第46話◇耳元に、宣戦布告
「でも、私の名前が本に載るなんて、今後はもうなさそう」
私が笑っていると、不思議と、かなめと月浦さんは首を傾げて見せた。「そうかなぁ?」と言いたげに。
「えー、でも、レビュー本出すサークルもあるじゃない?商品紹介とか、旅行記とかも土地の紹介になるんだろうし」
「noteの記事をまとめたエッセイみたいな本も、よく見かけますしね」
だから、待って待って、と私はびっくりしてしまう。
「私が自分でそういう本作って、文学フリマにサークル参加するってこと?ないよ~」
それは私にとってはとても、突飛な想像のように思える。
「とか言ってるけどさぁ、未来はわっかんないって!!」
かなめはいやに楽しそうに、そしてまるで有り得ることのように、その未来を語ろうとしている。
「あ。もし表紙や中身に写真使うなら、俺もお手伝いできるかも。今回の俺の本手伝ってくれたことや、迷惑かけちゃった分のお礼も兼ねて、ってことで」
月浦さんに至っては、具体的な本の中身の話に踏み込もうとしている。
まだそんな予定は私の中に存在していないのに。
「えっ、ええ~?そんな時来るかなぁ?ど、どうだろう~?」
「来て欲しいです!!」
「私もさゆみの本欲しい~!!私もミニイラストみたいなのなら協力できるかも」
「ちょっと、かなめっ!!完全に面白がってるでしょ!?」
「俺もイラストならいけるな」
「私もイベントや本の情報、拡散できるけど」
こちらは完全に及び腰、しどろもどろなのに、月浦さんは食い気味に断言してくるし、その場の全員が乗っかってきた。
さすがに私はブンブンと首を大きく横に振ってしまう。
「わあぁ、シンヤさんとAKARIさんまでそんな……!!めちゃくちゃすごい布陣じゃないですか!!いや、無理無理無理ですよ、そんなの絶対、無理ですって!!」
◇
そんな感じではしゃいでしまったせいか、思っていた以上に私はペース早めにカシスオレンジを飲んでしまっていたらしい。
段々と視界がホワホワしてきている気がする。
会計が終わり、みんなで揃ってエレベーターで降りて、ビルを出た。
5人で駅前の方に歩いていく。
その足元が、少し危うい。
自分でも分かるくらいに。
「酔っちゃいました?」
顔が熱っぽい。
私が目元を押さえていたからか、月浦さんが訊いてきた。
あれ?月浦さん、いつから隣にいたんだっけ……?
よく覚えていない。
かなめは少し離れたところでAKARIさんとシンヤさんの間にいて、今期の人気アニメの話で盛り上がっているようだった。
「まぁ、ちょっといつもより飲んじゃったかもですね」
「俺もです」
やっちゃったかも、という気持ちでへらりと笑って見せると、月浦さんもほぼ同じようなノリで、ふにゃりと笑って返してきた。
前髪の向こう、明らかに酔いが回った、潤んでトロリとした目になっているのが見える。
頬も少し赤い。
まぁ、飲みたいと思うようなことが確かに今日は起こったなぁ、とは思うので、お互い仕方ない。
けれど、何故か、じっと月浦さんは私の顔を見てきた。
長身だから斜め上から、まるで覗き込むようにして。
「……あの。酔ったついでに、訊くんですけど」
少し言いにくそうに、小声で月浦さんは話す。
歓楽街は騒がしい。
私は一歩近づいて、耳を傾ける。
「何でしょう?」
また次の写真集を作りたいとか、そういう話だろうか。
そういう推理をして先を促したのだけれど、何故か、さっきより増して言いにくそうに、月浦さんは視線を漂わせた。
「さゆさんって、前に訊いたあの時以降、好きな人とか恋人とか、もういらっしゃるんですか……?」
耳に届いたのは、とても、プライベートな質問だった。
「え、いっ、いないですよ!!」
「俺とか、対象になりますか?年下ですけど」
「へっ!?」
私はまじまじと、その人の顔を見返す。
一体、何を言ってるんだろうか、この人は……と。
「その顔、ってことは、やっぱり考えたこともなかった、って感じですねっ……。だったら、俺、今後は振り向いてもらえるように頑張るんで!覚悟して頂けると幸いです!」
それは、まるで宣戦布告と言ってもいい勢いだった。
また一歩こちらに向かって、月浦さんは距離を詰めてくる。
「え……っ?」
少し屈んでいるのか、とても、顔が近い。
至近距離で、私は月浦さんの表情を見ることになった。
「今回のことで、絶対に逃がしたくなくなりました。写真の方のマネージャー的な意味でも、恋愛的な意味でも」
私の耳元、内緒話の声色で月浦さんが呟く。
その間も、じっと見ている……。
二つの瞳が、私を。
さっきは単に酔いで潤んでいるだけだと感じた眼球の向こう、チラチラと強い熱を感じた。
それはきっと、彼の私に対する「執着」の気持ちだ……。
ぞわりと、私の胸の内に、何かの感触が芽生える。
私が見たいと願っている、他人の執着。
彼のそれが――明らかに、この私に、向いている。
「じゃあ、お先失礼します!」
私が言われたことの全てを咀嚼し終える前に、月浦さんはサッと私から離れた。
顔が、赤い。
真っ赤だ。
というのをはっきりと見る前に、月浦さんはそのまま駆け去ってしまった。
「……あっ、えっ」
戸惑う私。
ふと視線を流すと、かなめとAKARIさんがこちらを凝視していた。
シンヤさんはというと、その場に座り込んで、ヒィヒィと呼吸困難を起こしながら爆笑していた。
今の経緯は、完全に、三人にも聞かれていたらしい。
「あの……私が?振り向くように?って、月浦さん、言ってた?ような?」
なので、私はまず、耳にしたことに聞き間違えがなかったかどうかを、かなめに確認してみる。
「そう。アンタ」
かなめと、横にいたAKARIさんまでもが、大きくこっくりと、頷いて見せた。
同時に、ひときわシンヤさんの爆笑が大きくなる。
「さっそく、他人に執着されたけど。どんな感じ?」
「私……?何で?」
一体どうしてそんなことに?
ここまでの月浦さんとの経緯で、何かそういう雰囲気になることって、あっただろうか。
「本当、アンタそういうところ、あるよね……」
「ちょっと、くるるちゃん。この子……思っていたよりだいぶ面白いわね?」
首を傾げる私に、ちょっと呆れたかなめの視線と、AKARIさんの興味深いものを眺める時の視線が、注がれている。
そして、爆笑。
「シンヤさん、めっちゃ、笑いますね……?」
「アイツがガチ告白して何も実らねぇの、初めて見た、マジか、ヒーッ!!」
私が思わず話しかけても、シンヤさんは、本当に苦しそうに笑い続けていた。
酔っているにしても笑い過ぎだ。
果たして一体、何がそこまでシンヤさんの笑いのツボを押したのか。
私か?
「はー、様子見てくる。んで捕まえて帰るわ。俺ら」
「あのバカ、絶対、無軌道に走り回って迷子なってる!!」
まだいくらか苦し気に呼吸を乱しながらも、シンヤさんは言う。
AKARIさんはというと、自分のスマホをその耳に当てていた。
どうやら月浦さんのスマホにかけているようだけど、まだ出てはくれないみたいだ。
走っていて気付いていないのかもしれない。
私とかなめに手を振って、二人は月浦さんが駆けて行った方角へと足を向ける。
ここで解散しよう、ということらしい。
「あはは、了解で~す。お疲れ様でした~」
「お、お疲れ様でした。また、noteで!!」
挨拶をすると、まだ笑い顔を消せないままの状態で、シンヤさんが言った。
「まぁ、さゆさんの気持ち次第なんだけどさ。少しくらいは受け止めて考えてやってくれたら助かるかな?と親戚代表としては言っとく」
「姉としてもね。ま、主に面白いからだけど?」
AKARIさんも同じような表情だ。
「は、はい……」
とりあえず、私は頷いて返す。
それを確認して、二人は去っていった。
後には私とかなめだけが残される。
「……さて。ここから私とさゆみ、ふたりっきりの二次会となりますが?」
いかにもニヤニヤ、という顔つきになって、かなめが私の表情を確認してきた。
「月浦くんのこと、どうするの?」
――どうしよう。
正直、数分前に私と月浦さんの間で起こった、あのあれが本当に現実に起こったことだったのか、今でも混乱している。
「わかんない……考えること、いっぱい過ぎて」
何で?とか、いつから?とか、あらゆる疑問が浮かんできてはいるけれど、私にはどれもこれも、判断がつかない。
「でも……色々と、ドキドキする」
今、確かなのはそれだけ。
この胸の動悸が何なのかは、まだ分からない。
単にすごく驚いただけか。
人と深く関わる時特有の恐怖か。
まさか、この私にも「男子とくっついたり、好意を伝えられたりしてときめく」みたいな、乙女らしい機能が、まだ少しは残されていたのか。
それとも――まだ見ぬ他人の執着や、心の深淵を覗き込む、その興味深さか、喜びか。
ただ、今は。
きっと誰かと関わるって、こういうことなんだ、って思ってる。
そしてそれもこれも全部、何もかもが、noteに関わらなければ、起こらないことだったと……私は思うんだ。
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