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第38話◇東雲洸・月浦昴・東浦晃星

 月浦さんの自宅に来るのは二度目だった。

 早くも「入り浸り」という状況になってしまっている。

 けれども、分かりやすい資料があって、読んでも分からないことはすぐに月浦さんに気兼ねなく訊ける、というのは、やっぱり大きい。


 そしてここ数日、月浦さんは画像編集ソフトを使って、「撮った元の写真のデータから、写真集の表紙や本文用の印刷データを作る」という作業に集中している。

 これは自宅で慣れたパソコンの前に座ってやるのが一番効率いいそうだ。


 というわけで、私も自分のノートパソコンを持ち込み、月浦さんの自宅リビングで作業している。


 私が担当しているのは、主に事務とCM関連の作業だ。

 やっぱり、noteで直近のイベント参加予定や、そのイベントで出す予定の販売物の情報をまとめて分かりやすくしているサークル参加者が多い。

 製作中の本についての「こぼれ話」の記事などを挟み込んでいる人も。


 こぼれ話自体はnote の記事というコンテンツであるけれど、同時に、その記事が販売物への興味をそそる。

 それは時には、CMとしてとても効果的に作用することもある。


 お品書きという形で販売物をリスト化し、それらを、文学フリマのWEBカタログやⅩのアカウントなどのSNSに掲載、一緒にnote記事のリンクを貼って誘導しておく。

 すると、「あっ、この人WEBで見たことがある!!」とチェックしていた人がやってきて、買い物してくれるかもしれない――。


 まずそういう流れに至るためのスキームを、イベント前に作っておく必要がある。


 撮る写真自体や写真集の作りなど、中身については、私は全くタッチしない。

 それは月浦さんの領分だ。

 むしろ私が口を出してはいけないところだ。


 だから、明らかに気になることや間違いがない限りは踏み込まない。

 誤字脱字や「これとこれ、どっちがいいと思います?」みたいに求められた時しか意見は言わない。


 これは彼が彼の意志を元に作る写真集だ。

 私はただ、彼の意図が見た人に正確に伝わるようにと、それだけを考える。


「さゆさん。俺、やっとペンネームとサークル名決めました」


 月浦さんが話しかけてきて、私は顔を上げた。

 差し出されたブロック状のメモ帳の一枚目、手書きでこう書いてあった。


 東浦晃星。

 晃星堂。


「こう書いて、ペンネームは『ひがしうらこうせい』、サークル名は『こうせいどう』で」

「晃星堂の、東浦晃星さん」


 呼ぶと、応えるように、にこりと彼が笑う。


 この人は元々の本名と芸名が「東雲洸」だったり、今の本名が「月浦昴」だったり、大変だなと思っていたけど、まだ新たにペンネームとして「東浦晃星」が加わってしまった。


「じゃあ、noteもⅩもWEBカタログのデータも、そっちにアカウント名を統一しないとですね。やっておきます」

「じゃあ、俺は表紙作業の続きをするので……」

「了解です。とりあえず、表紙のサンプル画像ができたらすぐ貼れるように、note記事の文字部分は作っておくので」

「お願いします……!!」


 会話が終わると、月浦さんはフラフラと自分のパソコンの前に戻っていった。

 どうもまだ画像編集ソフトに慣れていないらしい。

 写真を撮ること自体ではなく、その後の作業に手間取って、忙殺されているようだ。


 カメラのシャッターを切るだけでは、写真集には仕上がらない。

 画像のレイアウトや見せ方も考えなくてはならない。


 ただ、やっぱりこの「見せ方」も、月浦さんが自分でやりながら考えること。

 手出しはできない。


 こうして必死になっている彼を見ていると、「私が今やっている一連の作業は、このプロジェクトの全工程の中の、ほんの一部でしかないんだな」と強く認識させられた。


 しばらく、私たちはそれぞれの作業に集中する。


「……あの。そろそろ遅い時間ですけど、大丈夫です?」


 やがて、月浦さんの質問が耳に届いた。

 いつの間にか、先ほどの会話から軽く一時間くらいは経過していた。

 もう二十時を過ぎている。


「予定とか、大丈夫ですかね?あの……恋人と会う、とかも」


 前回は「みんなでオフ会」になってしまったことで長居することになったけれど、今回は二人っきりかつ平日だということもあり、気を使ってしっかり確認してくれたようだ。


 そうだった。

 一応私たち男女だった、と私はへらりと笑う。


「あー、平気です。彼氏とかも……あはは、最近は、全然」


 全くそういう関係ではないけど、夜二人で会う男女がいたら誤解される可能性は高い。

 月浦さんだって、自分の恋人がいるなら、その人には誤解されたくないと思うに違いない。


「大林さんの番組の再放送は、予約録画してきてますし」


 そして、予定と言っても、これくらいしかないな……。


「そうなんですね。だったら、よかったです……」


 月浦さんは、私の回答にとても安心した表情になる。

 そして、こう続けた。


「あ、そういえば、俺、大林さんと一度だけ、一緒にお仕事したことあるんですよ。人気シリーズの、『四月の陽だまり殺人事件』の回の被害者の息子役で、刑事役の大林さんと……」


 なので、私は思わず食いついてしまった。


「えっ、もしかして、『殺人日記の夜』だったりします!?あの、ちょっと不良少年みたいになっていた男の子!!」


 頭の中、「母親の死以降、自暴自棄になった少年が、歓楽街でフラフラしているところを大林さん扮する刑事に保護される」という「四月の陽だまり殺人事件」の一シーンが蘇る。


「ふあっ、近っ……!!えっ、まさか、チェック済ですか!?」

「あっ、ごめんなさい、つい前のめりに」


 グンとこの身を乗り出すようにして近づいてしまったからか、月浦さんはびっくりしてのけ反っていた。


 ……やってしまった。

 私はソロソロと元いた場所に戻る。


「おっ、俺のことも、把握してたんですね。すごい、ちょい役だったのに……。初めて出たドラマです、恥ずかし……」


 月浦さんは顔を赤くして、完全に照れていた。

 これまであまり見たことがなかった表情をしていた。


「さゆさん、俺の……大林さん以外の芸能界については、あんまり興味ないのかと。その、何も訊かれないから……」


 ボソボソと口走る月浦さん。

 よっぽど恥ずかしかったらしく、ずっとソワソワと視線を漂わせている。


「あ、ああ~。それは私が昔、すごくお祖母ちゃん子だったからか、時代劇とか演歌とかそっちを見ることが多くて。あんまり同世代の子がハマってる俳優や歌手の方にはキャーキャー言えなくて。だから、訊けなかっただけですね」

「なるほど……」


 そうだったんだ、と納得した顔で月浦さんが頷いた。

 そうして、提案するように言ってきた。


「俺と大林さんの話、します?その、まだお時間あるなら」

「えっと、いいんです……?」


 私は窺うように月浦さんの顔色を確認する。

 すると「大丈夫ですよ」と言いたげに微笑が返ってきた。


「さゆさんがよければ」


 そして月浦さんは、例の『四月の陽だまり殺人事件』の回の撮影について教えてくれた。


「演技もドラマ撮影の現場も初めてで、すごく緊張していたんです。そしたら大林さん、『焦ったら余計に混乱する。ゆっくりじっくりだよ』と声をかけて、俺を落ち着かせてくれて」


 思い出しながら話す時も、彼は穏やかに笑っていた。

 それはとても大事な思い出なんだな、と分かる話し方だった。


「それ以来、今でも変に焦りそうになった時があると『ゆっくり、じっくり』と自分に言い聞かせるようにしてるんです」


 月浦さんは偉大な優しい先輩だとして大林さんを尊敬しているのだと分かった。

 環境が変わった今でも、変わらず。


「やっぱり、すごい人なんですね、大林さんって」


 ほう、と私は初めて聞いた話に胸をときめかせる。

「これは絶対、お祖母ちゃんにも教えてあげなきゃ」とも思った。


「そう、ですね。すごい大先輩として、残ってますね……」


 月浦さんは感慨深そうに続けて。

 そして、少し探るような目になって、訊ねてきた。


「さゆさんって、大林さんみたいな、どっしり落ち着いて頼りがいがある性格の人が好みです……?」


 もしかして、そんなにあからさまに「大林さん大好き」みたいな気配が出ていたんだろうか。

 ちょっと恥ずかしい。


「えっ、う、うーん。恋人とか結婚相手と考えると、大林さん本人は年上過ぎますけど……。まぁでも、ああいう落ち着いた性格の人の方が、好きではあるかもしれません」

「ウッ……ですよね、落ち着きある年上の男の人って、かっこいいですよね、俺もああなりたいって、憧れてます……」


 月浦さんは私の答えを耳にすると、何故か両手でその顔を覆ってしまった――感極まったんだろうか。

 もしかすると、月浦さんもガチの大林さんファンなのかもしれない。

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