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「眠れる英雄Regenesis」 現実への帰還   作者: しゅんたろう a.k.a. Ἀσκληπιός (Asklēpiós)
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Ep. 32 : 新世界 A New world ?


蒼はカプセルの列を、言葉もなく眺めていた。

そのうちの一基に、一歩、ゆっくりと近づく。


「……ここだ」


ナンバーLZ-0780。

かつて、自分自身が“収容されかけた”ポッドだった。


「え?」祐が問い返す。


「俺が入るはずだったカプセルだよ。

あの時、あと数分遅れてたら……ここで“眠ってる側”だった」


彼の視線は、冷たい透明ガラスの奥――眠り続ける高齢女性へと注がれていた。

鼻腔カニュラ、静脈ライン、薄く開いた口。

だがVR上では、この人物は“元気に生活している”という。


ふと、記憶の底から蘇る情景があった。

静脈から流れ込む冷たい輸液、耳の奥で反響する人工呼吸器のリズム。

光が消え、意識がVRへと“飛ばされた”直後の、あの虚無感――


彼は苦笑した。


「……古典的な映画で、似たような光景を観たことがあったな。

1999年の『〇トリックス』。」

「僕らの生まれるずーっと前の古典だよ。でもよくできてたなあ。人間が生体電池として管理されているってやつ。自分がそこに近づくなんて、見た当時は笑い話だったけど.......」

(たしか映画の内容は2199年、人工知能を搭載したコンピュータが支配する世界で、人間は生まれてすぐ機械が作った人工子宮内に閉じ込められ、AIの延命のためのエネルギー源として使用されて、脳には「〇トリックス」って呼ばれるプログラムが入れられるんだった。)

「ホラーだなと思ってたけど、実は結構考えさせられる映画でね。1回見ただけじゃ、流石の僕にもわけわかんなかったなあ。今見てる風景ってもちろん〇atrixと違うんだけど、はるかに時代を先取りしてるって思うよ」


「そして……もっと古い話も知ってる。」

蒼は微かに遠い目をした。


「『追憶売ります』――フィリップ・K・ディック1966年作。

虚構の記憶を買って、本物の自分を失っていく話だった。映画はたしか“トー〇ル・リコール”だったかな。

むきむきのアクション俳優が主役でね。古典なんだけど今見ても特撮がとっても凝っててね。

でも内容は深くてね。これもまた“現実とは何か”を問う様な形而上学的な古典作品でね……どこか滑稽だけど、いま思えば、あれこそが未来の写し絵だったのかもしれない。よくそんな昔に、”現在いま”を見越したようなストーリーが思いつくよなあ。」

能天気に祐がつぶやく。

「想像力たくましい奴は、どこにでも、どんな時代にもいるってことさ」


「だな」


カプセルの中では、一人の高齢女性が眠っていた。

人工栄養の点滴は脈動し、脳波モニターは安定している。

その神経パターンは、常時「リニアスフィア」に接続され、仮想空間内の暮らしを送っているという。


「でも……ここは、違う」

蒼は言った。


「これは“生かす”ための技術じゃない。“管理する”ための収容....だとおもわないか?」


ポッドのモニターに、家族らしき姿が映し出されていた。


かつて自分も見た、第3者目線映像ってやつだ。


現実に生きる家族が、リニアラボ経由でアクセスし、VR内の“彼女”に会いに行っていたのだ。


「……すごいわよ。オプション料金を払えば、外見は若い頃のまま。性格も記憶も、自分の一番“輝いていた時期”に設定できる。本当の彼女に会える。VRでなら。」

(蒼:Total recallそのものじゃないか)

楓が静かに言う。


「世界旅行も、月旅行もできる。死んだ恋人と再会するシミュレーションさえ……」


「そして、人はそこに幸福を見るんだよな」蒼は言う。


「“現実よりも幸せな仮想”――それが金さえ払えば手に入る。なら、誰が“本当の現実”に残ろうとする?」


「夢が全部、金で買えるってわけか……」祐が苦く笑った。



もともと、このポッド棟は、重度障害者、認知症患者、末期神経疾患患者――


いわば“現実では生きる機会を与えられなかった者たち”の収容施設だった。いわば快適に緩和ケアを提供しようというのがコンセプトであったはずだ。それについて否定するつもりはない。だが......


今では、明らかに対象が変わってきている。


「……最近は、社会的孤立や経済的困窮で、“自ら”VR移住を選ぶ人が増えてるの。

最初は高齢者だけだった。でも今は、若者、鬱病患者、自閉スペクトラムの子ども、AI失職者……“現実が重すぎる”ってね」


楓が、ポッドを操作しながら呟く。


現実の生活より、仮想の幸福を」

そのスローガンは、すでにEUと一部中東圏で政策化されていた。各国言い方はそれぞれだ。が、VR世界へ積極的に興味を持つもの、現生で生きることをあきらめたもの、一部の福祉関係の人々にとっては、魅力的な文言でプロパガンダされているのが現状だが、それに疑問を持つものも実は多くない。


たとえばこうだ。

企業の勧誘文句であれば、

“Elderlies Eden”

“True Haeven” “True reak World”

“VR ApartmentVRアパルトマン”


福祉関係、公的機関ならば

“Handicapped Colony 肢体不自由者収容施設”

“Virtual Living Support System仮想生活者支援制度”

“Space Saving Aggregation City省スペース型集約都市”

“Sleeping people incentive policy身体不使用型市民奨励政策”


といったように。


決して魂の牢獄であるとは悟られないような美辞麗句や、虚飾にあふれている。


美しい言葉の裏にあるのは、現実社会からの“排除”を正当化し、制度化するプロトコルだった。


「……これは、違う。これは“生かす”ための技術じゃない。“管理する”ための収容だ」


蒼の声は低く、重かった。


「でも、この環境を設計してる科学者たちも、“人を救いたい”って本気で思ってるはず。

でも、っていうか、だからその先でユダがやってることを……見て見ぬふりをしてるんだわ。」


楓はタブレットを操作して、ポッド内脳波の“逸脱波形”データを提示した。


「実際に、“仮想で死ぬ”ことが“現実の死”に直結する例が出始めているのは聞いているわよね。

神経同調システムが生理的リンクを完全に統合したことで、意識崩壊=脳死=生命維持中止。

つまり、“仮想での死”が、“国家が選ぶ死”になりつつあるの」


蒼は静かに、ポッドの数を見渡した。


「……生殺与奪の権利が、もう医者や家族、なにより本人の自立意思じゃなくって、“金”と“運営者”と“国家”に移っているってことか」


祐が小さく呟いた。


「そして、その運営者が――ユダ」


楓は、タブレットに映るロゴを拡大表示した。


それは、Noös Gateを模倣した、ユダ製の“意識統合アルゴリズム”。


Consciousness as Asset.―意識を、資産へ。


蒼は言った。


「連中は、“破壊者”なんかじゃない。“意識の価値”に最初に気づいた、冷酷で――なにもしらない者たちにとっては魅力的だが本当はに組むべき”敵”なんだ」


その沈黙の地下空間。

光も音も遮断されたそこは、「生きているように見える死」――

静かな断絶そのものだった。


そこには、仮想に夢を見た者たちと、現実を諦めた者たちが、同じポッドの中で眠っていた。


そしてその鍵を――ユダが、すでに握っている。



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