第10話◇かなめの恋と、困っちゃうから書く理由
やがて発送のための作業が完了して、カートに段ボール一箱を載せたシンヤさんがスペースを離れる。
「俺、これ宅配持って行くから。スペース頼む」
「了解で~す」
ガラガラと車輪の音を響かせながら離れていくシンヤさんの背中を見送る、そのかなめの瞳。
その視線にやっぱり熱っぽいものを感じて、私は本人にずっと気になっていたことを聞いてみることにする。
あと三十分程度でイベント終了時間。
私たちもシンヤさんが戻ってきたら片付けを開始することになっている。
ユルい時間帯。
そういう少し浮かれた話をするには、ちょうどいいタイミングだと思う。
「ねぇ、かなめ。もしかして、シンヤさんのこと、好きだったりする……?」
耳打ちするように小声で訊くと、かなめは分かりやすく視線を漂わせた。
「ああー、本人にはバレないようにしてたんだけど……」
その両手で顔を隠すように包んでいる。
顔は確かに見えなくなっているけど、赤くなったその耳の上部は隠せていない。
「恋心、はみ出てるよ」
指摘に、はーっ、と大きく息を吐き出すかなめ。
その息の震えにだって、じわりと想いが漏れ出している。
「そうかぁ……はみ出てるかぁ」
頬を赤らめて呟くかなめは、ショートカットの髪型や好む服装がアバンギャルドでクールという見た目の分、とても可愛らしい。
かなめはいつも、そういうふうに恋をする。
毎回、全身全霊で。ほとばしるような思いで。
私はいつも、ひとつの恋物語のようなそれが羨ましい。
私には絶対にできない恋愛の仕方だから。
「どういうところが好きなの?」
「一見ガサツでぶっきらぼうに見えるんだけど、面倒見がよくって優しいの。ギャップ萌えっていうか……」
私の質問に答えるうちにますます顔の赤みは深まって、もはや顔どころか全身にその熱は広がっていきそうだ。
「あはは、めちゃくちゃ顔赤くなってる」
「ほ、本当に!?待って、待って、戻ってくるまでに戻さないと……!!」
あわあわと慌てるかなめ。
それは中学生の頃と、基本の言動は変わっていない。
見た目がクール女子だからか、自分が甘えたいってタイプの男に言い寄られがちなかなめだけれど、本当はかなめの方が「クールな人に甘やかされたい」のだ。
そういう意味で、シンヤさんの見た目や、眼鏡の奥の目つきや、無駄がないこざっぱりした話し方あたりは「なるほどなぁ。好みドンピシャか」と納得する感じだ。
「ね、何か、シンヤさんから意識が逸れるようなこと言ってみてよ、さゆみ!!変に思われちゃう!!」
自力では顔色を回復できないと察したかなめの強めのSOSに、私もいくらか真剣になって考えることになった。
「ええ?急に言われても。うーん」
何かあるっけ。
頭の中に浮かんでいる過去のかなめの歴代彼氏たちやシンヤさん、男たちの顔を思考の片隅に追いやりながら、何かそれらしい発言を考えてみる。
「じゃあ、かなめはさ。何で小説とかイラストとか漫画とかを書きたい、って思ったの?」
追いやろうとしたけれど。
結局私の脳裏には数時間前のシンヤさんとの会話がまだ残存していたのか、それとも、シンヤさんのことを今話したことで、より強くよみがえって来たのか。
私はこんな質問を口走ることになった。
今日初めて会った人であるシンヤさんに関して、現時点で一番印象深かったのは、やっぱり数時間前の「狂うから、俺は漫画を描いてるんだ」という話で。
私はそれを耳にすることで、ようやく、シンヤさん以外の人の「理由」も聞きたくなったんだと思う。
実は生まれて初めて、興味を持ったのかもしれない。
「他人の想い」というものに対して。
かなめにも、こんなに友達として関わってきたのに「何で書くのか」を訊いたことは一度もなかった。
質問されたかなめはというと、しばらく黙り込んで、真剣な顔つきになっていた。
おかげで赤面も引いてきている。
「……困るから、かなぁ」
長い思考時間の末に出てきた言葉はこれで、私はシンヤさんに引き続き、またしても意外な「理由」を知る。
「何に困るの?」
「うーん。うまく説明できるか分からないけど」
それだけではよく分からなかったのだけれど、当のかなめ自身にとっても難しいことを質問してしまったみたいだ。
「たとえば、もし萌えることだけやって、書き記して誰かに読んでもらうってことがない場合だとさ。キャラクターたちは私の思考の中から永遠に出られないじゃない?」
「かなめの思考から、出られない……」
「私の中で、あいつらが騒ぎ出すのよ。さっさと自分を動かせ、何か言わせろ、って」
私はふわっと想像してみる。
かなめがここ最近書いているファンタジー小説のキャラクターの、ヨアキムくんとアードゥンくん。
檻に閉じ込められた二人が「ここから出せー!!」「俺らの好きにさせろ!!」などと、鉄格子の檻をぶっ壊す勢いでジタバタと暴れているビジョンを。
ちなみに、以前にキャラのイメージイラストを見せてもらっているから、脳内のビジュアルも完璧に再現されている。
「私の脳の檻に閉じ込められたままになっちゃうのが嫌みたい。どいつもこいつも」
そう言うと、かなめはふふっと、笑った。
それはまるで手がかかる手製のキャラクターに悪態をついているように見えて、どこかしょうがないなって、可愛くも感じているみたいだった。
「書いて、外に出してあげたい?」
「ん、そんな感じ。他の人にも見てもらいたいし。好きなシチュエーションやキャラ萌え、こういうのいいよね、ってみんなに言い回りたいじゃん~」
いつも楽しそうに、ウキウキ・ニコニコとした笑顔と身振り手振りで、かなめは萌えを語る。
それはきっと、自分が作った小説やその登場人物たちを心の底から愛しているから……。
リアルの好きな人であっても、フィクションの好きなキャラクターであっても、区別なく全力で推す。
かなめはそういう子だ。
「あ。シンヤさん、戻ってくる!」
遠く、こちらに歩いて戻ってきているシンヤさんの姿を視界にとらえて、ソワソワと乱れた服と髪を整えるかなめ。
私は初め気付かなかったけれど、その視線の先に近づいてきたシンヤさんを見つけることになった。
シンヤさんのその手にはビニール袋が二袋。
荷物の発送後に、会場の売店で何か買って戻ってきているらしい。
「俺は俺のために仕事をしてくれた人には、確実に対価を払う主義なんだ」
言われて差し出されたその袋は、主にかなめと私に捧げられることになった。
コンビニのビニール袋には、おにぎり計六個とお茶のペットボトルが三本。
これはおそらく三人分。
それを見て、私はこの会場に足を踏み入れて以降、持参したペットボトルのお茶以外は何も口にしていないことを思い出した。
釣られるようにグーッとお腹が鳴る。
それから、もう一つの袋。
これはコンビニじゃない、デパ地下のお菓子屋さんかケーキ屋さんのオシャレなロゴ入りのビニール袋。
贈答用に綺麗にパッケージされた箱が二つ入っている。
かなめと私の分。焼き菓子だろうか。
この会場の近くで買ってきたわけではないとすると、かなめが私も一緒だと伝えた昨日の時点で用意してくれていた?
確かに、ちゃんとしている……。
そしてそのまま先に渡さず、宅配の箱の中に隠しておいて、一度離れてからコンビニ商品と一緒に渡すあたり、そして「対価だからだぞ」などと前もって言うあたり、気恥ずかしさの隠蔽も感じられる。
「なるほど。ありがとうございます」
「ありがとうございます!!あっ、このお店のロゴ可愛い!!」
私たちは揃ってシンヤさんに頭を下げる。
そっか、シンヤさんのこういうところが、かなめには「ガサツそうに見えて、ちゃんとしてて面倒見が良い」んだね。
やっぱり、「シンヤさんはかなめの好みドンピシャなんだなぁ」と思った。
そういう「一見そつがなさそうなのに、影で不器用な照れ隠しをするタイプの男」も好きなのだ、この子は。
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