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第36話 ◇月浦家の男たちはうまく恋ができない【月浦昴視点】

 それじゃあね、と女性陣が帰宅していって、部屋にはシンヤ兄と俺だけが残された。

 酔っぱらいのシンヤ兄は「朝になったら帰る」と宣言して、ダラダラとソファーに全身を預けている。


 俺はカメラの中に残された写真を見返していた。

 その中に黒の猫耳カチューシャをつけたさゆさんが潜んでいて、つい手を止めてじっと見つめてしまう。


 ……めちゃくちゃレアだ。

 可愛い。

 ほんの一瞬しかつけてくれなかったのに、よく逃さず撮ったよ、俺。


「お前さぁ、さゆさんのこと好きだろ」

「う……」


 そんな状況だったので、シンヤ兄にズバッと指摘されると言い訳できなかった。


「おっかしいと思ったんだよ!!お前が急にこんな、みんなでワイワイみたいなことしたがるなんてな!!しれっと連れ込みやがって、しかも、なーに前髪上げて顔見せてんだ!!」


 酒のせいか、シンヤ兄は普段より増して指摘が容赦ない。


 ――はい、確かに体よく自宅に連れ込みました。

 完全に下心アリで。

 何かあればいいなって、期待してました。


 でもそういうことは何もないまま、全力で写真集のことだけやって終わりました。

 顔についても、見せたところで特に何にも言われず、スルーでした。


「視界、邪魔ですもんね」だって……まじかぁ。


 何か言われたり反応されたりするかもって期待していた俺は、アイドルやめたくせにアイドルの力でさゆさんを落とそうとしていて、そのくせ何一つ通用せず、撃沈したのでした。


 ここ十年ぐらい「顔だけの男」みたいに思われるのがずっと嫌だなって思ってたけど、結局俺は武器として顔に頼るしかなくて、その顔も通用しなかった、ってわけです。


 俺、本当にちゃんと前はアイドルとして大人気だったんだよね……?とか普通に思っています。

 長年トップアイドルとしてやってきた者としてのプライドが傷ついた感じとか、正直、あります。


 自分からイキってそっちの道を手放しといて、これか?

 ヤバい。

 泣きたい。

 俺、本当に何もないダメな奴っぽい。


 逆に何もなく健全に終わったことでさゆさんの誠実さが唯一無二なんだと分かってしまって、ただ俺だけが「さゆさんすごい俺のためにたくさん考えてくれてる、やっぱすげー好きだ」とか思って終わりました。


 あわよくばさゆさんをどうにかしたいって気持ちだったのに、逆に俺の方がどうにかされてしまいました。


 姉ちゃんの口調を借りて、俺が俺の思うままにやることを完全に肯定して、背中を押してくれたから。


 あの瞬間、俺はさゆさんのことを女神かと思ってしまったし、この人の信頼を失うようなことは絶対したくないな、とも思ったのだ。

 だから、迂闊なことはもう何もできなくなってしまった。


「俺は、別に、そんな……。前髪は……みんな、知ってる人たちだから。あえて顔隠す必要ないじゃん……?」


 別に他意はないもん、と何とか取り繕っている俺を、シンヤ兄はハン、と鼻で笑い飛ばす。


「あえて出す必要だってねぇだろが。ったく、分かりやすく色気付きやがって、全部バレバレだっつーの!!」

「ば、バレた!?さゆさん、何か言ってた!?」

「そう言ってる時点で肯定してんじゃねぇか!!」


 思わず身を乗り出してしまっていた俺は、そのままズルズルとカーペットに座り込む。

 クラクラしていた。


 ダメだ、シンヤ兄もだけど、俺もわりと酔ってる……。


「まぁ、さゆさんは気付いてなかった……ていうか、お前のこと、ちっとも意識してなくね?まっっったく」

「うう、言わないで、それを……」

「めちゃ大林さん好きじゃん?さゆさん。上げてる全部の記事が大林さん関連だろ?お前とは全然タイプ違うもんな~」


 シンヤ兄の客観的過ぎる指摘に、俺はがっくりとうなだれるしかない。


 そう、大林昌親さん。

 芸能界での偉大なる大先輩。


 さゆさんは、大林さんが好きだ。

 口では「お金もそんなに使ってないし、推しってほどでもないですよ~」とか大したことないように言ってるけど、もう「かっこいい=大林昌親」みたいなことに、頭の中がガン決まっている。

 お祖母さんの影響のせいか、思い出補正も強いだろう。

 絶対勝てない。


「どうせ俺は大林さんみたいな、ダンディで落ち着いた男じゃないもんねーだ……。分かってるよ、せいぜい弟扱いだよ」


 今の俺はとても打たれ弱い。

 ソファーの座面を背もたれにして、大きく息を吐いた。

 息がアルコール臭い。


「でも、シンヤ兄だって、人のこと言えないだろ!!」


 さゆさんのことを言われると分が悪いので、俺はシンヤ兄の方の事情を引っ張り出す。


「は?何が」


 シンヤ兄は不審そうな顔で俺を見返した。

 本気で何の心当たりもないらしい。

 あんなに露骨なのに。


「神原さん、シンヤ兄のこと、すっげーキラキラした目でずっと見てたじゃん。気付いてないの!?」

「いや、それはおかしい」


 けれども、シンヤ兄は確信めいた顔つきで否定してきた。


「は?何で?」

「お前みたいな顔面国宝扱いされてた男と、俺を一緒にすんな。あの子のあれは、そういうのじゃないだろ」

「ええ?」


 嘘でしょ!?

 あんなに丸分かりだったのに!?


 俺は絶対間違いないと思ったのに、当のシンヤ兄はというと、全くそうは思っていないらしい。


「そりゃ、ちょっとは親しみを覚えてくれては、いるのかもしれないけどな。そうやって、すーぐ女子が自分のことを都合よく好きになってくれる展開なんて、全部妄想なんだからな!!お前はイケメン顔だから違うだろうけど!!」


 自信満々にシンヤ兄は言い切った。


「それに俺はね、もう三十三歳なわけ。その年で『俺、好かれてるかも~』とか、そんなキモい妄想してるオジサンなんて、痛すぎるだろが!!」


 あまりにも頑なに「自分はキモい奴だ」と思い込んでいるため、俺の言葉はろくに通じないらしかった。


 ええ……。

 神原さん、絶対そうなのに。


 それに、そんな言うほど、シンヤ兄って、モテないこともないと思うんだけどな。

 背も高いし。

 芸能界で色んな美形と言われる人たち、たくさん見てきた上で、シンヤ兄のことをモテるはずだって、こっちは思ってるんだけどな。


 なんでこんなに怯えてるんだろう。

 ずっと中高一貫で男子校だったから、単に女子への免疫がないだけ?


「二十代の女子にキモいとか言われたら、俺は死ぬ……。いやだ、まだキモいオッサンとは思われたくない……。ギリギリ持ちこたえたい……」

「いや、このクッション抱きしめてグダ巻いてる、だらしない酔っぱらいの姿は、確かにすごい痛々しくて、キモいしダメな男っぽいけどさ……」


 黒地に白の模様のカバーに包まれたクッションに顔を埋めて、シンヤ兄はブツブツと繰り返している。


 ソファーは完全にこの図体がでかい酔っぱらいに占拠されてしまった。

 しばらくそこから動く様子はない。

 明日までここから動かないかもしれない。

 既に俺が座る場所はなかった。


 俺は諦めて放置して、シャワーでも浴びることにする。


 すっきりしたかった。

 今日一日だけでさゆさんが俺に与えてくれたものが多過ぎて、少し、整理したい。


 あの人によって乱されたこの情緒を、俺は朝までにある程度、元に戻さないといけないから。

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