第22話◇東雲洸とSOLUNARの変遷①
元々、自分からアイドルになりたいと望んだわけじゃなかった。
姉による他薦だ。
それまでダンスや歌は小学校の授業でしかやったことがなかったけれど、体を動かすことは嫌いじゃなかった。
それに、たまたま俺と同じ年頃の十歳前後の子たちが世代的に多かったから、放課後のクラブ活動や習い事みたいなノリで集まってワイワイやるのが楽しかった。
最初にステージに立った時のことは、今でも鮮やかに覚えている。
子供らしい元気さだけが取り柄でまだ下手くそだった俺は、先輩のバックの隅っこで賑やかし要員だった。
けれども、デビューしてなくても人目を引く、ダンスの力もあって目をかけられている子は、より明るいライトが当たる場所やデビュー済みの先輩たちの近くで踊っていたり、先輩から絡んでもらって注目されたり、と目立つこともあった。
まだ何も分からないなりに、それでもこの場所では「光が眩しく当たるところ」と「影になるところ」では大きな差が存在するらしい、ということは薄々感じていた。
同じ年ごろなのに、もう先輩の横でマイクを持っている子もいた。
如月宵悟。
宵悟は同じ学年だけれど、俺より一年半ほど先に事務所に入っていたため、先輩ポジションだった。
「更衣室はここな、自販機はエレベーターの横で……」
なんて言って、事務所のビルのことを俺たち新入りに教えるさまは堂々としていて、中学生くらいの年上の後輩にも遠慮なくため口で話す様子に、「なんかスゲーやつだ」と新入り全員が気圧されていた。
それもそのはずで、実際、宵悟は歌も踊りも飛びぬけて上手くて、覚えも早かった。
物怖じしない性格はデビュー組の先輩たちにも「面白い子」と気に入られていて、俺はただ素直に「すごいなぁ」と思っていた。
ただ、他の奴らはそうじゃなかった。
次第に、一人、二人と、放課後にやってくる仲間たちが減っていった。
ついこないだまでみんなで楽しく会話していたはずの仲間たちが、「面白くないから」とやめていく。
「洸、よく宵悟のノリについていけるな。ああいう上から目線のやつ、パワハラって言うんだぜ?テレビで言ってた!!」
「え?ぱわは……?なにそれ?」
よく、分からなかった。
ダンスが面白くないとか、練習がきついとか、ダンスの先生が怒ったらめちゃくちゃ怖かったとか、そういう話なら、俺にもまだ分かった。
でも、そうじゃなくて「宵悟の存在が面白くないから」という理由でみんなやめていった。
確かに、宵悟はちょっとガキ大将ぽい性格だし、自信もあるから態度も堂々としていて、意見を言う時は「先輩だから、俺の方が知ってるから」というノリではあった。
ただ、俺は「宵悟は最初からそんな感じ」だと思っていたから、特に疑問には思っていなかった。
俺たちの世代で残ったのは俺と宵悟だけ。
そうなると、自然と「しょうひか」とまとめられて、コンビ扱いで先輩のバックについたり雑誌に載ったりすることが増えていった。
自然と宵悟と比べられて何か言われることが増えたし、宵悟のフォローに回る展開も増えた。
その頃には新しく後輩が入ってきていたから、大変さは増した。
年下の彼らからすると宵悟はとても怖く感じてしまうようで、相談事は全て俺が対応していた。
後輩は、可愛い。
姉やいとこに年下扱いされてきた俺には、弟ができたみたいで新鮮だったし、頼られると嬉しかった。
ただ、全員で来られると、さすがに手が足りなくなる。
なので、一度彼らに訊いたことがあった。
「それ、宵悟には、きいてみた?」
「ううん。だってしょーごくん、おこりそう……」
二人を除いて、ほぼ全員がこう答えた。
だって、宵悟は見るからに「悩んだりしなさそう」だったから。
「弱音を吐くな」と怒られそうだと思ったらしかった。
「宵悟はね、プロ意識が強いんだよ。だから自分にもみんなにもきびしいんだ」
俺はそう説明した。
実際、一緒に行動し始めるとそれは明らかだった。
宵悟の両親は現役のダンサーだった。
だからこそ、絶対に踊ることでは、他の子に劣るわけにはいかなかったのだ。
プライドが許さない。
当然、周囲への要求レベルも高くなる。
だからこそ、気を抜いて踊った子には自然と辛辣になった。
「やっぱ、俺の横、洸しかいねーわ」
笑って伝えられた言葉は、たぶん、俺に対する称賛や、嬉しさや、信頼を表現するつもりで言ったんだと思う。
ただそれは他の子たちもいた状況だったため、少し違ったふうに後輩たちにはとらえられたらしかった。
――洸以外は基準以下。
価値なし。
眼中になし。
その後、「宵悟ともちゃんと話せる、宵悟と同じくらい物怖じしない後輩」の二人以外の後輩はやめてしまった。
「レベルが高すぎてやっていけない」と思ったそうだ。
厳しく当たられても奮起できた二人だけが後輩として残った。
「しょーごくんがダンスと歌、上手過ぎるってのはあるけど、ひかるくんも負けてない感じでキレイに踊るし、めちゃくちゃ正確なんで。振り参照するならひかるくんの方っすね」
「あのダンスの鬼と並んで見劣りしてない時点で、ちょっとおかしいんですよ。そういうわけなんで、洸くんがたまに言う『俺はあいつほど上手くはない』とか、ウソですからねっ」
生意気な後輩たちから聞いたところによると、苦労したかいもあってか、俺は何とか、宵悟の横で踊っていても遜色ないところまで到達できていたらしかった。
一時期、散々SNSで「もう宵悟だけ、ソロでよくない?」と叩かれたせいもあって。
いつの間にか、宵悟だけでなく、俺自身も「怖い先輩」になった頃、俺たちは年上の先輩たちと同じく、デビュー組の先輩たちのバックの仕事に呼ばれるようになった。
それまでは後輩たちと一緒の仕事もあったけれど、以降はデビューするまで、後輩と絡むことはなくなった。
宵悟と後輩の間で板挟みになることは減って、少し楽になった。
そうして、半年くらいが過ぎて、先輩たちとも打ち解けた頃だった。
新しいグループが結成されることになった。
グループが結成されたからといって、すぐさまデビューが確約されているわけではない。
ただ、そうやって選ばれるということは「とりわけ期待されている、ということだ」とみんなが認識していたし、所属無しの子に比べると、先輩たちの番組に呼ばれる可能性も増すわけで、名を売るチャンスでもある。
そして人気が高くなればなるほど、グループでのデビューが決まる可能性も上がるのだ。
なぎくん・こうしろうくん・はるとくんという三人の先輩たちと、俺たち「しょうひか」の二人が選ばれて、合わせて五人組の「SOLUNAR」の結成が決まった。
年上と絡むことで宵悟の生意気なやんちゃさと俺の元々の弟気質がウケたのか、「SOLUNARの末っ子コンビ・しょうひか」は先輩たちのファンにも、悪く思われなかった。
実は、この頃が一番、無邪気かつ有意義にアイドルの仕事を楽しめていた時期かもしれない。
先輩の番組に「SOLUNAR」として全員で呼ばれるようになったり、デビュー前なのにグループ単独でコンサートができたり。
結構、勢いもあったと思う。
このまま頑張っていけば、この五人でデビューできるかもしれないという、明るい希望もあった。
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