第2話◇田所かなめは書かせたい
『さゆみ、まだ何も書いてない』
やばいなぁ、電話がかかって来ちゃったなぁ、と思った通り、かなめは開口一番で言ってきた。
駅の喫茶店で話して、ちょうど一週間後の夜。
まだ私は何もnoteに書き込みできていない。
さすがにそろそろ、何かしら言われるに違いないと感じてはいた。
「う……。だって。そんな急に書くことなんて、思いつかないってば~」
『仕事終わりの夜、ここ数日は何してたの?』
「えーっと、えーっと……」
何してたっけ?
私は、思い出そうとして。
でもさして何もなかったな?と思い起こして、えへへと笑って誤魔化そうとする。
『ずーっと寝てた、とか言わないよね?』
「あはは……『昇龍、舞う』の再放送だけ見てた、かな」
『またぁ!?見過ぎじゃないの!?』
そうかなめが呆れる通り、私はもう何十回も、台詞を覚えてしまうくらいに、この時代劇を見ている。
子供の時から。
『そりゃ、特に興味ない私でも知ってるくらいの有名時代劇だし、主演の大林昌親も大御所だけど……。好きねぇ、時代劇とお爺様くらいの年齢の渋い俳優』
「まぁね」
答えつつも、言うほど好きなのかと言われると、本当はそうでもないのかもしれない。
その「昇龍、舞う」も、大林さんも、元々はお祖母ちゃんが大ファンで、横で一緒に見ていただけだ。
「推し」ってほどじゃない。
この程度ではさして「推し活動」とも言えないと思う。
むしろ、私は、お祖母ちゃんのことが好きだったんだと思う。
すごくお祖母ちゃん子だったんだけど、高校生になる頃には亡くなってしまったから。
時代劇や大林さん自体に関心があるというより、それを媒介みたいにして、お祖母ちゃんとのもう二度と戻ってこない時間を懐かしんでいるのかもしれない。
だって私、お祖母ちゃんと見所シーンごとに交わした会話を、いくつも覚えてる。
楽しそうにはしゃぐその声が、耳の奥に蘇ってくるんだ。
まだ隣にいるみたいに。
「幼いかも」って感じてかなめにも言わないことだけども。
『もーっ、そうやって家の中に籠っちゃって、出かけるイベントを作らないから、引きこもっちゃうんだって!!』
と、言われてもねぇ。
「他に趣味とか、特にないんだよねぇ、私」
かなめにこの手のお小言をもらうのは毎度のこと。
そしてこう返すのも毎度のこと。
付き合いが長い分、この後の流れも想定できていて、私はすっかりそんなかなめに甘えている。
かなめが「次の手」を持って電話してきているのだと、もう分かっていた。
『だったら今度の日曜日!!私に付き合って!!』
案の定、かなめは私に言い渡す。
「何かあるの?」
『オールジャンルの同人誌即売会。サークルで出る予定の人がいて、私は売り子のお手伝いすることになってるの』
私はまず、こちらが想定できないくらいの突飛な場所に連れて行かれはしないことに安心して、次に少し、そこに新鮮味がそこまでなさそうなことに不安になる。
同人誌即売会自体は、かなめ自身がサークル参加した時の手伝いで何度か行ったことがある。
『イベントに行けば、何かしらは起こるはずだし、それについて書けるでしょ?イベントレポとか』
「それはそうかもしれないけど……」
前に行った時も、私自身はかなめが好きな有名なアニメや漫画にはそこまでハマれなくて、他に興味があるジャンルがあるわけでもなくて。
ただトイレのついでに、何となく会場内をふらっとさまよう程度だった。
初めて行くなら物珍しいこともあるかもしれないけど、何度も行ってるところだもんなぁ。
そんなにあるかな?
話題性があったり、強く興味を持ったりするようなこと。
『じゃ、決まりね!! 詳細は直前になったらまた連絡する』
かなめのその言葉にひとまず了承の返事をして、私も電話を切った。