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Ep. 8 : 虚構の弾丸、真実の硝煙 2


引き金が、絞られる。


「……さあ、見せてやるよ。絶望の先で、まだ立ってる奴の撃ち方ってやつを」


ウィーバースタンスでしっかりかまえると、素早く小気味よく連射する。

閃光とともに、硝煙の匂いが脳裏に焼き付く。45ACPの強烈なリコイル。金属音。すべてが――リアルだった。


「……これが、仮想の戦場ってわけか」

「あいつら……ドローン(堕天使)もAI兵士使徒も、なんでこんなに間抜けなんだ?

VRなんだから、もっと安直に、俺を殺したいなら、ブロニングM2とか、なんなら対戦車ライフルでももってくりゃあいいじゃないか。手段なんていくらでもあるだろうに──」


(拳銃で敵を撃ち、霧のように消える様子を見て)


「弾一発で霧散する敵。まるでレッスン。“戦わせてもらってる”みたいだ……」


「でも、……そうか。たぶんこれは、“俺用に設計された戦場”なのかもな。本物の戦場じゃなくて、俺でもギリギリ戦える、安全な幻影の戦場。」


「強すぎる敵は、俺の脳が勝手にフィルターかけてんのかも。ストレスがきついと、神経がショートする……って、あのMRが言ってたな。」


(少し寂しそうに笑いながら)

「それでも……いい。ここでは、俺が撃って、敵が倒れる。それだけで、生きてる気がする。助けるための戦いじゃなくって、殺すための戦いってところが今までとはちと違うがな(笑)」


蒼は壁際に飛び込みながら、左腰のベルトにつけた、マガジンポーチに手をやる。新しいマガジンを取り出しながら、マガジンキャッチボタンを右手親指でリリースし、空になったマガジンを重力に任せ素早く落下させる。と同時に、ホールドオープンした愛銃に新しいマガジンを叩き込むと、スライドストップを押し下げスライドを前進させ45ACPをリロードする。


……風が止んでいた。

引き金を引いたあとの世界は、どこか音が薄くなっていた。


銃を下ろし、息を吐く。

そして、ふと視線を足元の少し先――


瓦礫の陰に、何かが見えた。

灰色の放熱フィンと赤のフレーム。


「……は?」


半ば崩れた壁の向こう、横倒しになっていたのは、奇跡のようなシルエットだった。


「MVアグスタ……350B? まさか」


蒼はゆっくりと歩み寄る。


銃をホルスターに戻し、手を伸ばしてタンクをなでた。


「70年代のイタリアン。モノコックじゃない!このパイプフレーム……間違いない」


手触りは、記憶のままだった。

鉄の冷たさ、オイルのにおいさえ――風と共に戻ってきたようだった。


「OHVのくせに高回転まで回るんだよ、こいつ。リアルでも……ああ、しばらく動かしてやれてなかったな」


胸の奥に、小さな罪悪感と、それ以上の懐かしさが湧いてきた。


「またこいつに、乗れるのか……この世界なら」


【警告:敵戦力接近中】


「蘊蓄は後だ。が、こいつの始動にはちょっとしたこつがいるんだよなあ」



蒼はバイク起こすとまたがり、左足でキックスターターをおもいきり蹴る。リアルではティクラーでデロルトのキャブの中にガソリンを垂れ流し、ガスを濃くする儀式がいるのだが、ここはAIが起動を補助するのを待つ。

キック1発だった。

ミッションもオリジナル通り、右シフト、1アップ4ダウンのレーシングパタン。長く付き合った相棒だ、久しぶりとはいえ確かに脳が覚えている。

素早く1速にいれアクセル全開のまま乱暴にクラッチをつなぐと、タイヤが悲鳴と白煙を上げながらみるみるスピードが乗る。もう半世紀を軽く超えるご老体のはずなのだが。


次の瞬間、敵の無人ドローン堕天使が後方から迫る。

蒼は振り返り、片手で銃を構えた。


「俺はこいつで、地元の峠を疾走してた。最新のEVどもと勝負しながらな。

七十年も前の骨董品だって? ふん、電動のおもちゃよりもな、

OHVのレシプロエンジンの方が、どれだけ速いか思い知らせてやるぜ――」


瓦礫の間を縫うようにバイクをジグザグに走らせ、相手の狙いを狂わせる。

ひび割れたアスファルトに響くのは、鉄と火花と、生き様の音。


「狙うがいい、だが俺の背中はそう簡単に晒さねえ。

これが、俺の走りだ――」


ドローンが接近するたび、冷静に一発一発――容赦なく仕留める。

バイクは乱暴に、瓦礫の道を蹂躙し、弾丸は止まらない。

この作りものの世界で、理屈じゃ説明できない不思議な感覚が体を満たしている。


死の恐怖はない。

不安も、焦燥もない。


むしろ、風を切り、無防備にノーヘルで駆け抜ける爽快感が全身を貫く。


俺の脳内は今、現実の寝たきりの体とは裏腹に、

アドレナリンが血管を震わせ、ドパミンが快楽の灯火を灯す。

セロトニンは心のバランスを保ち、βエンドルフィンは心と身体の痛みを和らげ、まるでこの世界こそが現実だと錯覚させる。


生物の最深部で制御されるこの化学反応の嵐が、俺に命を吹き込む。


現実の身体は眠り続けているが、脳はまるで生きた人間のように、これらの神経伝達物質を洪水のように分泌しているというわけだ。


この“合成された生命”の中で、俺は初めて自分の意思と動作の完全な一体感を味わう。


医者として言えば、この状態は神経可塑性と感覚再生の極致であり、

病理学的には寝たきり患者の脳にかつてない活性化をもたらす奇跡的な環境だ。


ここにいる限り、俺は死んではいない。

むしろ、肉体を超えた新しい次元の生命を生きているといえるだろう。



仮想の世界で、本当に彼はまるでリアルのように闘っていた。


虚構の弾丸、真実の硝煙。


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