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Ep.5: 信じぬことの罪と赦し God forgives all your sins?

「ありがとう、先生……」


その声は、記憶の中の声と同じだった。

けれど今度は、涙ではなく、笑顔と共に響いた。


蒼は立ち上がる。

視界が少し揺れた。

それは、現実で失っていた“自分の足で立つ感覚”だった。


「……どうだった?」香坂楓が静かに尋ねた。


「“夢みたい”って言葉、今は本気で信じられる」

「でもこれは、夢じゃない。確かな“未来”だ.......と俺は思う。」


蒼は、手のひらを見つめた。


かつて患者の命を救い、自分の人生も支えたその手が、再び命をつないだ。

そして彼は、はっきりと知った。


――このVR世界は、ただの仮想空間じゃない。

――ここで、もう一度生き直せる。


けれど、その時。

手術室の照明が、一瞬だけ暗転する。


画面にノイズが走り、警告アラートが浮かぶ。


《注意:未登録データ接続。ID認証不能な通信が検出されました》


蒼と香坂が顔を見合わせた。


「何かが……侵入してきている」


彼らの知らぬうちに、VR世界は静かに、汚染され始めていた――。


・信じぬことの罪と赦しGod forgives all your sins?


手術を終えた後のVR医局の一角。

蒼はひとり、窓辺に立っていた。

新東京第3都市の夜景がどこまでも仮想とは思えぬほど美しく広がり、静かに呼吸をしていた。


ふと、ポケットに手を入れると、そこには十字架のペンダントがあった。

VR空間に持ち込んだ覚えはない。そのすべもない。だが、そこには確かに在った。


「これは……記憶が再現したのか……?」


ペンダントを握りしめると、手のひらにかすかな温度を感じた。

あの事故の日もつけていたっけ。いつかのレース前、楓がそっと胸元に着けてくれたあのシルバーの十字架。


《あなたの信じる神様が、あなたを守ってくださいますように》と耳元で楓が祈ってくれた。彼女の落ち着くような甘い優しい声が、頭の中でリフレインする。


確かとりなしの祈りというやつだったか。大好きなアーマ(Grand momを意味する蒼本人が使っていた幼児語)がキリスト者であったため、小学校に上がるくらいまではアーマに連れられ、教会学校へ行っていたものだ。


蒼は、目を閉じた。


だが、次に浮かんできたのは、事故の瞬間だった。

空が傾き、道路が回転し、自分が壊れる音。

そして、暗転。

静寂。

永遠のような、断絶。


あの時、神はどこにいた?


祈った。

「どうか命を」「せめて腕だけでも」

だが、やはり答えはなかった。


以来、祈ることをやめた。

十字架を握っても、虚無しか返ってこない。

誰も、彼も、何も自分を、蒼を救ってはくれなかったのだ。


それでも今、手にしている。


「信じたいんだ、俺は。でも……もし“神”が本当にいるなら、俺が再びメスを握るために、なんでこんな皮肉なやり方を選ぶのか?」


VRの身体。仮想の命。すべて電気信号で構築された存在。


「この“魂なき世界”に、神の手は届くのか?」


誰にも届かない問いだった。届いても答えられるものなど誰もいないだろう。

だが、蒼の怒りとも祈りともとれるような、真実の吐露に答えるように、どこかで教会の鐘の音が鳴ったような気がした。


蒼は顔を上げる。


「……それでも、俺は――誰かを救いたいんだ」

「それが“神の御業”か、“人の業”かなんて、どうでもいい」

「ただ……俺の手で、誰かの命がつながるなら――それが、俺の祈りだ」

まるでじっちゃんだなあ。蒼は思わず懐かし気に苦笑する。


仮想世界の中で、彼は最初の“祈らない祈り”を捧げた。

それは、神への反抗ではなく、信じ続けるための、神との?いや蒼自身との戦いであった。




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