第45話◇ゆざまし白湯は執着する
片付けを終えて会場を離れた私たちは、やがてとあるビルの5階にある焼き鳥屋さんに辿り着いた。
会場から出て以降は、もう私たちのうちの誰も、すももさんの話はしなかった。
意識的に、全員がそうしていた。
次にあの話について具体的に私たちが語るのは、きっと「東雲洸」の正式なコメントが世に出て以降になる。
打ち合わせたわけでもなく、けれども、私たちは自然とその意志で動いていた。
そんなに広くない個室、みんなでわちゃわちゃと騒ぎながら料理と飲み物を注文する。
自然と「今日の文学フリマの反省会」みたいになっていった。
売り上げやディスプレイや自分たちが出した本の中身の反省会。
そして今日それぞれが入手した素敵な戦利品、他の人が出した本やグッズなどについて。
「さゆみは?今日一日、どうだった?」
かなめに話を振られて、私はカシスオレンジ入りのグラスを置く。
ちょうど月浦家の3人は次に頼むものを決めるためにメニューに集中していて、3対2に分かれていた。
「大体、楽しかった、かな。サークルさんも、一通りチェックしていたところは大体買えたし……」
……1冊を除いては。
売り子としては、黒字とはならなかったけれど、写真集の残部は一桁になっていた。
初参加としては健闘している。
客としても、気になっていたサークルは大体回れたので、それは良かった。
「こんなにたくさん参加サークルがあるんだから、しっかり調べてメモってないと、絶対回りきれないよ!?」とかなめに注意喚起されて頑張った事前のサークルチェックが、おかげで功を奏したみたいだ。
確かに、最後の方は色々あったんだけども……概ね「今日は楽しかった!!」と言ってもいい状況だと思う。
「いや~、そう言っておいて、後でイベントレポや事後通販の情報がnoteで回ってきたら、ここも行っとけばよかった!!ってなって、また追加で買っちゃうかもよ?」
そこそこ満足かな、なんて思っていたけれど。
私はこのかなめの言葉に、「その先」があることを示唆されてしまった。
今日買ったサークルさんは複数の本を発行しているところもあって、でも私はその中から一種だけを選んで購入している。
もしその一冊を気に入った場合は、「作者買い」に走って他の本も買い集めてしまうかもしれない……。
「ええー、破産したらどうしよう。そんなの、沼過ぎる……」
私は買うものがたくさんあるのは困るなぁと苦笑して見せた。
けれども、「買えないままの可能性」についても考えた。
すももさんはどうするんだろうか。
「僕たちがこんなに泣きたくなるのは、そらのひかりが眩しいから」の、通販は。
今回、すももさんの本が手に入らなかったことだけは、私の心に暗い影を落としている。
「通販……あるといいな……」
思いを込めて、私は呟いた。
すももさんがその辺りをどうするつもりなのかは、まだ分からない。
今は彼女のファンとして、ただ願うしかない。
「さゆみは、何か自力で作品作ろうってならなかった?」
などと思っていると、突然、かなめが訊いてきた。
「……うーん。それなんだけどね。私は、自分で作品を生み出す側ではないのかも。今のところは」
やっぱり私は私自身が、何かを生み出すイメージが抱けない。
かなめの小説本、月浦さんの写真集、シンヤさんの漫画本、AKARIさんならコスROM。
そんなふうな「意志をもって形にしたい何か」のイメージが、全く掴めていない。
「じゃあ、noteは?続けるの、嫌になった?」
次に振られた問いは、確実に今回のすすもさんのことを想像させる問いだった。
彼女の名前は表立っては口走らなかったけれど、かなめはそのことを聞いてるんだと、分かった。
「……もしかして、かなめ、気にしてる?」
最初に私に対してnoteをやるように言ったのは自分だからって、心配しているんだ。
「ちょっとね。正直、さゆみってこういうコミュニケーションの面倒臭いこと、あまり得意じゃないでしょ」
「まぁ、確かにそうだね」
言われた通り、すももさんと「東雲さん」との一件は、私にとっては間違いなく「面倒なこと」の塊だったと感じる。
けれども――今の、私の気持ちは。
「でも、意外とね。もうやだ、絶対やめる、アカウントも消してやる!!とは、全く思ってないみたい」
それが、本当に不思議だった。
今までだったら、すももさんがそういう行動を取ったと理解した時点で、縁を切ったりアカウントの削除を考えたりしていたかもしれないのに。
「すももさんが今回のことで思ったこと、気になるし、もし何か記事を書いてくれるなら、今後も引き続き見てみたいかも、って思ってたりする。実は」
この私の気持ちは、やっぱりちょっといけない、「下種な野次馬根性じみた興味本位」なんだろうか。
でも私は、あの彼女の、「うらはらすもも」のアカウントの記事を、引き続き今後も見ていたいと思っている……。
それは「東雲洸」が許さないというのなら、果たされないのかもしれない。
私は彼のことを知る人として、「東浦晃星」のマネージャー役の人間としても、すももさんを断罪する側にがっちりと回るのが「正しい」のかもしれない。
ただし、「ゆざまし白湯」個人としては、「うらはらすもも」という人に対して、強い興味がある……。
「少しは興味持てること、できた?」
「うん。そうだね」
かなめの問いに、私は大きく頷いた。
「何かに執着する人って、興味あるかもしれない。私」
私は、「何かに執着する人」に執着する性質がある……。
自覚した瞬間、ゾク……と背筋を駆け抜けるものがあった。
「私には少ないから、そういうの」
そうだ。
私が好きな人たちは、一緒に過ごしたいと感じる人は、みんなそうだったんだ。
ああ。
お祖母ちゃんも、かなめも、月浦さんもAKARIさんも、シンヤさんも、すももさんも、今日、初めて本を買った文学フリマに参加しているnoterさんたちも、喫茶・琥珀糖の戸坂さんだって、みんな、みんな。
結局は、みんなが私にとっては、揃ってそういう人たちだった。だから、noteでずっと見ていたくなった。
みんなの先を、未来を。
「何かに執着している人のことをいくら知っても、さゆみ本人が何かに執着できるようになるとは、限らないかもよ?」
レモンサワーを飲むかなめの口調は、さっぱりと酸っぱい。
本質を突かれたような気がして、私は薄く笑う。
「……うん。そうかもね」
本当は、私ももっとみんなと同じように強く何かに執着できたら、楽しくて幸せなのかもしれない。
けれど。
「でもさ、みんなが作ったものや、執着するものを紹介する記事を書くのも、意外と楽しいかもな、って」
noteを更新したり、他の人が生み出したものを覗いたり、最近の私は素直に毎日が楽しいと感じられている。
人の作品に対して思ったことを書くのも、楽しい。
「そう?だったら、レビュアーってのもいいかもね?」
カラリとグラスの氷を鳴らしながら、かなめが言った。
「レビュアー?」
「イベントレポとか、商品レポとか、推しレポとか。趣味の人もいるけど、意識的にインフルエンサーみたいな地位狙ってそういう記事書く人も多いし」
「そうなんだ」
「お祖母ちゃんと大林さんの記事とか、あれ以降の大林さん関連記事も、スキ多くていい感じだったじゃない?」
かなめは例として挙げたんだろうけど。
この辺りに触れられると、私としては、やっぱりあの人のことに触れないわけにはいかなくなる。
「あれは、それこそすももさんが紹介してくれたから……」
私は小声で彼女の名前を呟く。
月浦さんにはなるべく聞こえないように、配慮して。
その辺りの私の記事の閲覧が伸びていたのは、確実にすももさんのおかげだ。
彼女が定期的に「面白くておすすめの記事です!!」なんて言って紹介してくれたのが、本当に大きい。
「うーん。月浦くんのこと考えると、フクザツだけどね」
かなめも私に釣られたように小声になる。
「なんか、人ってさ。色々な一面があるよね」
「そうかもね……」
「呼びました?」
私とかなめが苦笑した、その時だった。
ヒョイと月浦さんが近くに寄ってきて、話に入ってきた。
さっきまで「あれが食べたい、これも追加で」とモメていた3人も、ようやく追加注文を終えたらしい。
「呼んではないよ。ただ、私の本にも月浦くんの本にも、協力者としてさゆみの名前があるね、って話~」
かなめがいい感じに話題をスライドしてくれて、「そういえばそうだな」と私も思い当たる。
「ああ!!そうだった、お礼すっかり言いそびれてた!!本当にご協力、ありがとうございました。ゆざまし白湯さん」
月浦さんは、ペコリと頭を下げた。
「いえいえ」
「私も、ありがとね」
「うん」
かなめもお礼を言ってくれて、私たち3人は深々とお辞儀をし合う。
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