第35話◇写真集の方向性と、突如開催されたオフ会
その後、私たちは本棚から何冊か写真集を抜き出して、「月浦さんが作りたい写真集のイメージ」を共有することにした。
どんな写真を採用するか、詳細は置いておいて、本の大きさや中身の方向性など、大まかなことは先に決めておきたい。
「カラー写真メインなので、表紙も中身もフルカラーの本がいいなって思ってるんです。使う予定の印刷所がここで」
「予算は……本のサイズが大きいと、当然高くなりますよね。ページ数も多くなりすぎると高額ですし」
「こういう、ポップな可愛い感じは俺らしくないし、もう少し落ち着いた色……例えばこの本みたいな」
「こういうフォント、好きなんです。あと、影のコントラストがくっきり出るような撮り方も好きで」
一通り、月浦さん本人の好みをヒアリングする。
そうすると、「こうしないとだめだ」という絶対に動かせないものごとや「少なくとも、こういうのではない」と除外されるイメージなどがゆるゆると出来上がっていく。
例えば、「締め切りのデッドラインはこの日」とか。
「予算的にこのサイズなら、このくらいのページまでの本しかできない」とか。
「色合い的にはこの自宅のような落ち着いた重めの色合いが好みなので、そういう色の本になりそう」とか。
「表紙のフォントはこの系統がいいかな」とか。
そういうやつだ。
月浦さんの中の「何となく、こういう写真集にしたい」というイメージが、私の頭の中にも少しずつ形作られていく。
などと、一通り作業が完了したタイミングだった。
インターフォンが鳴った。
訪ねてきたのはAKARIさんだった。
「あっ……そうだった、今日来るって言ってたんだった」
月浦さんは、完全にその約束を忘れていたみたいだ。
気付けばもう十七時を過ぎていた。
窓から見える空は夕焼けだ。
「ああ、こんばんは。さゆみちゃん。来てたのね」
「お邪魔しています」
挨拶を交わして、私たちは一通りの進捗を説明する。
「――というわけで、今後は写真集のために、色々やってみようと思って」
月浦さんは私が提案した「ToDoリストを作っておいて一つずつ消していく方式で、自分が出したい写真集の方向性を探る」というやり方についてAKARIさんに語る。
「そうなの?じゃあ、今からでもつきあってあげるから、したいこと言いなさいよ」
すると、AKARIさんはさらっと言った。
「えっ、今!?」
「明日私、オフだもの」
月浦さんは少し迷っていた。
いざ「何でもいい」と言われると、逆に思いつきにくい様子だった。
「えっと……じゃあ、ゲーム。明日のこと気にせずに。明日も仕事あると思ったら、これまであまりできなかったから」
やがて、月浦さんが口走って。
にやりとAKARIさんが笑った。
「学生みたいなこと、言うじゃない?」
たしかにそれは「大学生ノリ」って感じで、もう社会人になって数年経ってしまった私にも少し懐かしい感じがした。
「いいわよ。さゆみちゃんも、いいわよね?」
AKARIさんは難なくそれを了承する。
そして直後、何故だか「それじゃあ帰ろうかな、そろそろ」と考えていた私にまで、質問が飛んできた。
「え、私もですか!?」
「用事あるの?ああ、もしかして実家暮らし?」
「あ、いえ、一人暮らしなので、そこは大丈夫ですけど」
「じゃあついでにご飯も食べていけばいいじゃない。ピザ取ろうと思うのよね。Mサイズ二枚頼むか、Lサイズ一枚にするか、それともサイドメニューも付けるか……」
「は、え……」
もう既にAKARIさんの頭の中では一緒にゲームをする方向で話が進んでいるみたいだ。
スマホを操作して、ピザ屋のサイトを見ている。
「あ、あの」
「ピザ嫌い?だったら他の店でも」
私帰ります、と言おうとしたら、AKARIさんは他の食べ物の店を検索しようとしていた。
なので、思わず私は叫ぶ。
「いえっ、ピザ、好きです!!」
「よし。決まりね。そうだ、シンヤ兄やくるるちゃんも呼んでもいいかも。連絡してみようかしら」
またAKARIさんはスマホを操作して、今度はシンヤさんとかなめにも連絡を取ろうとしている。
「あ、あと!!」
それらのAKARIさんの作業を遮るように、今度は月浦さんが声を上げる。
「みんなと、写真撮ったり、撮られたり、したい。今日、カメラ、新しいの買ったから」
その瞬間、ずっとスマホ画面を注目していたAKARIさんが、顔を上げる。
ハッとした表情だった。
ふわ、と張り詰めていたAKARIさんの目元が和らいでいく。
その安心した、と言いたげの笑顔は、花が咲いたみたいに華やかだった。
私は出会って以降、初めてこんなふうに優しい笑い方をする彼女を見た。
「撮りたい撮りたいってなって、肖像権侵しちゃだめよ?私とシンヤ兄はいいけど、さゆみちゃんとくるるちゃんには」
AKARIさんのその口から出た台詞が少しからかうような口調だったからか、月浦さんはちょっと拗ねたような態度になる。
弟らしく。
「あのね、確かに前のカメラ買った時はそういうノリだったけど、さすがにもうしないよ、そういう中学生みたいなことは!!もう……。俺、ゲーム機持ってくる!!」
ぷんすかと怒りながら席を外す月浦さんは、本当に中学生みたいに幼くなっていた。
そういえば、初対面の時もこんなだったな、と私はあの日を思い起す。
「ありがとうね」
「えっ」
ぼんやりと思い出していると、突然、AKARIさんがお礼を言ってきた。
「さゆみちゃんといるとあの子の緊張が解けるから、助かる」
そう言って、明らかにホッとした様子で微笑んでいる。
そういえば、あの日コスプレゾーンで三人での写真を撮った時も、彼女は同じようなことを言っていた気がする。
「あの子をアイドルにしたのはね、私なのよ。だから、私の中には負い目がある。それを、あの子は敏感に感じ取ってるんでしょうね。続けられなくてごめん、って思ってるのよね」
姉のAKARIさんの心の中でも、いまだに「東雲洸の引退」は重いものとして残存し続けているらしかった。
「夕方に私が来るって分かっていたのに、さゆみちゃんを帰さないでいたっていうのは、きっと二人っきりになるのが気まずかったから。多かれ少なかれ、そういうことだと思う」
月浦さんもついつい白熱して写真集のことを考えていたから、単に私に「姉ちゃんが来るから」と帰るように言うタイミングを失ってしまっただけだと、私自身は思っている。
けれど、AKARIさんから見ると「弟は思うところがあってそうしたのかも」と思ってしまうのかもしれない。
「ごめんなさい。完全にお守りを任せちゃって。恋人じゃない相手なのに、まさか自宅に連れ込んで、そんなに長時間付き合わさせていたなんて……」
「つ、連れ込……っ。あっ、大丈夫です!!私たち全然、そういう感じのアレではないので!!あくまでも写真集の作業のためなので、私こそ、長居してしまってすみません!!」
申し訳なさそうな視線を向けられてしまって、逆に私の方がもっと申し訳なくなってしまった。
いつの間にか、月浦さんが「女の子をそういう感じで自宅に連れ込んだ男」みたいになってしまっている。
いや、さすがにそれは誤解、冤罪だ。
「うーん、むしろ恋人だった方が、私たち家族も、もっと気楽に丸投げしちゃってたかもしれないんだけどね」
「あはは。ご期待に沿えず、申し訳ないです」
AKARIさんが「うふふ」と少し気が抜けたように笑うので、私もようやくへらりと笑い返した。
「でも、私たち家族やシンヤ兄では、今一歩足りないみたいだったから。見た目に全く引きずられずに写真のこと、真剣に付き合ってやれる人ができてよかった。ありがとう」
そう言ったAKARIさんはとても優しいお姉ちゃんの顔をしていて、きょうだいがいない私は「いいなぁ」って、月浦さんのことを羨ましく思ったのだった。
それから、月浦さんがゲーム機を片手に戻ってきてテレビに繋げたり、ピザ屋さんやシンヤさんやかなめに連絡を取ったり、放置したままになっていた写真集を片付けたりとしているうちに、仕事を終えたシンヤさんとかなめも合流した。
初めて見るLサイズのピザにも、やったことがなかったモンスターを狩るゲームにもびっくりした。
当然初心者の私が操作するゲームは下手くそだった。
「いやいやいや、無理無理無理ー!!」なんて騒いでいるうちに、すぐゲームオーバーになってしまった。
ただ、みんな心から笑っていて、とても良かった。
月浦さんに写真を撮られたのも、全員で各自のスマホを回しまくってカメラを撮りまくったのも、月浦さんやAKARIさんにあれこれ教わりながら、月浦さんの一眼レフのカメラでみんなの写真を撮ってみたのも、面白かった。
AKARIさんにちょっとスカートが短めのえっちなコスプレ衣装を着せられかけたのは、さすがに逃げた。
猫耳カチューシャまでで、何とか勘弁してもらった。
そうして、夜の十時過ぎ。
かなめは明日も仕事があるというので、私も一緒に帰ることにした。
AKARIさんが車で送ってくれることになって、最後は少し女子会的にコンビニで買ったアイスを車の中で食べながら帰宅した。
一人の家は、煌々と灯りがついているのに、何だかとんでもなく静かで寂しかった。
きっとみんなでいた今日一日が、楽し過ぎたんだと思う。
面白いと思って頂けましたら★~★★★★★で評価お願いします。




