第30話◇たまには味変をしたい時もある
一区切りついたと感じたので、私はコーヒーカップに手を伸ばす。
同じく、月浦さんも。
話すことに集中していたからか、コーヒーは少しぬるくなっていた。
それでも十分においしくて、ふう、と私はひと心地つく。
……目の前に座る月浦さんを、とても不思議に思う。
芸能界のような華やかな場にいた人と普通に話している状況が、そしてその人の担当マネージャーのような仕事をするような状況が自分に訪れるなんて、思ってもいなかった。
「私、芸能界にいた月浦さんと、地味な私とでは、全然見えているものは違うんだろうと感じてました。今までも、今回も、正直、何でこんなに話してるんだろうって」
二口目以降は味替えをすることに決めて、砂糖とミルクを追加する。
ちょっとだけ、新鮮な気分になる。
「けれど、『自分の中の何かを探そうとしている』という点では同じなのかもしれないです。私たち。だから、そういう意味でなら、ご協力できるかもです」
正直、私よりも写真や本を作るための作業やイベント活動に詳しい、スタッフとしてふさわしい人は、いっぱいいるんだと思う。
例えば、マーケティングが得意とか、デザインが得意だとか、そういう「何かの価値があるスキルを提供できる人たち」の方が、本当は有益なのかもしれない。
それでも。
私は今回、珍しく自分から手を挙げた。
だったら、私なりにできることをきちんと月浦さんに提供したい。
唯一できるそれは、「彼が自分の道を探す作業に、ただひたすら寄り添うこと」なのだと思う。
「自分探し、って言うと、ちょっとなんか、恥ずかしいですね、俺。まだ十代みたいで。でも、あの頃は忙しくて。そういうことを後回しにしていたツケが、今きているのかも」
ふは、と恥ずかしそうに月浦さんは笑った。
私の前にあった砂糖壺とミルクポットを自分の側に引き寄せながら。
要するに、月浦さんも、今は味変をしたかったのかもしれない。
名前を変えたり、あえて素人同然の私に頼ったりしているのは、きっとそうだ。
だから、私も笑う。
おそらく、私も変えたいのだ。
「堀紗由美」の味を。
それはきっと、noteで出会った人たちが、本当にその人それぞれだったから。
色んな人が様々なことを、したいようにしていると知って、いいなぁって思ったから。
私もやってみてもいいのかも、と思えたから。
「ああ~、私も、そうなのかもしれないですね……」
職場の雰囲気にも溶け込んで、電車での毎日の通勤生活にも慣れて、私もここにきてようやく、落ち着いて周囲や自分の足元を見回せる状況になったのかもしれない……。
コーヒーを飲み終わった私は一人で帰ることにした。
月浦さんは戸坂さんと共通の知人と飲み会だとかで、以前と同じく「駅まで送りますよ」と気を使ってくれたのだけれど、「他に寄るところがあるから」と今回は遠慮した。
――写真集って、どんな感じだったっけ?
私は手元に全く資料がないことに気が付いてしまった。
そもそも「写真集」と言われるものを買ったこと自体がない。
私はひとまず、この辺りで一番大きな本屋に寄ることにする。
イメージくらいは掴んでおかなきゃ、と。
写真集のコーナーで、とにかく目についたものに手を伸ばしてみる。
こうして客観的に見ると、デザインの重要性を思い知らされる。
何の気なくこちらの好きに選んでると見せかけて、実はフォントの形や色の強調、紙の加工などで「選ばされている」ことにも気付く。
そして、私は私の中の焦りにも気が付いた。
もしかしなくても、私が彼の写真集に口出しをするって、かなり重大なことなのでは……?
私の言葉が彼の方向を決定づけてしまうんじゃないか。
私の判断が今後の彼の足元を揺るがすことにならないか。
「そんなのは、だめ。だめに決まってる」
彼は何で私にそれを頼もうとした?
私のあのコメントの文面の何が、彼の琴線に触れた?
私の言葉を彼が重要だと感じたとすると、それこそが「彼が欲しかった言葉」だったからに違いない。
だとするなら、私はそこを、掬い取らなければいけない……。
いくつか気になった写真集をレジに持って行って会計する。
手伝いをすると、自分から申し出たのだ。
それなら、ちゃんと全力をかけて取り組まないと……。
そんなことを思いながら、写真集三種類をエコバッグに入れた時、スマホに通知があった。
見てみると、知らない人からのフォロー通知が――いや。
知っている人だった。
名前は「喫茶・琥珀糖の戸坂店長」となっている。
私の頭の中に先ほど話した、柔和な微笑みの戸坂さんの顔が過ぎる。
「何で……?」
月浦さん経由でサーフィンして、私のアカウントまで辿り着いたのか。
それとも、月浦さんから「あの人もnoteのアカウントを持っている人だ」と伝えられたのだろうか。
見てみると、コーヒーについてのコラム記事が中心みたいだった。
ついでに、最新の記事に目を通してみる。
「へぇ……。コーヒーって豆の粉砕の具合で、そんなに味違うんだ、知らなかった……」
あの店に二度行ったことで、コーヒーには興味が出てきたところだ。
なので、私はフォローを返すことにした。
◇
「記事タイトル:豆は同じでも、粉砕の加減で味が変わる珈琲の話」
こんばんは、「喫茶・琥珀糖」店長の戸坂です。
本日は題名通り!「同じ豆を使っているのに、挽き方で味が全然違って驚いた!」という話題。
うちの店には「琥珀糖ブレンド」という定番があるのですが、先日、プライベートで前職の後輩と会ったので、彼に手動のミルを使って豆を粉砕してもらったんですよ。
俺はそれを、豆でコーヒー飲む多くの人がやるように、乾いたペーバーフィルターにパサッと挽いた豆を入れて沸騰してすぐのお湯をそのまま注いで……っていうやり方で淹れたんですね。
そしたら、普段店で俺が出してるものと比べて、びっくりするくらい味が違ってたんですよね。笑。
いや、基本の豆は確実に一緒なんですよ。
でも使ったミルの特性と後輩にハンドル回してもらったこともあって、かなり細挽きになっていたんです。
そのせいか、店で出しているものより、ものすごく濃かったですね。笑。
後輩もさすがにつらそうだったので、事前に細挽き濃いめ予測してミルク用意しておいてよかったです。
ブラックも美味いって言ってくれたんですが、やっぱりカフェオレにした方が美味そうに飲んでたんで。
俺はウィスキーで薄めてアイリッシュ風味にしたんですけど、案外、それも悪くなかったんですよね。
その場では。
店で商品として出すにはもっとちゃんとしないといけないんでしょうけど、プライベートだったので。
これはこれで。
後輩、色々と忙しくしていて最近は少し疎遠になっていて心配だったんです。
でも色々話しながら飲んでいると、最近は前向きに色々とやろうとしているのが分かって、少し安心しました。
で、その場の雰囲気にそういうラフな珈琲の飲み方が妙に合ったっていうか、美味しかったですね。
たまにはこういう飲み方も悪くないかな、と。
とっくの昔に知ってた味だと思っていたものが、年月が経って考え方や環境が変わったり、接し方によっても違ってくる。
それで違った味になって表に出てくる。
そういうこともあるんですね。
でも、若い子の話真剣に聞いてたら、「俺、おっさんになったな……」って思いました、正直。
いや、何だか過去の自分思い出して、懐かしかったです。
まっすぐ過ぎてね。
ちょっと、飲んでなきゃ対応できなかった。笑。
【戸坂悠人(ペンネーム・「喫茶・琥珀糖」店長の戸坂)の記事より抜粋】
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