


 何で?とか、いつから?とか、あらゆる疑問が浮かんできてはいるけれど、私にはどれもこれも、判断がつかない。


「でも……色々と、ドキドキする」


 今、確かなのはそれだけ。

 この胸の動悸が何なのかは、まだ分からない。


 単にすごく驚いただけか。

 人と深く関わる時特有の恐怖か。


 まさか、この私にも「男子とくっついたり、好意を伝えられたりしてときめく」みたいな、乙女らしい機能が、まだ少しは残されていたのか。


 それとも――まだ見ぬ他人の執着や、心の深淵を覗き込む、その興味深さか、喜びか。


 ただ、今は。

 きっと誰かと関わるって、こういうことなんだ、って思ってる。


 そしてそれもこれも全部、何もかもが、noteに関わらなければ、起こらないことだったと……私は思うんだ。

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