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第39話◇東雲洸が芸能界を引退した理由

「でも月浦さん、芸能の仕事も、お好きだったんですね」


 私は素直に、感じたままを口走った。


「え……」

「だって今、とても楽しそうにお話しされてたので」


 過去の思い出に対するポジティブな印象がこちらに伝わってきた。

 けれど、月浦さんの方はそれを自覚できていなかったようで、そんな私の指摘に驚いたようだった。

 私の顔を見返して、何度もまばたきをしている。


「そんなに好きだったのに、どうしてやめることになったのか、聞いてもいいですか?」


 そう、芸能の仕事自体が嫌いで仕方なくてやめた、みたいな印象は全く感じられない。

 ということは、それ以外が理由ということになる。


「……そう、ですね。さゆさんには、話せそうです」


 月浦さんは一度思案したように沈黙していたけれど、やがて私の両目をじっと見返してから、静かに語り出す。


「一度、ストレスを溜め込んだ結果、倒れて。その時、色々考え込んじゃったんですよね。それで俺、宵悟に、お前はソロ……一人でも大丈夫なんじゃないか、って言ったんです」


 やっぱり、SOLUNARでコンビを組んでいた如月さんとの事情が深く関係しているようだった。


「写真家の夢の話もして。分かってもらえるんじゃないかって思って言ったけど、伝わらなかったんです。『そんなことより、アルバムとかコンサートに向けてやることとか、他にあるだろ』って、切って捨てるみたいに言われて」


 とても痛そうな表情で、月浦さんは語る。

 まるで今、当時を思い出して追体験しているかのように。


「そんなこと、って言われたのが、俺の中で、結構ショック大きかったんですよね」


 長年胸に温めていた「写真家になりたい」という夢について、軽視する発言をされた。

 どうやらこれが、如月さんが取り返しが付かない勢いで月浦さんの怒髪天を突いてしまうことになった、最大のポイントらしかった。


「ずっと一緒にいたんだから、きっと分かってもらえるはずって、俺が勝手に宵悟に甘えていたのもあると思います。ただ、写真に入れ込んでたのを、横で見ていて知ってたはずなのに、その上で軽く『そんなこと』って言われると、さすがにそれは無理で」


 自分が一番大切に思っていたことを、相手には大切にしてもらえそうにないという現実が分かってしまったのが、月浦さんにとっては何よりも耐えられなかったのかもしれない。


「俺だって、できるなら、もっと穏便に解散したかった。話が出ていたアルバムやコンサートの予定も、あんな形で放り投げたくなかったし、それは、今でも心残りです」


 私はすももさんの記事の「体調不良から、アルバムも出ないままに、どうしてそこから引退までいっちゃったのか」という記述について、思い出していた。


「ただ、もしそのままアイドルを続けるとしても、俺がしたいことを毎回『そんなこと』って言われてなかったことにされるのなら、もう宵悟のソロでいいんじゃないか、って」


 きっと信頼関係がそこで崩壊して、そのまま二人で対等にやっていけるビジョンが見えなくなってしまったのだろう。

 月浦さんにとって、如月さんが誰よりも自分のことを分かってもらいたい相手だったからこそ、分かり合えなかった現実が辛いと感じているのだ。

 本当は、もっとお互いの意見を出し合って一緒に歩みたかったのかもしれない。


「だから、俺は『宵悟の引き立て役をやるためにSOLUNARをやってたわけじゃない』って、キレて。あとは、売り言葉に買い言葉で……」


 思い出して落ち込んできてしまったのか、段々と月浦さんの声が小さくなる。

 その様子から、相当な修羅場が展開されたらしい、ということは感じられた。


「宵悟のことは、根っこでは嫌いじゃない。けど、結局、対等に見てもらえないのなら、並び立てるようにってあれだけ必死にやってきた俺の努力は、全部無駄だったみたいだ……」


 声は震えている。

 月浦さんの中での「宵悟と俺は対等な立場のはずだ」という自負は、とても強いらしかった。

 それを聞くと、ますます月浦さんの中には未練がたっぷり残っているように感じた。


「未練があるなら、このまま写真の道をひた走るには、少し足が重いのでは」


 私は言う。

 だってそれは、紛れもない執着だ。

 だからこそ、如月さんに対して、ここまで許せないと憤っているのだ。


「未練……?どうして、そんなことを言うんですか」


 そんなものはないはずだ、と月浦さんは強硬に否定しようとしている。

 けれど、それ自体が、このまま図星を突かれることを必死に回避しようとしている態度に見えた。


「こだわりが、とても強く出ているので。月浦さんは、『太陽と月』という対比に執着しています。自覚できませんか?」

「え?」


 実は、ずっと思っていた。

 彼の元の本名と、自ら偽名として名付けた、改名後の名前について。

 それは「あまりにも綺麗な名付けだな」と。


「だって、『東雲洸と月浦昴』は朝と夜ですよね?東雲というのは、夜明け前の茜色の空のこと。太陽があってこその色です。そして『月』と……昴といえば『星』、これは夜」


 とても綺麗な「対比」だ。


「それから、『東浦晃星』。これも『日光』と『星』。つまり月浦さんは、内心では、どちらの自分も捨てたくないのでは?」

「そんな……ことは……」


 消え入るような声での呟きが、部屋に響く。

 暴き立てるつもりはなかったけれど、そろそろ月浦さんも自覚しておいた方が良さそうだ。


「それと『東雲洸と如月宵悟』も、同じく対比です。夜明けの光に対して、宵というのは、陽が落ちて暗くなった時間帯」


 こちらも、よくよく字面を見つめてみると、美しい対比が成立している。


「――なるほど。だから『SOLUNAR』は東雲さんと如月さん、お二人にぴったりのグループ名だったんですね」


 私は、正直、これはうまく出来過ぎているのではないかと思いもする。

 同じ事務所に同時期に同年齢の者がいたら、偉い人もこう組み合わせるしかなかったのかもしれない、とも。


「ぴったり、ですか?俺たち……二人、に?」


 ただ、本人たちには、そのコンセプトは、はっきりとは伝わっていなかったのかもしれない。

 それでも、無意識化で執着するほどの影響は与えられていたようだけども。


「珍しい単語だから調べてみたんですよ。SOLUNAR』は『solar』と『lunar』の合成語だそうで――これも太陽と月。『SOLUNAR』は元から、そういうコンセプトだったんですね」


 つまり、そのような意図でこのコンビが結成されることになったということが、明らかだった。


「『静止画だけど動きがある』っていう写真の話も対比でしたね。月浦さんは『対比』に惹かれがちな人なんですね」


 こう、言葉を結んで。私はその目元を両手で覆うようにしたままの、月浦さんに気付く。

 泣いている……?


「……あの、私、また何か失礼なことを?」


 私は、また彼に変なことを言ってしまったのだろうか?

 不安になってしまったから訊き返したけれど、月浦さんはただ静かに頭を振った。


「いえ……これはさゆさんが悪いんじゃなくて。何で俺、今までろくに気づかなかったんだろうって、自己嫌悪で」


 とても深く、彼は落ち込んでいる。おそらく十年ほどに渡る色んなことをその脳の中で考えて、思い出しながら。


「だから、先輩たちは、コンビの方が面白いって……。ファンの人たちも、唯一無二っぽいのがいい、って……」

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