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第34話◇顔を出さずに得られる信頼

 この問いに、すぐの返答はなかった。

 月浦さんは私をじっと見つめていた。

 安心と驚きが混じった視線が注がれている。


「さゆさんは、俺に……『それでも顔を出せ』、って強く説得してこようとは、しないんですね」

「言われたことが?」

「……アイドル時代の共演者さんに。俺とその人の共通の知人に絵の個展を開かれるって方がいたんです。話のタネに『俺も趣味の写真でそういうこと、いつかやってみたいなぁ』って羨んでたら」


 ずっと自分の過去がバレないようにと必死になっていた彼の、記憶の奥底にあったそれが、この今のかたくなな態度の原因らしかった。


「実際、noteでも、顔出しアイコンを使われてるプロのカメラマン、多い気がします。しっかり自分の仕事として『これ撮ったのは自分』って、覚えてもらいたいものですしね」


 そう言われると、なるほどと思う。

 アピールしない限り誰が撮ったのか不明になってしまうのなら、写真データそのものを顔と名前に結び付けるのが最適なのだろう。


「あと……単純に、対外的に人となりが伝わると、それだけで安心してもらえるというか。隠し事が多いと盗撮か詐欺かと怪しまれることもあるので」


 そこで月浦さんは少し困った表情になった。

 何度かそれで誤解をされかけたことがあるのかもしれない。


「信用されやすさが、結局大事なんですね」


 答えて、私は麦茶を飲んだ。

 いくら頑張っても、何年も隠し通せるものでもないのだろうし、いつかは顔を晒して、過去の仕事を公表することになるとして……。


「ただ、以前に自分の力を試したいと仰っていたので、それなら今の時点で、顔優先で売り込む策はなしですよね」

「ですね」


 そうなんですよ、と言いたげに、大きく月浦さんは私に頷いた。

 この「顔で客を釣らない戦略」を飲める協力者が、本当にこの人の周囲にはいなかったのだろうな、と予測された。


「じゃあ、顔を出さずに得られる信頼を積むしかないですね」


 私は断言する。

 すると、それがいいと思って私に頼んでいるはずなのに、月浦さんは自信なさげな表情になった。


「顔を出さずに得られる信頼……難しいな。何か売りにできるもの、ありますかね、俺……。何もない気がしてきました」

「……そう悲観することもなさそうですけど」


 私は月浦さんの記事にコメントを付けていた写真好きの人たちのことを思い起こす。

 色々と世話を焼くように会話していた人もいて、ずいぶんと可愛がられていた。

 でも、その人たちは月浦さんが東雲洸本人だとは知らずに、ただカメラ好きの一員として対応していたのだ。


 彼が大事にするべき人は、きっとそういう人たちに違いない。

 そして、もうこの人たちと月浦さんは、ちゃんとnoteの場で出会っている。


「とはいっても、私も人のことどうこう言える立場じゃないんですよね」


 いや、何を年上ぶって偉そうに言っているんだろう。

 そんなふうにちょっと可笑しくなってしまったから、私はついつい、笑ってしまった。


「私も、自分の中には何もないかも、って思いこんでて。それがちょっと、焦るような気持ちを生み出してたんです」

「そんな、何もないなんて!!ちゃんとありますよ!!俺がさゆさんと一緒に作業出来て、嬉しくて救われてるのは、事実なんです」


 ああ、これは、明らかに「そんなことない」と相手に言わせるための会話だったな。

 私は、自分の小狡さを自覚する。


「かなめも、以前にそういうこと言ってくれて、ちょっと拗ねられました」


 口走りながら、かなめに言われた時、たった今、月浦さんに言われた時、どちらも相手の期待の重さを感じている。


 実は、ここ最近は、それらをあまりつらいと感じないようになった。

 noteを本格的にやりはじめて以降、そういう変化が私に起こったのだ。


「確かに、俺も、拗ねたいかもです。確実に救われた後に救ってくれた本人がそういう感じだと、この人に自分の感謝は届かないのかって」


「そうですよね。感謝を素直に受け取ろうとしない態度でもあると、思うので……」


 そういうことが、段々と分かってきた。


 私の文章は「それなりに他人に何かの影響を与えることができる」。

 これは過大評価でも過小評価でもないと、素直に思えるようになってきたから。


「ありがとうございます。月浦さん。そう言って頂いて、嬉しいです。かなめにも、タイミングを見つけてちゃんとそう伝えたいです」


 私は頭を下げる。


「さゆさん」


 彼が嬉し気に微笑んでいるのは、きちんと私が秘めていた感謝が形になって伝えられた、その証拠のはずだ。


「月浦さんのお手伝いをすることで、私もやっとまともに自分のことを考えられているかもしれないです」


 そういうふうにフラットに自分について考えられるようになったのは、きっとこの人のおかげでもあるのだ。


 そういう意味で、私はあの日「コミックアクセス5」という同人誌即売会に行けてよかったな、と思っているし、それはnoteの記事を書くため、という目的があったからなので、誘ってくれたかなめにもあそこで出会った月浦さん・AKARIさん・シンヤさん、noteで出会ったフォロワーさんにも感謝だ。


 フォロワーになってくれたみんなのことを思い、そこで私はあることを思い出した。


「そうだ。私もかなめの本に載せるペンネームを考えなきゃなんですけど、月浦さんも、考えないとですね」


 かなめに「私が入稿するまでには決めてね」と言われているから、そろそろちゃんと考えなければならない。

 そして、それは月浦さんもそうだ。

 彼の改名の顛末を聞いていたから、私は何の気なしに提案した。


「あ……そうか。ペンネーム、あった方がいいですね」


 そうだった、と納得する、月浦さん。

 彼には完全に盲点だったみたいだけど、月浦さんのアカウント名も私と同じように、簡単にカタカナで「スバル」のみとなっている。


 これは今や、彼にとっては本名だ。

 万が一また今後の活動に支障が出たとして、そう何度も本名を改名し続けるわけにもいかないだろう。


「改名の時と違って、全部自分の好きに付けられますね」

「え?ああ、確かに……役所に提出しなくていいし」

「好きな単語とか、理想とか、自分がどうありたいか、みたいなことが示された名前にできるといいですね。お互いに」

「俺が、どうありたいか……」


 感慨深そうに、月浦さんは呟いていた。

 自分の手と、テーブルの上のカメラを交互に見て、少し微笑んで言った。


「やっぱり、さゆさんに頼んでよかったです。こういう個人的なこと、ずっと一人でやってたから。本当、要領悪くて」


 ――如月さんは、どうだったんだろうか。


 聞きながら、ふと、私は思った。

 アイドルだった頃の彼の、相棒だった人は、月浦さんにとって「これを一緒にやってみよう」と言い合える関係ではなかったのだろうか。


 ただ、今ここで「如月さんとはどうだったんですか?」と明け透けに尋ねるのは、少し憚られるような気がした。

 とても感動的な顔つきになって遠い目になっているこの人の、やっと自由になった心の動きの邪魔をしてはいけないと感じた。


「俺はもう……何でも自由に考えていいし、気になったことはやってみてもいいんですね」

「誰も禁止してないですよ。AKARIさんなら、きっと『誰が何と言おうと、この私が全て許してやるわよ!!』って言ってくれますって」


 私はAKARIさんの口真似をして、後押ししてみる。


「ぶふっ、すごい、似てます。その言い方」


 それは思っていたよりだいぶ似ていたようで、月浦さんがたまらずといった感じで吹き出した。


「そう、ですね。許してくれる人、俺にもちゃんと、何人もいたんですね……」


 何かから解放されたような穏やかな目をして、月浦さんは笑った。

 声を立てて。


「ありがとうございます、さゆさん」

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