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第23話◇東雲洸とSOLUNARの変遷②

 ただ、結成から二年くらい経った頃、なぎくん・こうしろうくんが去っていく形になった。

 近々新たに別のグループを作る予定があるらしくて、そちらに引き抜かれて。


 そして引き抜きの打診を受けた三人のうちのもう一人・はるとくんは、それを断って、事務所自体を去ると言い出した。


 芸能人であること自体をやめる、という話を、本人が直接社長にしたらしい。

 はるとくんは成人しているけれど、今後は大学受験の勉強を始めるという。


 将来的には自分のお店を持ちたいらしい。


「お店やりたいって、そんなの俺、聞いてない……」


 一緒に仕事をしていて、嫌われてはいないはずだと思っていたのに、そういう大事な話は全く話してもらえていなかったのが、寂しかった。


 宵悟は「決めるのは本人たちだから」と一連の脱退劇にドライだったけれど、俺は事務所もやめるという話はさすがに割り切れなくて、はるとくんに直談判した。

 マネージャーさんから事前に訊いていたスケジュールを参照して。


 俺に待ち伏せされるとは思ってもいなかったみたいで、はるとくんはびっくりしていた。


「何でやめちゃうの?」


 問いに、本当に困ったような申し訳なさそうな顔をされた。


「俺たちのこと、嫌いになった……?」


 口走る間、頭の中で過去の、何人ものやめていった人たちのイメージが過ぎっていった。

「また俺たちのせいでやめる人が」という怯えが、止まらなかった。


「違うよ」


 けれども、次の質問は即刻否定される。

 真顔で、本気でそう思っているんだと、確かに伝えるように。


「逆に、誰のことも嫌いになりたくないから、だよ。ここの思い出はキラキラなままにしておきたいからね」


 そんな説明では、納得いかなかった。

「嫌いじゃないんだったら、やめなくてもいいじゃん」みたいな気持ちでいっぱいになって、俺ははるとくんの目を強く見返そうとする。


 自然と涙が浮かんできて、本当に子供っぽい。

 はるとくんは全部もう決断し終わっていて、社長も認めていて、宵悟も引き留める気はなくて、自分一人がただ駄々をこねているだけなんだという情けなさが、余計に涙を誘っている気がした。


「辞める理由は、俺個人のわがままで、洸は当然、宵悟や他の奴らにも不満があるわけではないよ」

「嫌いじゃないんだったら、なんで……?」

「そうかぁ……。まだ、わかんないかぁ」


 はるとくんは微笑んだ。

 困ったな、の顔のまま。


 結局、納得がいく説明は得られなかった。

 何を言われても納得したくない気持ちが先走っていたから、たとえ何時間説明されても、分からないままに終わったと思うけれど。


「もうちょっと大きくなったら、改めて聞きにおいでね。ちゃんと教えてあげるから」


 はるとくんは小学生をなだめるみたいに頭を二度ほど撫でてくれて、電話をしてマネージャーさんに俺を預けて、立ち去ってしまった。

 彼のアイドルのキャリア最後の仕事の打ち合わせのための時間が迫っていたから。


 そうして、また俺と宵悟はコンビに戻ることになった。

 グループ名の「SOLUNAR」は引き継いだまま。


 もやもやしたまま、けれども、すぐに有名芸人さんと一緒にやる新番組が決まった。

 それが芸人さんの人気もあってかなり視聴率が良くて、やがて時間枠がゴールデンタイムに移ったことで、俺たちも露出が増えて忙しくなった。


 歌番組に呼ばれることも増えて、目に見えてファンも増えて、ついに二人の「SOLUNAR」のデビューが決定した。


 デビューのための打ち合わせを綿密にやって、新曲のレコーティングをして、たくさんの雑誌やテレビ番組や新聞などの取材を分単位でこなす。

 これまでとは比べられないほどの目まぐるしい状況になっていった。


 そして、俺たちは「SOLUNARはもう二人になったんだから、もう先輩たちのことはあまり話すな」と事務所の偉い人たちに言われた。

 はるとはもうやめた子だし、こうしろうとなぎは新グループでの仕事がそろそろ動き始めているんだから、と。

 そっちの宣伝をする予定があるのに、いつまででも俺たちのメンバーとして扱われていると、売り出し方に困るじゃないか、ということらしい。


 俺たちは自然と、五人組時代の、先輩たちとの過去のエピソードを話せなくなった。

 先輩たちもいた時の話なのに、まるで二人だけでいた時の話のように改変されたものを、さも事実みたいに各所で話す展開。


 そんな感じだったからか、先輩たちのファンにとってはかなり心証が良くなかったようだ。


「この『俺たち元から二人組でーす』みたいな言い方、しょうひか、冷た過ぎない?なぎくんとこうくんがかわいそう」とか、「そもそも、何で二人も一緒にデビューできなかったの?」とか、疑心暗鬼になってしまった先輩たちのファンの批判が、直接こちらに向いた。


「しょうひか」と「なぎこう」で別れてモメた結果、不仲になってグループ内が分裂したんじゃないか?って。


 けれどそんな一部の反感はよそに、二人の俺たちは、いやに――売れた。

 それは五人でいた時よりも、ずっと人気に勢いがあった。

 怖いくらいだった。

「お互いが唯一無二っぽい空気感がいい」とかで、人気になってしまった。


 そんな中、なぎくんとこうしろうくんに後輩を加えた、六人の新グループ「INVENTIVE‐6」の結成が発表される。

 そしてこの新グループに入れなかった後輩がやめる。


 あれ……俺、何でこの仕事やってるんだっけ……。

 何でここまでして、しがみついてるんだっけ?


 俺は宵悟の横に、ここに、いてもいいんだっけ?


 少しずつ、そういうことを考える時間が増えていった。

 それでも、ギリギリ耐えていた。


 ――カメラがあったから。


 写真に興味を持ったのは、たまたま雑誌の仕事で会ったカメラマンさんと世間話をする機会があったからだ。


「あの。カメラ、初心者はどういうの買ったらいいです?」

「撮る方に、興味あるの?」


 唐突に、しかも軽い気持ちで尋ねた俺に、それでもカメラマンの柚木さんは少し嬉しそうに訊き返してくれた。


 女性カメラマンの彼女は、「リフレ」の時の映像カメラマンの山田さんとは、また違った写真を撮る。

 とりわけ、人物中心、ポートレートを綺麗に撮るのが得意な人らしい。


「やってみたいです。かっこいいし」


 山田さんのような映像を撮るカメラも憧れるけど、柚木さんの写真を撮るカメラもかっこいい。


「そっか、かっこいいか~。そうだね。初心者なら、まずは好きなデザインの、普通の値段のカメラでいいよ。使いやすいのは、例えば……この辺りかな」


 そうして、柚木さんは自分のスマホでいくつかのカメラを検索して見せて、時々指さしながら丁寧に、カメラそれぞれの特徴を教えてくれた。


「どうせハマれば、後は勝手にこだわり始めるから。このカメラならではの映り方が~とか、色々ね。高い機材買って持て余すよりずっといいし、最初はこの辺りがおすすめ」


 せっかくだからと、俺はその説明を真剣に聞いて、自分のスマホでも同じ機種名を検索して、しっかり検索履歴を残しておいた。

 後で本気で検討してお買い上げするつもりで。


「何か洸くんなりのこだわりができたら、それに合うやつを教えられると思うよ」

「こだわり……」


 俺は画面のカメラの画像を見つめながら呟いた。


 単にかっこいい感じでカメラを構えて撮ってみたいだけの段階だけど、見た目から入っている感じだけど、俺もいつかこだわる時がくるのだろうか。

 そこまでカメラを趣味として続けられるんだろうか。


 分からなかったけれど、その日のうちにおすすめされた三種類くらいのものから、カメラ自体のデザインや色合いが好みのものを通販で買った。


 初めてのカメラは意外としっくりと手に馴染んで、俺はたまにSNSに上げるための写真をそれで撮った。

 空とか木々とか古い看板とか、街の色んな風景、気になったものを撮ることが多かった。

 構図や光の加減、技術的なことは何も効果的に考えてはいなかったけれど、楽しかった。


 ただ、その頃から、俺たちはますます忙しくなった。

 俺がじっくりと時間をかけてカメラで写真を撮る機会は、自然と減っていった。

 仕事で必要だからと、スマホで手早く撮ることばかりが増えた。


 それに「何をどう撮るか」ではなくて、「撮ったものをいつのタイミングで上げるか」とか「番組の共演者の人と撮ったものを上げなきゃ。CMしないと」とか、撮ったものの露出の仕方の方に頭を悩ませることが多くなってしまった。


 そして。

 その時が来た。


 明日、歌番組に出る。

 その前日の夕方のレッスン中、俺は体調を崩した。

 踊っている最中、突然に酷いめまいがして座り込んで、その場から立てなくなった。


 目の端に映った、宵悟の顔。

 俺が倒れるなんてことが起こるなんて、全く想定していなかった表情だった。


 はは。

 宵悟のくせに、泣きそうな、変な顔、してる。

 そんな不安で自信なさそうな目になってんの、初めて見たな。


 もしその時、手元にカメラがあったら、思わず撮ったかもしれない。

 珍しく、風景じゃなくて人を。


 そして「ほら。お前、こんな顔してたんだよ」って、笑って見せたかもしれない。

 以前は撮ったものを宵悟にも見せていたから、それと同じ感じで。


 最近、あまり写真撮ってないな……。


 そう考えて、俺はそのまま意識を失った、らしかった。

 目を覚ますと、俺は病院の一室にいた。


 次の日の歌番組は、スタッフさんと宵悟が何とか穴埋めしてくれた。

 正直、無理してあの場にいたら、とんでもない酷い失敗をしたかもしれないと考えて、ベッドの上にいることに安心した。


 けれども、その映像を確認して、いつかSNSで見た文章について思い起こす。

 忘れていたはずの遠い記憶だったのに。


 ――もう宵悟だけ、ソロでよくない?



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