Ep.6 : 第2章 侵入者 The Intruder ― Judas Iscariots ユダの影
「初めて」の手術成功から数日後。蒼は医療シミュレーション都市“ネオ・アスクリピオス”の研究棟にいた。
仮想の臓器再生ラボでは、医療AIたちが黙々と試験データを解析していた。
VRでありながら、温度・重力・空気抵抗まで完全に再現されているこの世界では、「現実」と「仮想」の境界が次第に曖昧になっていく。
「人間が神に近づいたってことか……」
蒼がぼんやりと空を見上げたその時だった。
都市の上空を飛ぶ医療用ドローンの一機が、唐突に軌道を外れ、ビルの側壁に激突した。
爆発音はなかった。ただ、音が一瞬――消えた.....気がした。
「……今、何か変じゃなかったか?」
異変はそれだけでは終わらなかった。
次の瞬間、研究棟の壁に設置されたAIディスプレイが、すべて一斉に“砂嵐”に変わる。
《――エラーコード:Ω-13――セキュリティ領域に未登録アクセス》
香坂が、緊急用アバターで現れた。
「蒼、急いでロビーへ。中枢AIが何かに侵入された。これはただのバグじゃないわ」
蒼はうなずき、医局に走る。だが廊下に出た瞬間、足が止まった。
――そこに、「人間ではないもの」がいた。
仮想空間で生成された“存在”。
白いコートのような衣服に、無数のコードが絡みついた異形の男。
顔はマスクで覆われ、瞳は存在しない――ただ、“穴”だけが空いていた。
「あなたが、青木蒼――そうですね?」
その声は無機質で、同時に背筋が凍るほど、とても“人間的”だった。
「……誰だ?」
「我々は《ユダJudas》。神なき救済の担い手」
蒼が警戒して距離を取ろうとした瞬間、男は片手を上げた。
空間が歪み、周囲のデータが塵のように崩れ落ちていく。
「リニアスフィアは、神の模倣をする楽園……そしてあなた方はそこで“奇跡”を見た。しかし――奇跡には代償がいるのです」
「お前ら、何が目的だ?!」
男のマスクの裏から、低い笑い声が漏れた。
「再生、進化、そして淘汰。我々が“選ぶ側”だ。だが、あなたにはその資格があるかもしれない。……試してみましょう、医師としての限界を」
直後、蒼の視界が赤黒く染まった。
警報が鳴り、強制シャットダウンが始まる――
《緊急ベイルアウトが開始されます。残り5秒…》
「くそっ、まだ何も……!」
蒼は最後の一瞬、男の口元がわずかに歪むのを見た。
「また、会いましょう。“選ばれし医師”よ」