表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

30/48

第29話◇0から1になる瞬間

「そういえば、私がコメントで言っていた、『動きがある静止画』なんですけど、このネタを使った写真集を作る、っていう話でしたよね?」

「はい。だから、さゆさんには色々と聞いておきたくて」


 切り出した私。

 コーヒーの香りと味にほわりと和んでいた月浦さんのその表情も、少しキリッとしたものに変わる。


 私は写真について思っていたこと、コメントの場では伝えられていなかった細かいところまで詳細に話した。

 主に、「まるでその闇の中で、その人がしっかりと生きて日々を暮らしている証のように感じた」という部分だ。


「闇の中で人が、光が……」


 月浦さんが私の指摘を繰り返す。

 思案する表情。

 私が思ったことが正しいのか、的外れなのか、それは分からない。

 でも、もし明後日なことを言っていたとしても、月浦さんは嫌がることはない気がしたから、言えた。


 不思議と、するりと言えてしまうのは、この店の「いい感じ」な空気感のせいなんだろうか……。


 思考中の相手の沈黙も、月浦さんだからか、そこまで怖いこととは思わなかった。

 もし職場でこれほどの時間の沈黙を受けてしまったら、もっと委縮していると思うのに。


「個人的には、もっと色々と理想みたいなものはあったんですけどね。さゆさんにそう言われると、あれはあれで、何だかすごくいい写真を撮ったような、そんな気がしてきました」


 そう言ってくれて、少しホッとする。


「だったら、よかったです。その写真集なんですけど、同人誌印刷所で作って同人誌即売会で売る感じですか?」


 私は写真集の仕様や販売方式についても、一応確認しておくことにした。


「そのつもりです。とはいえ、印刷所については俺、あまり詳しくなくて。もっと調べなきゃいけないんですけども……」


 そういえば、前に悩んでる記事見たな、と私は納得する。


「売って大丈夫そうなイベントは、姉ちゃんとシンヤ兄にも相談してみたんですけど、直近で良さそうなのは、秋に東京でやるっていう文学フリマかな、って……」


 そして具体的なイベント名が出てきたあたり、月浦さんはぼんやり「やれたらいいなぁ」程度でなく、本気で予定を立てようとしているようだ。


「文学フリマ。何度か、かなめの小説サークルの手伝いでついていったことがあります」


 私は頷いた。


 文学フリマとは、「自分が〈文学〉と信じるもの」を販売するという同人誌即売会だ。

 アニメや漫画など元ネタがある二次創作でないものなら、こっちへの参加かな、と以前にかなめが語っていた。


 本と呼ばれる形式のものなら何でもござれ、という品揃えだった。

 いっそ〈文学〉であるなら本である必要性さえなくて、CDでも布でも紙ペラ一枚でも、媒体自体は何でもいいようだった。

 確かに、あそこなら写真集でも販売できるはず。


「ちょうどシンヤ兄もスペースを取るらしいから、同じ会場にいるなら心強いかもって。姉ちゃんも、知人が出るから元々行く予定だったみたいだし」

「だったら安心ですね。本として出すなら、ちゃんと売り上げも回収できるようにしたいですね。事前にしっかりCMをして……」


 つらつらと語り出してしまって、ハッとした私は口元を押さえる。

 かなめがイベントに参加する時は、いつも「こんな感じ」だったから。

 その気持ちのまま話してしまった。


「っ、すみません。かなめがイベント参加する時、こういう会話するので、ついそのノリで言ってしまいました」


 今回、会話の相手はかなめじゃないんだった。

 お金の話に踏み込むつもりはなかったのに。

 普段の仕事が経理だから、経理脳になっちゃってるんだろうか。


 やらかした、と思ったけれど、月浦さんは、怒りはしなかった。

 むしろ「ほうほう」という顔をして話を聞いている。


「いや、そういえば、そういうことも考えなきゃだった、忘れてた……みたいになってます、今。ですよね……」


 ああー、という感嘆のような声が、彼のその口から漏れていた。

 月浦さんの方が私よりよっぽど「自分、考えなしだったな」と反省していそうだ。


「こういう事務作業みたいなの、昔から苦手で。アイドルの頃にマネージャーさんに完全にお任せしていたからか、経験積めてないみたいで。マジで、出すことしか考えてなかった」


 少し悔しそうに言っているあたり、本当に彼にとっては苦手な分野らしい。

 なので、確認のために訊き返す。


「写真家の道でも、マネージャーの人、必要そうです?」

「そう、ですね。もしいてくださるなら、きっとだいぶ助かります。そういうバランサーみたいな役割の方……。そうそういないと思うので、自力でやるしかないんですが」


 面倒でもやるしかないんだと、どこか諦め混じりで言っている、と感じた。


「かなめもよく『猫の手でもいいから貸りたい!!』とか言いますね。シンヤさんも、以前にお手伝いを必要としていましたし……」


 こういう「創作している人のお手伝い」の潜在需要、実は高そうだな、と私は密かに思っている。

 だからか、私はするりと口走っていた。

 いつの間にか、その気になっていた。


「私がお手伝い、しましょうか?」

「えっ」


 その両目を見開いて、月浦さんは私をじっと見てくる。

 それはとても、期待が滲んだ目元になっていた。


「かなめの手伝いで、少しは慣れているので」

「い、いいんですか……?」

「手伝いくらいなら。かなめにだけしてあげて、他の三人にはしてあげない、ということはないですよ」


 現にシンヤさんのところの売り子もしたし、AKARIさんの手伝いだって、私がコスプレをさせられて写真を撮られる展開にさえならなければ、撮影や裁縫あたりのお手伝いも意外と楽しそうだと思っている。


 自分で本を作ることは考えたことはないけれど、イベント会場で売り子の仕事をしたり、本やグッズやチラシの枚数を数えたり、通販の発送作業のために本をビニール袋に一冊ずつ梱包したり、そういう細々した作業も嫌いじゃない。


 あと、かなめの萌え話を聞いているうちに彼女の妄想が捗った結果、「絶対、このネタで今度新刊作る!!」なんてことになって企画が立ち上がるのも、横で見ていて面白い。


 私は多分、「何にもなかったところから具体的な作業が生まれる状態」、「0が1になる瞬間」が好きなんだと思う。


 でも、私は、私自身が何かを「0から1」にできる気がしないから。

 他のところでそれを味わいたいのかもしれない。


 私が今務めている「家電を作るベンチャーの企業」に就職活動先を決めたのは、そういうところが他の仕事よりも少し面白そうと思えたからだったな……そういえば。

 配属は結局、企画に関わる部署じゃなくて、経理だったけれど……。


「わりと……こういう作業のお手伝い、嫌いではないので」


 この人が「1」を勝ち取るところを、側にいれば見れるのかもしれない。それは私には、楽しそうなことに思えた。


「じゃあ、あの、よろしくお願いします。マネージャー役」

「はい」


 呼びかけに、大きく私は頷いて見せた。


 ……さて。

 正式にやると決まったからには、真面目にどうしていくか、考えなくてはならない。


 私はかなめが小説同人誌を何とか売るためのCM方法について、以前に話していたことを思い出してみる。


 前に手伝った時に私が何にも知らなかったから、教えてもらったのだ。

 私はそれを踏まえて助言する。


「……そうですね。お金のことに関しては、しっかり事前に宣伝しておけば、もし残念ながら赤字になるとしても、その赤字幅を減らせると思います」


 私はまだかなめが同人誌を作り始めてすぐの頃に「全然売れなかった、すっごい赤字だぁ」と凹んでいたことを思い出す。

 何回か売り子の手伝いをした時に、実際に体験もした。


 同人誌というものは、売り場に置いておくだけでそうホイホイと簡単に売れるものではないのだ。

 小説でなく、それが写真集だとしても変わらないだろう。


「それは……シンヤ兄の漫画や、姉ちゃんのコスROMの販売見ていても分かります。営業、大事なんだ、って」


 月浦さんも、事前のCMの大切さはしっかり分かってくれているようだ。

 ただ、その割に、表情は少し硬い。


「CMするなら、noteと、Xでしょうね。でも、noteはともかく、Xのアカウントを俺が運営するのは……」

「文面の癖などでバレそうで怖いですか?」

「はい……」


 noteのアカウントでも、月浦さん本人がやっていたCMは最低限だった。

 やっぱり、この辺りが心配だったらしい。

 であるなら、ここは私の出番になるのかもしれない。


「だったら、私が文面を代筆したり、投稿前にチェックすればいいのでは?」

「そんな、頼りっきりになっちゃいますよ!!」

「私にもできることあるんだ、って今思っています」


 こういうことは、その道のプロの仕事だと思っていた。

 でも同人活動なら、私がやるんだ。

 これからは。


「あとは、月浦さんのnoteなんですけども。少しそっけないような気がしました。文字が少ないので」


 この辺りは、実は前々からちょっと気になってはいた。

 文字情報に自分の正体が現れないように、と日々徹底しているからこそ、必要な文面までもが削れている気がするのだ。


「ああ。それは、俺がとにかく撮った写真を載せることばかり考えてる、って理由もあるかも……」


 私の指摘に、月浦さんは微妙に落ち込む。


「実は、最近は撮るのが楽しくて。あと、数年前に撮ったものも、大量にあるんですよね。全部で一万枚近く撮ってて」

「……多いですね。いくつか見せてもらっても?」

「あ、このクラウドに保存していて……」


 そう言って自分のスマホを差し出してくるので、私は画面を覗き込むようにして、いくつか写真を見せてもらう。

 画面が小さくてよく見えないから、顔を突き合わせるようにして。


「なので、写真集の方は、コンセプトを考えて、それに該当するものを選んで……という形にしようかと」

「コンセプト……何か、具体的には?」

「それが、いまいちピンとこなくて。ただ、さゆさんのコメントの『動きがある静止画』という言葉は、すごくいいなと思ったんです。それと釣り合う写真を集められたらと……」


 それで、私のカメラ買い替え記事のコメントに興味を惹かれた、ということのようだ。


「『動きがある静止画』、つまり『静と動』ってことだと思うんですけど……これだけだとフワッとしてますよね。まだ」

「そう、ですね。もう少し、考えてみます。カメラの買い替えも考えていますし」


 ここまで語り合ったところで、「今日の所はこの辺りでおしまいだな」という雰囲気になった。


 結局、私としては、月浦さんの中でやりたいことが完全に固まるまでは、何ともできない。

 この場合のマネージャーとは、あくまでも彼の希望を助ける、補助の仕事がメインだと思うので。

面白いと思って頂けましたら★~★★★★★で評価お願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ