第28話◇スイッチが、入ってしまった
私が月浦さんの「そろそろカメラを買い替えたい」の記事を見た時には、既に色んなカメラ好きの人たちからのコメントが複数並んでいた。
「今自分が使ってるこのカメラ、おすすめ」とか「コスパいいのはこっちじゃない?」とか「防塵・防滴のやつなら雨でもいけるぞ」とか「俺もやりたくなったから近いうちに夜景の光跡撮って来るわ」とか。
正直、私には全くカメラの知識はないから、割って入りづらくはあった。
けれど――それでも、私は何故か、自分が思ったことを彼に伝えたいと思った。
カメラ好きの方たちは皆さん「ああ、確かにこれは失敗作だねぇ」とか「スペックの限界を感じる」みたいな感じで発言していたし、月浦さん本人も不服そうではある。
けれど、私にとっては、言われるほどには悪くない写真に感じられたからだ。
極端な田舎道でもなく、かといって、大都会の大通りでもない、ちらほらと道路沿いに店があるくらいの、何の変哲もない夜の道。
そこを走る、数台の車。
店の電光掲示板や街灯やテールランプなど、色んな光がぼやけてぶれて、闇に滲んだみたいに見える。
それは、光が――人間が、それは私が見も知らない人が運転していたり知らない人が働いたりしている結果、そこにある光なんだけど、まるでその闇の中で、その人がしっかりと生きて日々を暮らしている証みたいに感じた。
私にとっては、それはそんな写真だった。
だから、私はあえてコメントする。
『私はこの写真、何だか動きがすごく感じられるような気がして、結構好きです』
すると、すぐに月浦さんのコメントが返って来て、私は驚く。
カメラ話題を差し置いて、いいんだろうか。
『動き、ですか?静止画なのに?』
『はい。車が、動いていた時に撮ったんですよね?それに街の明かりがぼやけてぶれているの、その場の空気が……人がちゃんとそこにいて、すごく動いている感じがします』
応えながら、私は以前、シンヤさんの漫画を見た時のことを思い出していた。
シンヤさんが線を加えることで、強く振られた敵の斧から繰り出される風圧や、主人公の男の子が斧から身を反らす時の髪の毛や服が風になびくようにより感じられた、あの絵を。
あれも、静止画なのに動きを感じた。
二人とも、「動きを静止画の形で捉える」のが上手いのかもしれない。
『その、『動きがある静止画』っていう表現、頂いていいですか?というか、いずれ写真集を作りたい気持ちがあるんですけど、もし作ったらその一文、本に載せたいです』
すると、こう返ってきたので、私は「いいですよ」の気持ちでハートのマークを押し返す。
『いいですよ、全然、使っちゃって下さい~』
カメラの機種について語っている状況に突然に話しかけたことで大丈夫かなと不安になっていたけれど、月浦さん的には大丈夫みたいでよかった……。
そうホッとして、その後のやりとりを眺めてほっこりしていた私だったけれども。
突然、私のスマホにかなめからLINEのメッセージが届く。
『なんか、今、すばるんから連絡来て。さゆみに直接連絡取りたいらしいんだけど、LINE教えていい?』
「えっ?」
驚いたせいで、思わず声が漏れてしまった。
連絡?
月浦さんから私に対して?
何で?
疑問に思ったけれど、かなめも普通に自分の連絡先を教えているみたいだし、いいか……と私は了承する。
『いいよ』
すると、数分後、矢継ぎ早に何度もスマホのバイブが震えることになってしまった。
『すみません。話を聞かせて頂きたくて。また甘える形になってしまうんですけど』
『さっきのnoteでの『動きがある静止画』について、もう少し詳しくお聞きしたいです。あれ見て、ちょっと掴みかけてることがあって』
『さゆさんのお時間がある時でいいんで、できれば直接お会いしてお話したいです。よろしくお願いします』
「うわっ!!びっくりした!!」
私は画面を凝視して、首を傾げる。
あれ?
この押しが強い感じ……。
また喫茶店行った時みたいな、あの怒涛の写真語りが、始まりそうじゃない……?
私はイベント後の、とどまることなくカメラの話を聞かされたあの時間帯のことを思い起こす。
……何で?
一体、何がこの人の中でスイッチになっちゃったの?
そんなになっちゃうようなこと、言ったっけ?
ていうか、いつの間にか下の名前で呼ばれてるんだけど!?
そうして。
私は二日後の仕事帰り、例の喫茶店で、彼と待ち合わせることになってしまったのだった。
◇
前回は意識して記憶していなかったけれど、その店の名前は「喫茶・琥珀糖」という名前らしい。
二度目の琥珀糖は夜ということもあって、まだ陽が高かった時間帯だった前回の訪問時よりも、少し落ち着いた雰囲気に感じる。
入口横のショーケースにはホットケーキやサンドイッチやナポリタンなどの軽食、赤いチェリーが乗ったクリームソーダやプリン、そしてコーヒーの食品サンプルがあった。
前回はコーヒーのみだったため、今日はコーヒーにプラスして、別のものを注文してみてもいいかもしれない。
ちょうど空腹だし、ナポリタン、いけるかな……。
そんなことを考え、私は鈴の音を響かせながらドアを押す。
『あの店の、前と同じ席にいます』
事前にそう連絡があった通りに、彼はちゃんとそこに座っていた。
ただ、店の人と話している。
「そういえば。お前、事務所の他の奴とは連絡取ってる?」
「あ……宵悟とマネージャーさんの連絡先以外は、スマホ変えた時に消してる……。最近は、そっちも電話してないけど」
「なぎとこうしろう、心配してたぞ。ひとまず、大丈夫そうだって言っといた」
「そっか……。ごめん。はるとくんは、今でも事務所の人たちと連絡、取ってるの?」
「まぁね。あいつら以外は数人程度だけど」
砕けた口調、とても仲が良さそうだ。
ということは、この人が例の「尊敬する元アイドルの先輩」のようだ。
この場に入っていくの気まずいな、と思っていると、二人が私の気配に気が付く。
「さゆさん!!」
月浦さんはその手をぶんぶんと振って「ここでーす」というようにアピールしてきた。
なので、先輩らしきその人も席に近づいて行った私に向き直る。
「ああ、昴の待ち合わせの相手の……俺、この店の店長をしています、戸坂悠人です。ご来店ありがとうございます」
「堀紗由美です。先日来た時に頂いたコーヒー、美味しかったです。今日も、しばらくお世話になります」
頭を下げての丁寧な挨拶に、私も同じく自分の頭を下げ返した。
すると何故か、戸坂さんは少し驚いた顔になって、私をまじまじと見た。
「ああ、この『とことん、普通の人扱い』は、確かに、俺たちには助かるかもなぁ……」
「はい?」
……何だろう?
ぽそりと呟かれたら聞こえない。
そう思って訊き返したけれど、戸坂さんは今の台詞を繰り返す気はないようだった。
「いや、失礼しました。それじゃあ、ごゆっくり」
ニコリと会釈をしてそう続けた後は、そのままスッと店の奥に戻ってしまった。
「えーっと。さゆさん、はるとくんのこと、気付いた?」
「えっ?ああ、アイドルの頃の先輩なんですよね?」
「あの……それだけ?」
何でか、探るような言い方をして月浦さんまでもが訊いてくるけれど、理由は分からない。
「何かあるんですか?」
「――いや、大丈夫です。むしろ、さゆさんがさゆさんで、本当によかったぁ……」
わけがわからない。
ふわっと微笑んだまま厨房に消えた戸坂さんも、目の前で目に見えてほっとしている月浦さんも。
私が私でよかった?
本当、どういうことなんだろう……?
分からなかったけれど、とにかく空腹だったからそのまま話を流す。
結局、私はナポリタンと食後にコーヒーをブレンドで、という注文をした。
月浦さんはブレンドのおかわりをもう一杯頼んでいた。
琥珀糖のナポリタンはベーコン・玉ねぎ・ピーマンというシンプルな構成ながらも、とても美味しかった。
思わず言葉少なになって食べることばかりに集中してしまうくらいだった。
その間、正直、月浦さんの存在をしばし忘れていたけれど、月浦さんが「はるとくんの友達の三沢さんが調理担当なんですよ。はるとくんとは高校で同級生だったらしいです」などと教えてくれて、ようやく思っていた以上に集中して食べていたことを自覚した。
放置し過ぎていたようだ。
これだから、退勤直後はいけない。
月浦さんは食事を済ませた後らしくてコーヒーカップだけしか置かれてない分、微妙に恥ずかしかった。
食べていた間、すっかりお待たせしてしまっている。
そのため、私は食後の琥珀糖ブレンドがやって来たタイミングですぐに本題に入ることにした。
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