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第42話◇ゆざまし白湯は、うらはらすももと対面する

 自分のnoteやⅩを更新したり、「東浦晃星」の写真集の売り方を月浦さんと相談して、WEBカタログや宣伝記事を充実させる日々を過ごしているうちに、あっという間に文学フリマin東京、当日になってしまった。


 今日はシンヤさん・かなめもサークル側で参加しているため、二人は同じ会場にいるとはいえ、自分のスペースにほぼかかりっきりになる。

 一応隙を見て様子を見に来ると二人ともが言ってはいたけれど、配置の関係で距離があるので、そう頻繁には無理かもしれない。


 AKARIさんと私の二人が交代で「晃星堂」の売り子をして月浦さんを手伝う、という予定だ。

 ただ、AKARIさんは知人への挨拶回りを先に終わらせてくるとのことで、一般入場開始から一時間は抜けている。

 そのためか、隣の月浦さんは若干緊張気味だった。


「いよいよですね」

「ですね……」


 私も一緒に緊張していた。

 手伝いはしていても今までは全くなかった「当事者感」みたいなものが、初めて存在した。


 写真集が最終的にどれだけ売れるか、まだ分からない。

 果たして、完売できるのか。

 事前にやった宣伝がきちんと功を奏しているのかどうか。

 この表紙の写真を元にしたポスターを目印に、どれだけの人が集まってくれるのか。

 それら全てが未知数だった。


『ただ今より、一般入場を開始致します』


 アナウンスと拍手が流れる。

 会場のざわめきが一層大きくなる。

 期待感は一気に高まっていく。


 やがて少しずつ会場内に人が満ち始めた。

 そしてnoteやⅩのフォロワーさんなどの「晃星堂」を目当てに来てくれた人や、ふらりとポスターを見て立ち止まって机上を見てくれる人が、ちらほらと現れる。


 たまに、「東浦さん」ではなく、「白湯さん」と私を訊ねてきてくれる人もいた。

 ここで売り子をしていると事前にアナウンスしていたからだ。


 フォロワーさんに「わ、白湯さん、本当に実在していたんですね!?」とか言われたりして、私たちnoteやⅩでたまたま知り合っただけの人たちはお互いの存在を確かめ合った。

 そして私が事前のチェックをした上で買い物に訪れたサークルの主さんも、ちゃんと私に本を手渡してくれたり、「本人です」と話してくれたりした。


 みんな、生身の人間だった。

 BOTでもAIでもなく、全員がちゃんと「しっかりと生きて存在している人」だった。







 そうして、十五時過ぎ。

 イベントも後半戦だ。


 私はたくさんのフォロワーさんと会えて、衝動買いした知らないサークルさんとも新たに出会えて、ずっしりと重みを増してきたエコバッグの重みにも満足していた。


 そして売り子としても、きちんと「今、動き出しそうな世界」が売れている様子が見られて安心した。

 じわじわと人が来ている。聞けば「note・Ⅹ・WEBカタログで見て」と言って貰えるので、私も作業を頑張って良かったなと、とても報われた気持ちになった。

 月浦さんも嬉しそうだった。


 ピークを少し過ぎた会場内は、人の流れが少しずつ落ち着いてきている。「晃星堂」の右隣のサークルは既に片付けて帰ってしまっていた。

 それでも「その本どこで買ったの?」と友人が買った良さげな本の在りかを聞き出しては自分もそこに買いに行く、なんて人もいる。

 あちらこちらから明るい声が聞こえている。


「あと行きたいのは、すももさんのところだけ……」


 唯一、配置が遠いBLスペースの「すもも☆SPARKLE」にだけ、まだ行けていなかった。


 そして十五時半頃、運悪く私がトイレで席を立ったタイミングで、「白湯さんは」とすももさんが訊ねてきてくれたらしいと、戻ってきた後にAKARIさんに聞かされた。

 それはちょうど私も月浦さんもいないタイミングで、AKARIさん一人に対応してもらったのだった。


 すれ違っちゃったな。

 すももさんの「僕たちがこんなに泣きたくなるのは、そらのひかりが眩しいから」、完売してないといいな……。

 そろそろ行ってみようかな。


 そんなふうに思っていた、十六時過ぎ。

「晃星堂」にお客さんがやってきた。

 なので、私は「この接客が終わって今トイレでスペースを離れているAKARIさんが戻ってきたら行こう」と心に決める。


「あの」


 そのお客さんは、ふわふわとしたパーマが柔らかそうな女の子だった。

 どこかで会ったような気がする……。

 けれども、そんなことより接客だ。


 はい、と対応しようとしたら、その子はすでに月浦さんの方に行っていた。

 まじまじといった視線で月浦さんを見つめて、そして――はっきりと、言った。


「あなたは、東雲洸くん、ですよね?」


 ヒュッ、と途端に空気が凍る。

 私はつい、月浦さんを見てしまう。

 そしてそれは彼女に、自分の発言の正しさを知らせてしまうことになる。

 月浦さん本人も、分かりやすく息を飲んでしまっていた。


「やっぱり、そうだったんだ……」


 彼女は呟く。

 どうやら「東雲洸」のファンのようだった。

 バックの金具の所に、知っているものがくっついていた。


 リフレちゃんだ。

 私やかなめが持っているものとは少しデザインが違うものだけれど。


 アルファベットが書いてある。

 少し掠れたブルーの印刷のそれは「SOLUNAR」と読めた。

 リフレちゃんの、SOLUNARコラボ商品、だった。


「洸がやめたのって、まさか彼女ができたから……?あなたと、付き合うことになったから?おかしいと思ってた。少なくとも、コミックアクセス5の時からだよね?最近の洸、いつ見ても、この人と一緒にいた」


 その口から、疑念が吹き出す。

 二つの瞳が私を見つめていた。

 違う、と言いたかったけれど、口からは声が出なかった。


「ここ最近、俺の後をつけてきてたのは、君か」


 月浦さん――いや、東雲さんが、呟く。

 私はコミックアクセスの日、喫茶・琥珀糖から帰ろうとした時に、彼が妙に背後を気にするように見ていたことを思い出した。


 そうだ。

 コミックアクセス以降、私が月浦さんとよく一緒にいたこと自体は、事実だ。

 自宅にも行っている。

 けれども、「彼女」ではない。


「この人は俺が『東雲』の名前を隠している状態で、コミックアクセスで初めて知り合った人だ。SOLUNARのことも興味なかった。それに、写真集作りは手伝ってもらったけど、恋人という事実はない」


 かわりに、東雲さんが彼女にそう伝えて否定する。

 そうだ。

 その時は、確実に興味なかった。

 最初は「失言をしてトラブルになって、かなめとお友達に迷惑をかけたくなかったから」、知ろうとしただけ。


「そんなこと、言ってるけど。結局、あなたもアイドルだった彼に引き寄せられただけなんじゃないの?」

「え――」


 お人形のような目で見つめられてそう問われた時。

 私は「アイドルの彼のことなんて全くもって興味ない」とは、言い切れなかった。


 今の私は「その頃の彼」を既に知ってしまっていて、写真に取り組む彼やアイドルの仕事をしていた彼に対しても、「好感」といってもいい感情を抱いてしまっているからだ。

 ファンでも恋人でもないにしろ。


 すももさんの記事を読んだり、大林さんと共演する彼のドラマを見たり、彼本人から話を聞くうちに、いつの間にか「東雲洸」にまつわるものは私にとって楽しいものになっていた。

 それは「アイドルとしての彼に引き寄せられた」のと、一体何がどう違うのか。


 ……ああ。

 私だけが「やらかさないように」とどんなに念じていても、こういうふうに、人と人との間にトラブルは起こってしまうものだったのだ。

 だって、そもそもコミュニケーションというものは、人と人――複数人の間でしか成立しない。

 私の中だけで完結するものではないんだから……。


「洸はっ……」


 彼女が言いかけた、その時だった。


「はい、ストップ。それ以上は、出るとこ出るわよ」

「っ、AKARIさんと、シンヤさん……」


 台詞は遮られる。

 AKARIさんによって。

 勢い良く私に食って掛かろうとしていた彼女は、途端に「やばい」という顔になった。

 彼女は当然、この人が「推しの姉」であることを知っているから。


 けれども、何でか、AKARIさんの方も「あれ?」というおかしな顔になっていた。


「え、ちょっと待って。あなた、確か、すももさん……?ついさっき、スペース来てくれてたわよね?白湯さんは、って訪ねてきてくれた……」

「え……」


 思いもかけない名前がそこに出てきて、私は「すももさん」と、AKARIさんにその名を呼ばれた彼女を、凝視する。


「あとさ、前にコミックアクセスで、ホラ、俺のスペースでコイツのポストカードを買っていった女の子だよ、さゆさん」


 シンヤさんが情報を追加した。


 そうだった、ポストカードセットを買って行った、あのふわふわパーマの女の子。まだ「東浦晃星」じゃなくてただのスバルで活動していた頃の、月浦さんのお客さん。

 目の前のその子の髪も、同じくふわふわと柔らかそうだった。


「あなたが、すもも、さん……?」


 信じられない。

 改めて、問いただすように私は訊く。

 すると、彼女はしっかりと頷いた。

 小声だったけれど。


「はい。私が、うらはらすもも、です。……やっぱり、あなたが、ゆざまし白湯さん……」

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