第12話◇傾向と対策を探った結果の、マシンガントーク
喧騒が去って。
私は一人、椅子に座ってぐるりと会場を見渡した。
イベントが終わろうとしている。
なのに、結局、何も得られなかったな……noteのネタ。
私は手持ちのエコバックの中をちらりと見る。
本日の戦利品はというと、大量のチラシ。
そしてシンヤさんに頂いた本、一種ずつ計四冊。
それと、シンヤさん・私・かなめにそれぞれ配られた、あのポストカードセット。
「売り子したんだし、これも一緒に持って行っていいよ。売るの丸投げしてたくせに対価なしとか言うなら、俺がアイツを怒るわ」とシンヤさんによって在庫の束から三部抜かれたものだ。
今日のイベントの感想を書くなら、売り子をした話と、こうして頂いた作品に目を通しての感想と、今日初めてお会いした皆様自身についてと……。
などと考えたところで、私はふと「その中の一人については、うかつに掲載できないのでは?」と思い当たる。
いや、その人のアイドルの過去について言及できないだけで、単にイベントでポストカードを作って売っていた人としてなら、書いてもいいのかな……?
色々と考え込んでいるうちに、少し不安になってきた。
私には、あの人の情報が全く足りていない。
無意識のうちに、何か失礼なことを言ってしまうかもしれない……。
現にさっき、ポストカードを買っていった女の子を無駄に怒らせてしまっている。
「少しは、調べておいた方が、いいのかな」
私はスマホを手にする。
Googleの検索画面。
そのボックスに文字列を打ち込む。
確か、名前は……「しののめひかる」。
そうひらがなで打ち込んだだけなのに、迷いなく表示される「東雲洸」の漢字と、あらゆる検索情報の羅列。
一番上の「東雲洸・SOLUNAR」は所属についてなので、まぁ、分かる。
ただ、その下に続く、「東雲洸・引退・理由」「東雲洸・恋人」「東雲洸・コスプレ姉」「東雲洸・如月宵悟・不仲説」……。
いくつかの、検索する前に先に分かってしまったことに対して、私は深く吐息をついた。
特に望んではいなかったけれど、これから彼と会話する上で地雷となるかもしれない話題の埋没状況を、ここで示されてしまったのかもしれなかった。
そういうのじゃなくて、何かもっと、まともな情報はないわけ……?と、私は考える。
そうして、例のあの炭酸飲料「リフレ」のことを思い出した。
本人が出ていたはずのCMだ。
さっそく「東雲洸・リフレ」で検索してみる。
すると、うっすら覚えがあるCM動画がパッと表示された。
夏の海辺に立つ二人の少年たちの映像。
彼らが「SOLUNAR」だ。
その青髪の方の一人の顔がアップになる。
少年アイドルらしい、無邪気な笑顔がこちらを見ている。
……ああ、確かに、もっさりとした黒い前髪で隠すようにされていた目元は、コスプレゾーンで仮面の向こうに垣間見た両目は、これと同じものだ。
間違いなく同一人物、あの人だった。
ただ、今よりずっと幼い。
私が高校二年生の頃のCMだから――八年くらい前、中学生くらいの彼、ということになる。
そしてもう一人いる赤髪の少年が、彼とコンビを組んでいた片割れ、如月宵悟なんだろう。
この子は東雲洸よりも、もっとずっと勝ち気でやんちゃそうな感じだ。
CMの細かい内容は、ほとんど覚えていなかった。
ほぼ初見のような気持ちで私は映像を見つめる。
夏の制服姿の少年たち二人が、海沿いの道路から海を見ている。
学校帰りに通りかかりました、といった始まりだ。
真っ青な空に入道雲の白。
それをバックに、少年たちは通学かばんを放って駆け出すのだ。
水辺へと。
彼らのその手には、このCMの商品の現品「リフレ」のペットボトルだけが握られている。
いつの間にか靴も靴下も脱ぎ捨てて、はしゃぐようにじゃれ合うさまが青春っぽい。
彼らの足元から中空、ぱしゃりと跳ねた海水の水滴がキラキラときらめく。
「あ……この水が跳ねるところ……」
そのシーンを見た瞬間、ああ、と私は思う。
「この部分だけは、しっかり印象に残ってたっぽいな。私」と。
夏らしい日光を浴びた水滴がキラキラと光って、青空にそれがくっきりと鮮やかで、何とも言えない美しさなのだ。
これはどうやら、炭酸飲料のスプラッシュ感みたいなものを表現しようとしているらしい。
そして、遊び疲れたふうに並んで堤防に座って、笑顔でこのリフレを飲む二人。
ここで私でも覚えていたあの曲の、サビが流れる。
『光のプリズム
手に届きそうな君が
僕の隣
声を上げて笑うから
このままずっと
もっと続いてよ
この夏の夢のまま
どうかそのまま……』
そしてその次には商品パッケージがドアップになって……と考えた通り、画面には氷でキンキンに冷やされている「リフレ」が大写しになる。
『この夏の熱に!!』
『俺たちは負けない!!』
最後に少年二人の声が響いて、映像は終わった。
なので、私はスマホから顔を上げる。
そしてそこに、タイミング悪く、当の「東雲洸」本人が立ちすくんでいるのを見た。
あの悪役仮面なコスプレ衣装から朝見た服に着替えている。
目元は、そのもっさりした前髪のせいで見えない。
けれども、息を飲んでのけ反っている様子なのは、驚かせた……を完全に通り越してしまい、怯えさせてしまったようだというのは、さすがに分かった。
「あの……。当時ぶりに、久しぶりに見たんですけど。リフレのCM。私、この映像の水滴がパシャっと跳ねて光に透けるシーン、ものすごく綺麗で好きだったんです。それで、今見ても、やっぱり好きなやつでした」
会話に困った私は、ひとまずCMの感想をそのまま口走る。
それで相手の恐怖心が消えるとはさすがに思っていなかった。
ただ「本当に私、コレ好きだったんだなぁ」という、心に生まれた思いは、個人的に大事にしたかった。
執着するものごとがろくにない人間だと、自分に対してのコンプレックスを感じていたけれども、時を超えて好きだと感じるものが私にもあったんだという事実は、まるで新発見のようだった。
その気持ちのまま、私は「それが好き」と口走る。
自分のためだけの行為だ。
でも、私のこの台詞で、また彼の表情が少し変わった。
まるでずっと話したかった話題を提供された、そんな人の表情だった。
怯えたり委縮したりしている姿しか、見ていなかったけれど。
この人は、こういう表情もできるんだ……。
そんなふうに私が思っていると、ものすごい勢いで、バッと彼が顔を上げた。
「ですよね、あのシーン、いいですよね!?俺もあのCMの光の加減がものすごく好きで!!」
「えっ」
「あの日の午前中はあまり天気に恵まれなくて、俺たちもスタッフの皆さんも全員、気をもんでいたんですけど、午後からはものすごい快晴になって、山田さん、あっ、カメラマンさんなんですけど、普段はわりと寡黙な人なのにめちゃくちゃいいの撮れたっておっしゃって、珍しく興奮してて、実際見たら、もうあの映像のあれで、俺もスゲーってなって、いつか俺もああいうの撮りたいって思っ……!!」
それはとんでもない早口だった。
かなめも、萌えが高まるとたまにこうなるけれど、この人もこうなるんだ?と私はまじまじとその口元を見返す。
その私の視線に、ようやくマシンガントークは中断した。
「うわっ……すみません、つい」
口元に手でふたをするようにして、彼は何とか自分の発言を押し込めようとしている。
けれども、本心ではまだもっと何か言いたそうにしているらしいと感じた。
「……あの。まだ少し、話せますか。今みたいな話。あの映像の、綺麗なところについて」
思った通り、彼はこう訊いてきた。
今は全く怯える様子はなくなって、しっかりと顔を上げて私の顔を見返している。
私が過去の「東雲洸」に安易に触れたことで、怒るか、そうでないなら気持ち悪い人認定されるかも、と身構えていたのだけれども、どうやらどちらでもなかったようだ。
「そういう話をしても大丈夫そうな人、これまで周囲にあまりいなかったので。話したいし聞きたいです。新鮮なうちに」
そういう話なら、もっと欲しい。
そんな強い意思を秘めた真剣な二つの瞳が、もっさりの髪の毛の奥から、じっと私を見つめ続けていた。
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