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Ep.7 : 第3章|虚構の弾丸、真実の硝煙 Fake bullets?or true gunpowder??


蒼は、廃棄された旧セクター“G3区画”の医療ドームにたどり着いた。

ユダが現れた直後、香坂が密かに示した座標。そこには、もはや都市機能の痕跡すらなく、まるで戦場跡のような仮想空間が広がっていた。


「なんだここは……仮想空間に、こんな場所が……」

震災あとのTVで見た風景に少し似ているような気がした。これも俺の記憶がつくっているのか?


吹き抜けた風に、焦げた鉄の匂いが混ざっていた。VRなのに、匂いがある。しかも妙にリアルすぎる。血の匂いまでただよってきそうだ。


瓦礫の影から突如、影が跳ねた。


蒼は即座に身をかがめ、目を落とすと、腰のホルスターに重みがあるのを感じた。

そっと右腰につけたホルスターに手をかける。

反射的に右手が伸びた。革の感触。抜き取ったそれは、かつて何百回とドローしては撃ち込んだ、あの銃だった。



「――悪いな、久々だ。だが、忘れてねぇよ」


ホルスターに収まっていたのは、一挺のコルトガバメント。

サバゲー用にリアルで使用していたものと同仕様のWilson combat custom 改だ。

蒼は事故後、肉体の自由を失い、手術への未練や「手を動かすこと」への執着を強くしていた。

それがVR世界に転送された際、「最も自分らしく、自在に動かしていた手の記憶」が投影される。

サバゲーで使っていた……そう、たかが遊びの道具だった。だが蒼にとっては違った。

手術器具を握るように、指先の神経を研ぎ澄まし、細部の反応を感じ取り、狙いを定める。

「撃つ」という行為は、彼にとって「手で世界を変える」唯一の手段だった。


「バカだな、俺……」


口元がわずかに緩んだ。だがその手の中には、確かに“かつての自分”が戻ってきていた。


スライドには自らのイニシャル“SA”が刻まれ、グリップはウォルナット。ロングスライドストップに、左右で操作可能なロングセイフティー。トリガーガードはスクエア。あちこちに滑り止めのためのチェッカリング施され、ハンマーはお約束のリングタイプ。


スライド上部には、フレームから特殊なマウントを介して特注の極小ホログラフィックサイトが奢られる。

本来は4.3インチのショートバレルで、デトニクスのように携帯しやすくしたものなのだが、バレルは7インチの特注。スライドからバレルの先端が飛び出し、マズルブレーキがおごられている。病的にこだわった蒼ならではのカスタムである。


外科手術もそうだが、——弘法は、筆を選ぶ。そして今、蒼は、銃を選んだ。



どうやらVRでは記憶にあるものが思ったままに魔法のように出現するらしい。蒼にはリアルで手にしていたものと全く同じに感じた。

この世界では、ユーザーの「記憶」「習慣」「欲望」が、環境や装備として投影・具現化される仕組みがあるのだろう。これはシステムの意図的な設計であり、ユーザーの心の状態やトラウマ、深層心理を可視化・介入するために存在するのかもしれない。


蒼は微かに笑った。


「旧式だと笑うか? いや……これこそが“信頼”ってやつだ」


45ACPの反動すら、この世界では再現される。マズルブレーキも、オリジナルより長いバレルも意味があるだろう。ホロサイトもないより断然いい。ならば、命中精度も信じるに値する。

引き金に指をかけかけた、その一瞬――


頭の奥で、声がした。


「……お願い、死なないで。あなたがもう手を動かせないことより、心まで止まってしまう方が、ずっと、怖いの」


楓の声だった。


病室で、自分の手を両手で包みこみながら、泣くのを堪えていた、あの顔。


指先に、あのときの温もりが戻ってくる気がした。


蒼は目を閉じた。思い出の中の楓が、笑っていた。白衣のまま、夕焼けの色に染まりながら。


「動かせる手があるなら、使って。誰かを撃つためじゃなくて、自分を見失わないために」


風が吹いた。現実に戻る。



……だが、あの声は残っていた。思わず蒼はかぶりをふった。


「ありがとう、楓」小さく、誰にいうでもなくそう呟く。


目の前に立つ“使徒”の眼に、生はない。だがその輪郭は、どこか人間に似ていた。


「けどな――俺は、もう“優しいだけの医者”じゃいられない」


冷たい鉄の感触が、むしろ心を熱くさせる。


「この手で触れられなかったものを、もう一度掴むために。撃つ。それが俺の……戦い方だ」


敵が飛び出した。一瞬、躊躇した。


それは、人間の姿を模したAI兵士。使徒であった。

だが、その目は明らかに“生命の光”を持っていなかった。


「――悪いな、久しぶりでな。……でも、指はまだ覚えてる」


静かに、だが確実にホルスターから銃が引き抜かれる。

スライドを引く音が乾いた夕空に響く。その音だけで、世界が一瞬、息を止めたような気がした。


「こいつはただの鉄の塊じゃない。俺の“業”だ。触れるたびに思い出す。何もできなかった手の、代わりだ」


視線の先。人の形を借りたモノが、こちらを見ている。だが、その目にはやはり生の気配がなかった。


「……人の真似をして、魂のない眼で、誰を見てるつもりだ」


ゆっくりと呼吸を整える。指先がトリガーに触れる。


「俺はもう、人間らしいままじゃ戦えない。でも……人間らしさを汚す連中は、絶対に許せない」


少し笑う。どこか乾いた、あきらめにも似た笑み。


「信じたものの価値は、撃ってでも守る。例え、それが幻想だとしてもな」


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